第32話 外伝 クルミ編

外伝  クルミ編


私の名前はクルミ。今は湖より現れた双子の乙女の片割れをやってます。


「湖より現れた双子の乙女」とは、この帝国の聖女的な存在で一目置かれている。


本当は日本人で只のゲーマーなのだが、2回も転生をしちゃいました…まぁ色々と事情があったのよ。


2回目に転生をした私達に、皇帝陛下が帝都に用意して下さった戸建て、庭付き、使用人付き。

そこに私とレイカは住んでいるのだが、仕事人間のレイカは、殆ど家には居ない。


レイカは皇帝陛下とレオンハルト公爵夫妻の恩に報いるべく、次々と事業を展開して帝国を豊かな国にするべく奮闘中である。



私は庭に出て、ティータイムを楽しんでいた。


今日は双子のレイカが帰って来ると、先触れがあった。

レイカってば、本当に社畜なんだから。


・・・分かっている。レイカは大丈夫だ。

大丈夫じゃないのは私の方だ。




「クルミ嬢、受け取って下さい。」

毎日薔薇の花を届けてくれる、彼の名はベカティ。


最近、公爵家を継いだばかりだ。

皇帝陛下が若い事もあり、帝国の貴族の家では頻繁に代替わりが行われている。彼もその1人だ。


彼を初めて見たのは、5年前のダンスパーティだった。

その時は、別の人(アーネスト様)に転生していた事は、国のトップシークレットだ。


3年前、私はベカティ様と再会した。ベカティ様にとっては、初対面である。

それからと言うもの、2年程付き纏われた。


シャルロットに騙されなかった事だけは、誉めてやるわ。


けど貴方、アーネスト様にプロポーズしたのよ?・・・。

私には前の転生の記憶がある。その時のベカティ様の印象は、頼りなくチャラ男のイメージだったのだが。



ベガティ様は、羞恥心?照れるという事がないのか、何時でも何処でも私に甘い言葉を伝えてくる。


この前なんか、皇帝宮の庭園をレイカと2人で歩いていると、

「世界で一番美しいクルミ嬢へ。」と言って薔薇の花をくれた。世界で一番美しいって・・・同じ顔が隣にあるでしょうが。


ダンスパーティの時も

「私の女神、クルミ嬢。」と言って憚らない。

他の人にも聞こえてるから、止めてと何度も頼んだのだが、言う事を聞いて貰えない。


お茶会の時も、ベガティ様が侯爵の令嬢と話をしていたのだが、私の顔を見つけると話の途中であっても令嬢に「失礼します。」と言い、振り切って私の元へと走ってくる。


そもそも、ベガティ様は大変モテる。

甘いマスクに、公爵の地位。人を魅了する力がある。

何で私なんだか・・・。


私は毎日付き纏う彼に辟易していた。そして諦めて貰うために言った言葉。


「毎日赤い薔薇を送って下さい。1年後にプロポーズをお受けします。」



365日なんて無理だろうと思っていたから。

1日でも途切れたら、これ幸いに

暴言を吐きながら、斬り捨ててやろうと思っていたのだ。


しかし、この言葉をポジティブに捉えポテンシャルを高めたベカティ様は、大はしゃぎであった。


それから毎日薔薇の花を届けてくれている。

私は、毎日嫌味の言葉を返す。これが日課になってしまった。


「ベガティ様、レオンハルト公爵は皇帝陛下にお仕えする事になりましたよ。」と言うと

皇帝宮の、事務官の仕事を決めてくる。


「今度のダンスパーティに着ていくドレスが有りませんの。別の方をエスコートして差し上げて下さい。」

と言うと、次の日には、薔薇とドレスが届いた。


その日はベガティ様以外の方とダンスは踊れなかった。

ベガティ様は私を、ガッツリホールドをしていて側から離れようとしないから。


「毎日毎日赤い薔薇、芸がないのね。」

と言うと、大衆演劇を見に連れて行ってくれた。

「面白かったですか?クルミ嬢。また来ましょうね。」

