第41話 潜入

俺のスーツは深みのあるグレー、シャツは黒。

目の色と合わせたという金のタイを首に巻く。

セイランのドレスは目の覚めるような青だが、裾に近くなるにつれ白く色が抜けていく。

薄手の袖がついていて露出は多くないが、胸元と、スカート部分の片側だけ太もも近くまで大胆に開いている。


「なかなか煽情的、いや、蠱惑的だねマダム、美しい」

「有難う、セイラン」

「だが胸元が少し寂しいようだ、貴方のその白い肌を彩る輝きが欲しい」

「それならこれを付けるといい」


セイランにネックレスを手渡す。

中央に嵌っているのは魔石、宝石など一度きりの機会のために購入できないが、同じくらい価値のある魔石なら幾つか保管庫にある。

この青い石は『ブラディア』という魔獣の体内で、長い年月をかけて形成されたものだ。

サギ類に似た美しい青い羽根を持つ魔獣で、鋭いくちばしの一撃は岩をも砕く。気性は荒く、好物は薬草。

その薬草の成分が体内で少しずつ凝縮され固形物に変わり、いずれこのように癒しの効果を持つ美しい青い魔石となる。


「あら素敵ね、魔石のネックレスなんて洒落ているわ」

「エリー、君こんなものを持っていたのか」

「ああ、俺が不在の間に売り払って娯楽の費用に充てるなよ?」

「おいコラ! 君は僕を何だと思っているんだ、そんな真似するわけないだろ!」


むくれたルカートは、けれどすぐフフと笑って俺をつつく。

「君もガラになく少し楽しみなんじゃないか?」なんてことを言うから、溜息を吐き返してやった。


「ヒトの多い場所は苦手だ」

「そうだったな、君って昔から一匹狼な気質だもんな」

「今は一匹トラかしら?」

「確かにそうだ、ハハッ、まあトラもオオカミも群れないと聞くし、そういう意味では同じだな」


呆れる俺に、セイランが「つけて頂戴」とネックレスを戻す。

後ろを向いた彼女の首に巻いてやった。


「これ、本当にいいものね、金属にも気を遣ってくれているのね」

「どういうことだ?」

「合成金属の類は肌に合わないの、だけどこれは純金、石もしっくり馴染む」

「君も女性にそういう気遣いが出来たのか」


特に意図したわけじゃない。

セイランは妖精で、安っぽい装飾品では悪目立ちするだろうと、その辺りを鑑みた結果だ。

だがこれで会場に自然に溶け込めるだろう。

俺用にも同じ石でタイピンとカフスを作っておいた。

用が済んだらネックレス共々売り物にしよう。夜会で目を付けて声をかけてくる奴がいるかもしれない。


「君はつくづく手先が器用だな」

「ねえ、エリアス」


セイランが「ミアちゃんにも貴方の手作りのネックレスを用意してくれないかしら」なんてことを口にする。


「私だけじゃ『ズルい』って言われちゃう」

「そうだエリー、それがいい、ミアちゃんが戻ってきたら作ってやれよ!」

「戻ってきたらな」

「ウフフ、その言葉、確かに聞いたわよ」


何だって言うんだ、女性の真理は分からない。

ヨルは身だしなみ程度しか身を繕うことに興味のない人だった。

俺も当然分からない、だが、それで喜ぶというのなら別に手間じゃない。

あいつにも適当な魔石を見繕ってやるか。


「夜会は明日の夜ね」

「ああ」


いよいよだな、とルカートが俺を見る。


「僕はここで待機するよりないが、君たち上手くやれよ?」

「誰に言っている」

「ええ、ミアちゃんを見つけたら、しっかりお話しして、彼女の気持ちを聞いてくるわ」

「戻ってきてくれると嬉しいんだがな」

「それはミアが決めることだ」

「ふふ、なんにせよ、どうせなら愉しみましょう、ね? エリアス」


「羨ましい」と小突いてくるルカートを、小突き返してやった。

勝手なことを言うな、人が多く集まる会合なんか楽しいわけがないだろう。


―――夜会までの間にもう少しガドランドの情報を集めることにした。

表の顔をどれだけ取り繕ったとしても、後ろ暗いことをしていれば叩けば埃が出てくるものだ。

商業連合じゃ珍しくもないがな。


セイランが集めてきた噂はどうやら事実のようだ。

そして、そういった経緯によってガドランドは確実に多方面から恨みを買っている。

特に気になったのは、奴がある特殊な種族を多く奴隷として屋敷内で飼っているということ。

売買には審査が必要で、基準はかなり厳しかったはず。

もし不法な手段により収集しているのだとすれば、そこから最も強く恨みを買っている可能性がある。


だが、これはあくまで仮定の話だ。

ミアが暗殺者なのだという、思いもよらない事実と同様、まだ状況を前提とした想像の域を出ない。


「―――それじゃ、エリー、マダム」


翌日、日暮れ後。

今夜も魔獣に変化したルカートが、勝手口まで見送りに着いてきて俺とセイランに声をかける。


「気をつけて行ってこいよ、無事に戻ってくれ、できればミアちゃんも一緒に」

「ああ」

「彼女が会場に現れることを祈って頂戴」

「目的を考えればあまり祈りたくはないが、マダム、エリーのエスコートをよろしく頼むよ」

「ええ、丁重にさせていただくわ」


俺がエスコートされる側なのか?

まあいい。

店の裏手から呼んでおいた車に乗り込む。

会場までの距離を、この格好でまさか騎獣を駆るわけにもいかない。

車は静かに走り出した。


「楽しみね、エリアス」

「ああ、そうだな」


適当に相槌を打つ。

もしミアが本当に暗殺者として現れたなら、俺はどうすべきなんだろう。

―――仕事の邪魔はしない。

俺も商売をする身だ、社会で生活するのに必要程度の倫理観は持ち合わせているが、そこに正義感などは含まれない。

無益な争いはするべきでない、商売人が持つべき心得の一つだ。

見届けて、接触し、可能であれば会話する。

どうなるかはミア次第だ、そもそも現れるかどうかさえ分からない。

もし現れなかったら、そうだな、適当に人脈でも作っておくとしよう。

商売云々よりも、知り合いが多ければその分情報が入ってくる。今の俺にはその情報が何より必要だ。


ミアは、何を考えてうちにいたんだろう。

好きにさせていたが、特に興味もなく、出て行きたくなったら出て行けばいいと思っていた。

本当は記憶があったんだろうか。

だとすれば、殺しのことを考えながら俺と暮らしていたのか。

あいつはまだ幼い。

それなのに―――もしそうだとすれば、立派なものだ。

俺なんかより余程よくできている、俺はこうして迷ってばかりで、今だって、明確な自分の意志を持てていない。

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