第42話 夜会 1

車が止まる。

座席から降りて辺りを眺めると、着飾った客だろう姿が大勢見える。

降りようとするセイランに手を貸し、彼女が車外へ出た途端―――そいつらが一斉にこちらを注視した。

まあ、流石に俺でも何故かは分かる。

白く美しい髪と肌、女性らしい曲線を鮮やかに彩るドレスと、胸元で輝く大粒の魔石。

今更だがむしろ目立ち過ぎるかもしれない。

しかし俺は彼女の華やかさ美しさの影になるだろうから、これはこれでいいのか。


「見られているわね」

「そうだな」

「貴方もよ、エリアス」


俺が? まさか。

思いがけず訝しんでいると、向こうから気安い声が「やあやあ!」と近付いてくる。


「君、招待状は無事に届いたようだね!」


あの時の客だ。傍でつまらなそうにしている毛皮の女は同伴者か。

立ち止まりセイランをじっくり眺め、それから俺を見て、頬を紅潮させつつほうっと息を吐く。


「今宵は玉石の様な姿が二つも見えて、とても素晴らしい夜会になりそうだ、皆君たちに注目しているよ」

「招待状の手配、有難うございます」

「なに、私も投資が無駄にならず喜ばしい限りだ、うんうん、素晴らしい、こちらは君の同伴者かな?」

「セイランですわ、お会いできて光栄です」

「おおセイラン、名も美しい響きだ、可憐な姿に怪しげな魅力を秘めている、皆が君の秘密を暴きたくなるだろう」

「ウフフ、そのようなもの御座いません、私はあるがまま、今ご覧になっている全てがありのままの私ですわ」

「ほぉ、成程いい、とてもいい、二人とも是非夜会を楽しみたまえ、ではまた後ほど」

「はい」


気に入られたようだ、まったく、大したものだな。

セイランの堂に入った様子に改めて感心する。

俺も上手く立ち回ろう、なにせここは―――華やかに彩られた魔境なのだろうから。


入口で招待状を確認され、仮面を手渡されて中へ案内される。

この場所に入るのは初めてだが、実に贅を尽くした建物だ。様々な彫刻で彩られた壁、巨大な壁画、頭上で燦然と輝くシャンデリア。

明り取りの窓の外で瞬く星さえ翳って見える。

あまりの眩しさと人の多さに悪酔いしそうだな。


「さて、まずはお目当てを探さないといけないわね」

「そうだな」

「皆さんとお話ししましょう、あくまで自然に、話の流れで訊かないと」

「俺はあまり得意じゃない」

「ふふ、でしょうね、心配いらないわ、私に任せて」


セイランはウェイターからグラスを受け取り、早速近くの奴らに話しかける。

相手はセイランを見て、すぐにこやかに対応した。

自分の強みを把握したうえで最大限活用できる、その度胸と手際の良さ、そして巧みな話術。

俺はせめて足を引っ張らないよう努力しよう。

まったく、ルカートがいなくて本当によかった。この状況じゃからかわれても流石に言い返せない。


「エリアス」


そのうちにこちらへ小声で話しかけてきたセイランが、グラスの影で離れた場所にいる大柄な男を示す。


「アレよ」

「そうか」


ガドランド・グートゲート。

ミアが殺し屋だったとして、標的と目される人物だ。

なるほど見かけは確かに柔和な紳士だ、身なりもよく、気取ったところなどもない。

だがあの目―――冷たく、相手を値踏みするような視線。

獲物を品定めするときの魔獣の目付きによく似ている、いやらしく、おぞましい。


「早速話しかけましょうか」

「いや、少し様子を見るべきだ」

「そうね、せっかくだしパーティーを楽しんでからにしましょう、夜はまだ長いのだから」


とても楽しむ気分じゃないが、滅多にない機会だ、金のかかっていそうな料理や酒を味わわせてもらおう。

セイランはまた別の奴と話し始めている。

社交的で結構なことだ、もしかしたら魔人の情報もついでに集めているのかもしれない。


「あッ!」


不意に大声が聞こえ、振り返ると、赤いドレスの女がこちらを指さし立っていた。

誰だ?

傍までつかつかと歩み寄ってきた女は「何でアンタがここにいるのよッ」と声を潜めて訊いてくる。

この声は、エヴァか?


「君、エヴァか?」

「ちょっと! 仮面舞踏会で名前を呼ぶなんてマナー違反よ! 慎みなさい! それよりどうしてここにいるのよ!」

「ある方の伝手で参加させていただいた」

「もしかして人脈作り? やらしいわね、魂胆が見え見えなのよ」


フン、と鼻を鳴らし何故か得意げなエヴァに少し呆れる。

それが何か問題か? 他の奴らだって似たようなものだろう。


訊いてもないのにエヴァは「私はちゃーんと個人宛に招待状を頂いてきたのよ」と言い、今度は俺をじろじろと見る。

そしてほうっと息を吐くと、急に首を振って「なによ、生意気よッ」と突っかかってきた。

何なんだ?


「べ、別に似合ってるとか思ってないんだから、格好良くもないわよ、勘違いしない方がいいわ!」

「そうか、君のそのドレスは悪くないな」

「へ?」

「髪の色と合っている、今夜の姿は見慣れないから新鮮だ」

「ッぴ!」


鳥のように鳴いて固まったエヴァは何故か小さく震えている。

寒いんだろうか。

露出の多い服だからな、セイランのように薄手でも袖があった方がよかっただろう。

そのうちまた、聞いてもないのにあれこれと話し出すエヴァはどこか浮かれて見える。楽しめてるようで何よりだ。


「あっ、アンタのそのスーツはどこで買ったのよッ」

「知り合いが縫ってくれた」

「フルオーダーッ? そんなお金がよくあったものね!」

「特別割引してくれたんだ」

「ふ、ふんッ、私にひと声かければよかったじゃない、そしたら揃えて一緒に作ってもらったのに」

「揃える?」

「そうよ、私と―――って、違う違うッ、そういえばアンタ一人なの?」

「いや、ツレがいる」


答えて辺りにセイランの姿を探した直後、楽団が軽やかな音楽を奏で始める。

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魔獣骨肉店 九澄羊 @kusumi_you

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