「帰りにカフェに寄りませんか?評判のケーキが有るんですよ。」


これってもう普通にデートしてんじゃん。

でもケーキは美味しい、演劇も楽しかった。


ベカティ様、悪い人ではないのよね。顔は可愛い系で、ドストライク!公爵と言う地位もあり、最近は逞しくなって・・・


今更になって『迷惑です』とハッキリ言えない。仔犬の様な潤んだ瞳で見つめられたら、邪険には扱えないわ。


ダメダメ、戻ってこ~い私。



※※※



「ただいま。クルミさん。」

レイカが帰ってきた。相談したい事が山程あるのよ。


レイカは馬車に積んである荷物を下ろしている従者に、テキパキと指示をしている。

今回は、ティクティン村の視察を含めて3ケ月も留守番だった。


明日は、皇帝宮に招かれている。相談するなら、今しかチャンスはない。私はレイカに、お茶を進めた。

レイカは、私に微笑みながら言った。


「クルミさん。淋しい思いをさせて、ご免なさい。」


レイカ・・・相変わらずお母さんの様な優しさだよ・・・。


「クルミさん、お土産があるのよ。」と言って鞄からリボンの付いた包みを取り出した。


私が包みを開けると、そこには小さな宝飾が鏤められた、簪が入っていた。


「前にクルミさんがマドラーを頭に刺してたでしょ?

それをヒントに思い付いたの。試作品よ。皇后様と、アーネスト様もお揃いで。」


「マドラーは頭に刺してた訳じゃないから。長い髪が、邪魔だったから。」


クルミは頬をプクっと膨らませてみせたが、嬉しそうに髪を束にしてクルっと上げ、簪をさした。


「似合っているわよ。」レイカは笑いながらそう言ってくれた。


私は、レイカを椅子に座らせてお茶を入れた。

頼りになるレイカにベガティ様の事を相談したかった。毎日甘い言葉を囁かれている事を。


こくこくと頷きながら、話を聞いてくれる。

レイカ様、善きアドバイスを・・・。


「プロポーズを受ければ良いじゃない。」

普通にお茶を飲みながら、レイカがそう言った。


「でも、あのベガティ様よ?」


「そうね。以前のベガティ様なら、反対したかもしれないわね。でも、ベガティ様は成長なさったわ。」


「でも・・・アーネスト様にもプロポーズした軽薄男よ?」


「妬いているのね。」


「誰が?誰に?」


「クルミさんが、アーネスト様によ。」


「何でそうなるのよ!」


「クルミさんは、ベガティ様が自分以外の人に惹かれたという事実が気に入らないのね。でも、昔の事でしょ?今のあなたと出会う前の。」


レイカ・・・相変わらずお母さんの様な厳しさだよ・・・。


「でも・・・でも・・・。」続く言葉がない。


「私とクルミさん、アーネスト様と3人で歩いていても、ベガティ様はクルミさんしか見えてないのよ?私達は双子なのに。」


「・・・」


「嫌なら断れば?」


「いっ、嫌じゃ・・・ない。」


私は、カップに入っているお茶を飲み干した。


レイカの言っている事が、分かる様な分からない様な。

私の頭は、混乱していた。

妬いている?アーネスト様に?


最近はベカティ様と話す事が楽しくなっている。

それは事実だ、この際認めよう。


「きちんと話をしてお断りすれば、ベカティ様もきっと、分かってくれて顔を見せなくなるわよ。常識のある人だと思うわ。隠れて泣くかも知れないけど・・・。」


「もしベカティ様がクルミさんを諦めて、クルミさんの前から姿を消したら?平気なの?」


「もしクルミさんがお断りをして、皇帝宮で偶然会ったとしても平気なの?」


「もし未来のベカティ様の隣に夫人がいて子供でも抱いている姿を見かけたとして、それでも平気なの?」


レイカが、もしもシリーズで私を問い詰めてくる。


「素直な気持ちを、ベガティ様に話してみれば?

