第39話 情報収集
翌日。
早速手分けして情報収集に取り掛かることになった。
ルカートとセイランはそれぞれ街で、俺は久々に店を営業する片手間に。
最近は依頼を受けてばかりいるが、店頭での販売もそれなりに需要はある。
以前はヨル目当てで通ってくる客も大勢いた。
一般流通している家畜の肉より、魔獣の肉はクセもあるし高額だが、諸々の効果の恩恵を受けられたり、栄養価も家畜肉より高かったりする。
日常的に食すには適さないが、必要に応じて購入される、といった位置付けだ。
「久しぶりね、エリアス!」
「ああ」
彼女は常連客の一人、確か、花屋の娘だったか。
笑顔でカウンターへ来て「元気そうでよかった」と俺を気遣ってくれる。
「最近仕事頑張っているみたいね」
「そうだな」
「久々にお店開けてるって聞いて来ちゃった、ねえ、今日は何がおすすめ?」
「これなんかどうだ、ダンビットの肉だが昨日仕入れたばかりで鮮度がいい」
「効能は?」
「肌艶がよくなり、目の滋養にもなる」
「いいわね、いただこうかしら」
対応していると、また客が来た。
あれは果物屋の娘だったか、彼女も朝から機嫌がいい。健康そうで何よりだ。
「エリアス! おはよう、今日お店開けてるって聞いて」
「あッ」
また店に客が―――やけに女性客が多い、ふむ、なら美肌や痩身、髪の艶をよくする肉あたりを貯蔵庫から多めに持ってきておくか。
客同士は二言、三言、言葉を交わして、どことなくけん制し合うように微笑みを交わしている。
彼女たちに、接客ついでに何か変わった噂は聞かないかと尋ねてみる。
「噂?」
「そうねえ、変わったことといえば」
「そういえば今日はミアちゃんはいないの?」
「ああ」
「そう、どこかへ出かけているとか?」
「そんなところだ」
まあ、このまま戻らないかもしれないが。
客たちは気安く色々と教えてくれたが、これといって目ぼしい情報はなく、だが気前よく買い物をしてくれた。
儲かる分には良しとしよう。今日は売り上げのために店を開けているわけじゃないが。
夕方になり、表に閉店の看板を下ろした頃、ルカートとセイランが戻ってきた。
二人ともやけに荷物が多い。
購入したのかと聞けば、全て貰いものだと言う。
「僕の人望だろうな、君に渡してくれって預かったのもあるぞ、今夜はこれを頂こう」
「皆さん何故か親切にしてくださるの、ウフフ、いいって言っているのに、お願いだから貰って欲しいって、困ったものね」
状況が容易に想像できて頭痛がする。
自分で言う通り確かに人望があるルカートはともかく、セイランは、後々厄介なことにならなければいいんだが。
「もうすぐ日暮れだから、僕は少しの間失礼するよ」
「それじゃ、私とエリアスで夕食の用意をしましょうか、食べてから今日の報告会をしましょう」
ルカートが俺の部屋へ向かい、俺はセイランと台所に立つ。
二人が貰ってきた食材を使って数品作り、居間の卓に並べていると、魔獣に変態したルカートが部屋から出てくる。
最近は苦しみ呻く声も控えめだ、この姿が定着しつつあるんだろう。
―――焦燥感が募る。
「おお、美味そうな匂いだ!」
「今夜のメインは鳥の半身揚げよ、それから温野菜のサラダ、酢のものに、ナッツたっぷりの蒸しパンもあるわ、後はフルーツ」
「ごちそうだな、明日、街の皆さんにあらためて感謝を伝えなければ」
「そういえばルカートは教会で久々に説教をしたそうね」
「ああ、大入りだったよ、皆僕の話に深く感じ入ってくれていた、こうして少しでも神や自らの愛に敬虔に生きる人が増えてくれたら、僕も嬉しい」
「ならまず司祭様自ら実践することだな」
「なんだとッ」と獣化した司祭様は毛を逆立てるが、実際そうだろう。
女好きで酒好き、金銭感覚の緩いこいつが、それでも皆から愛されているのは、偏に人柄の良さゆえだ。
客商売を営む身として、愛嬌の一点のみは見習うべきかもしれないが。
「まあいいさ、それより食事だ、ついでに僕が仕入れてきた情報を教えてやる」
「私も、色々と聞いてきたわ」
「俺はあまりないな、だが、ミアや君のことをやたら訊かれた」
「私?」
「親戚ということになった、すまないが話を合わせておいてくれ」
「分かったわ」
「君ってやつは」とルカートが溜息を吐く。
目ぼしい話は無かったが、一応二人に伝えておこう。もしかしたら意外な接点があるかもしれない。
「それじゃ僕からだ」
半身揚げを骨ごと齧りつつ、最初にルカートが話し始める。
「ミアちゃん、街の皆から随分可愛がられていたんだな、あのネックレスのことも聞いたぞ」
ここ最近は機嫌が良くて、俺から貰ったとネックレスを自慢してまわっていたそうだ。
けれど、ミアが機嫌を損ねたあの日以来、急に萎れた様子で、心配されていたらしい。
「特に一昨日、思い詰めたような顔をしていたって聞いた」
「そうか」
「様子がいつもと違ったって話していたな、なんだか追い詰められているっていうか」
そこまで傷ついていたのか。
流石に少し後ろめたい、あの時やらかしたのはルカートだし、事実は事実としてあるが、それでもミアの心理に配慮すべきだったかもしれない。
あの年頃の少女の感受性なんて俺には分からない。
そもそも俺は、他人の気持ちを察するのがあまり得意ではない。
「まあ、そんなに気にするなよエリー、君のせいだけじゃないかもしれないんだから」
「そうね、それじゃ、次は私が報告するわね」
今度はセイランが話し始める。
「まず前提として二人に訊くわ、暗殺を依頼されるような人物って、どういうヒトかしら?」
「えっ、そうだな」
ルカートと思い当たることを幾つか挙げていく。
商売敵、政敵、何かしら損害を与えられた相手、とにかく他人から恨みを買った奴だ。
ここ商業連合は自身の利益に重きを置くお国柄故にろくでもない奴が大勢いるが、それでも踏み越えてはならない一線は存在する。
二流、三流は、その見極めが下手だ。
商売なんて誰かに恨まれて当然とばかりに好き勝手やっていれば、当然そのツケを払う日がいつか来る。
「エリアスは仕事の帰りに、街道で倒れているミアちゃんを見つけたのよね?」
「そうだ」
「なら、暗殺失敗したとして、殺しの相手はこの街近辺、もしかしたら街の住人かもしれない」
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