第40話 黒い噂

「なッ」


唖然とするルカートと同様に俺も驚き、そして腑に落ちる。

確かにそうだ。

這う這うの体で逃げ出したというならそれほど遠くまでは行けず、だからこそ物陰に隠れるようにして倒れていたんだろう。


「そしてここに滞在を続けたのは、恐らくやり損ねた仕事を遂行するため」

「なッ、マダムそれは!」

「という線で私は聞き込みをしてきたわ、そして、ミアちゃんに繋がりそうな情報を掴んだ」


すごい、とルカートが呟く。

確かに感心した、セイランが探偵業を始めたら儲かりそうだ。


「半年ほど前に、お屋敷に賊が入って荒らされたってお金持ちが隣の街にいるそうよ」

「半年前」

「君がミアちゃんを拾った頃だな、エリー」

「名前を『ガドランド・グートゲート』、主な仕事は宝石商、でも、不動産や金融、色々手広く商売しているようね」

「その名は知っているよマダム、うちの教会に何度か寄付をしてくれた方だ」

「表向きは慈善家だそうよ、でも彼、裏では不法な奴隷売買を行っている噂があるの」


たった半日でそこまで情報を仕入れてきたのか。

訂正する、セイランは諜報員が向いている。大枚叩いてでもこの情報収集力を買いたいという輩がごまんといそうだ。


「マダム、貴方はその、とんでもないな」

「あら、有難う」


ルカートも唖然としている。

何でもないように微笑み返したセイランは、更に話を続ける。


「このガドランドだけれど、近く行われる夜会に出席予定のようね」

「あれにか?」

「そうよ、司祭様はご存じのようね」

「僕も出席を求められたからな、まあ、断ったんだが」


「だって夜になるとこの姿だぞ、行けるわけないだろ」なんてぼやきながら、ルカートは夜会について話す。

数日後にこの街にある大きなホールで、金持ちや政治家を集めた催しが開かれるそうだ。

遠方からも客を招き、それなりの規模になる予定らしい。


「内容は仮面舞踏会らしいけれど、なんだったかな、オークションも開かれるとかで大勢の来賓を見込んでいるそうだ」

「そのオークションだけど、裏で別のオークションも開催されるようね」

「まさか、不法取引か?」

「でしょうね、監査官さん」


ルカートはため息を吐き、「まさかそこへ僕を招こうなんて、舐められたものだ」と頭を抱える。

恐らくだが、ルーミル教の監査官であるルカートを招くことにより、表向き違法性は何もないと示すためだろう。

裏のオークションに招かなければいいだけのことだ、そして誰も知ることのない事実は事実たり得ない。


「だがそのガドランドが怪しいとして、突き詰めてミアが殺し屋だという結論へは至らないが」

「そうね、でも探る価値はあるんじゃないかしら」

「どうやって」

「ルカートは招待を断ってしまったそうだし、エリアスの人脈に期待するしかないわね」

「それこそ無茶だ、俺に金持ちの知り合いはいない」

「でもお金持ちの依頼は何度も受けているでしょう?」


まさか。

改めてセイランを見る。

セイランも俺に微笑み返して「ね?」と首を傾げた。


「ミアちゃんのために一肌脱ぐ気はないかしら?」

「バカを言え」

「あら、お師匠様は薄情なのね、あの子、あんなに貴方を慕って、毎日文句も言わず家のことを片付けてくれていたのに」

「それは居候だからだ」

「関係ないわよ、だっていつでも出ていけたんだもの」


詭弁だ、しかし、ミアが誠実だったことは疑いようもない。

ため息を吐いて考える。

誰かしら使えそうな客はいないか、例えば―――ああそうだ、以前漢方のお茶をくれた客、貿易商を営んでいると話していた、金払いもよかったな。


「エリー」


不意にルカートが鼻先を押し付けてくる。


「夜会に僕はついて行けない、すまないが、君を手助けしてやれない」

「分かっている」

「だが何かあれば呼んでくれ、そうだな、魔獣として暴れて場をメチャクチャにすることくらいならできるぞ」

「やめておけ、それで討伐されたら身も蓋もないだろ」

「うッ、確かにそうだが」

「心配いらないわ、夜会なんですもの、同伴者が必要よ、ねえエリアス?」


ついてくる気か、まあいい。

ひとまず次の算段は付いた、後は行動して結果を出すだけだ。どうなるか分からないが、やるだけやってみよう。

動かず後悔なんてしたくはないからな。


翌朝、早速件の客の屋敷へ赴く。

手伝いに案内され、たまたま居たという主人と会うことが出来た。


「お早いお越しですな、それで、本日はどのようなご用件で?」

「こちらは最近手に入れた、ガイアーマドリザードの皮です」

「おおなんとッ、素晴らしい!」


ガイアーマドリザードの皮は宝石のような光沢があり、その輝きはダイヤモンドに例えられる。

この大きさの皮なら、売れば数十万ラピは下らない価値のあるものだ。


「この皮を貴方へ差し上げます」

「ふむ、それで?」

「代わりに招待状を一通、用意していただきたい」


主人は少し考えて「夜会ですかな?」とニマリと笑う。

どうやら俺が商売目当てで、伝手やコネを作りたいと思っているのだと、勝手に勘違いしてくれた様子だ。


「良いでしょう、私の名で話を通しておきます、招待状は明日の夕方には届けさせましょう」

「感謝します」

「いえなに、商売というものは繋がりですよ、売った恩はいずれ倍になり返ってくる、それが商売の神髄というものです」


「それに」と主人はニコリと笑って、おもむろに俺の手を取る。

なんだ?


「私は君を個人的に気に入っている」

「それはどうも」

「そのそっけない態度がまたいい、近く君にまた依頼させてもらうとしよう、よろしく頼むよ、店主殿」


俺は代理店主なんだが。

まあいい、主人に礼を言い、屋敷を後にする。


「おかえり、エリー!」

「ただいま」


帰宅して、待ち構えていた二人に交渉の結果を伝えた。

「君も意外にやるもんだ」と感心するルカートに、セイランも「そうね」と微笑んで頷く。

どういう意味だ、堅実な商売を続けてきたおかげだろう。


「とにかくこれで会場に潜入できるわね、まずは着ていく服を用意しないとかしら」

「そうだな、今回限りになるから、高価なものは控えてくれ」

「あら、大丈夫よ、私が支度しておくわ、採寸だけさせてもらえないかしら」

「まさかマダムが縫われるのか?」


セイランは「そうよ」と微笑む。


「お裁縫は得意なの、明後日までにエリアスの分も仕立てておくわ」

「だ、だが、パーティー用の正装だぞ? 明後日というのは流石に」

「心配無用よ、それに私、出来ない約束はしないもの」

「そうか、妖精って凄いんだな」

「フフ、今度貴方にもシャツを縫いましょうか」

「えッ、それは是非!」

「気長に待ってちょうだい」


だが流石に無償というわけにはいかない。

そう伝えてもセイランは「私もミアちゃんが心配なの、これはある意味契約違反だし、気遣い無用よ」と返してくる。

本人が言うなら構わないのだろうが、やはり貸しにしておくべきだろう。


翌日の夕方には約束通り招待状が届き、そして更にその翌日の昼頃、セイランがスーツとドレスを仕立て上げた。

本当に、たった二日で縫いあげてしまったのか。

彼女は探偵業だけでなく、洋裁店を経営しても贔屓の客が大勢つきそうだ。

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