クルミさんは、クアトロコンプリートを達成した名プレイヤーでしょ?」

とレイカが、悪戯な笑みを浮かべて言った。


ゲームの話と一緒にしないでよ。

そうだ・・・ゲームの話じゃ無いんだ。


「う~ん、う~ん、うぅぅぅぅ・・・。」

私が頭を抱えて唸っていると。


私の頭痛の種が、尻尾を振りながら走って来る。


「愛しのクルミ嬢。」

と言って今日も薔薇を届けてくれた。


「クルミ嬢、今日の髪型は普段とは雰囲気が違っていて、新鮮です。とっても素敵です。」


「お久し振りで御座います。ベカティ様。」

レイカは立ち上がって、カーテシーをした。


「お久し振りです。帰って来られてたのですね。乙女レイカ様。」

ベカティも、胸に手を当て礼をとった。


「ベカティ様、お茶でもいかがですか?」

レイカはベカティを案内して椅子に座らせた。

そこは、レイカが座っていた場所だ


「私は、荷解きをしてまいります。ベガティ様、クルミさんとお茶でもお飲みながら、ゆっくりお話でもして行って下さい。」


そう言ってレイカは部屋に戻って行った。



「クルミ嬢、私がお茶をお入れしましょう。」

ベカティはクルミを気遣い、そう言った。


「いい、私が入れる。その方が美味しいから。」

クルミは顎をツンと上げながら、ベカティにお茶を入れた。


ベガティは仔犬が餌を前にして『待て』をしているかの様に尻尾を振って落ち着かない様子だ。



「どうぞ。」


「ありがとうございます。クルミ嬢が入れたお茶を飲めるなんて、私は幸せ者ですね。」


聖地巡礼に行けば、たまに飲めるわよ・・・と思ったが、口には出さずベカティの顔をじっと見つめた。


「何ですか?恥ずかしいです。」

ベカティは少し顔を赤くした。


「ベカティ様は、何で私を?」


「・・・?」


「私の何処が好きなのか、答えて下さる?」


ベカティはクルミの思いがけない言葉に、吃驚したようだが、カップをソーサーに戻し一呼吸おいた。


「腰まであるシルバーの美しい髪に、愛らしいお顔。」


「それって、レイカと一緒だよね。じゃあ、レイカでも良いんだ?」


「確かに乙女レイカ様も、大変お美しいですね。ですが、クルミ嬢と同じではありません。クルミ嬢のお顔を見ると胸が高鳴って、苦しい様な・・・でも幸せな気持ちになります。」


「髪をバッサリと切って男の子の様に短くしたら?」


「ふふっ、クルミ嬢はショートも似合いそうですね。」

想像をしてしまったのか、ベカティの顔が綻ぶ。


「顔を怪我してしまったら?」


「それでも、クルミ嬢はクルミ嬢ですから。」


クルミは、暫く考えて再び口を開く。

「私の嫌な所を答えて。」


ベガティは少しの間無言になった。何やら考え込んでいる様子である。


「本当の事を言っても・・・怒らないで下さいますか?」

心配そうにクルミの顔を、覗き込むベカティに向かって頷いてみせた。


「まず、皇帝陛下やレオンハルト公爵に微笑みを見せるのが嫌です。」


「えっ、それは仕方ないのでは?」


「はい。だから、我慢をしております。」


「この間のお茶会で、伯爵の御子息達と楽しそうに会話されていましたね。あれも嫌です。」


「他の男性とダンスを踊るなどは・・・。」

ベカティは、顔を歪めた。


形容詞ではなく、全部が動詞だわ。


「ベカティ様、明日は皇帝宮に行かなくてはなりません。そろそろ・・・。」


「はい。そろそろ失礼します。では」

ベカティ様は私の手を取ってキスを落とした。


翌朝

「クルミさん、ちょっと来て下さい。」


レイカにしては珍しく慌てた口調で私を呼んだ。

そして目線を窓の外に向ける。私がレイカの視線の先を辿ると、ベガティ様が馬車の横に立っていた。


「きっと、クルミさんを待っているのでしょう。早く支度なさい。」と言って侍女をベガティの元へ走らせている。


少し鼻の頭を赤くしたベガティは、侍女に案内されて応接室に通されていた。


「ベカティ様、今日は皇帝宮に行くと言いましたよね?」


準備を終えた私が、ベカティ様に言うと

「はい。お送りしようと思いまして・・・。」

何時から待っていたのか、寒そうにお茶を飲んでいた。


「今日は私も皇帝宮に用事がありまして。」

言い訳の様に口をモゴモゴとさせながら、言った。


ベカティ様に送って貰い、両陛下への挨拶を済ませた。


皇帝陛下とレオンハルト様が、公務の話をしながら、皇帝宮の中庭を眺めた。


そこには、皇后陛下とアーネスト様に空手を指導しているレイカが声を上げていた。

3人とも、熱心に練習に励んでいる。


私は、東屋にお茶を準備して皆に声をかけた。

皇帝陛下とレオンハルト様も加わり、ティータイムが始まった。


6人が揃うことは最近では珍しい事なので、近況報告を仕合ながら、楽しんでいると


向こうから、頭痛の種が尻尾を振って走って来た。


「乙女クルミ様、今日で365日です。私と結婚して下さい。」

ベガティ様は、両陛下とレオンハルト公爵夫妻、レイカの前でプロポーズしたのである。


レオンハルト様は渋い顔をしたが、他の皆は笑っている。今日で1年だ。


何の取り柄もない私を、こんなに愛してくれる人はいないだろう。

自分に言い訳ばかりをして、逃げ続けた1年だったけど

結局は、私もベガティ様を愛している様だ。


私は、素っ気なく返事をした。


「まぁ、いいかな。」




== 完 ==

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「これ以上の転生は無理です。」悪役令嬢は溺愛される 七西 誠 @macott

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