呪いと魔女の下僕(5)
あれからエイナードが一角兎を堪能し、私が伝えた昨日の一角兎の様子も彼を楽しませることができた。
しかしその間も、私はずっと焦燥感に駆られていた。
(呪いって、何なのだろう?)
人間が扱う呪術とは違い、魔物の断末魔の
今までの私はそれだけを聞いて、呪いを知った気でいた。けれど、それらは呪いのかかる状況と、呪いにかかった者の末路でしかない。
私は呪いを本当の意味で目の当たりにしたことはない。残された記録にしても、その症状について『存在ごと消滅する』としか記されていない。そこまでの過程があったはずなのに、何故かそれだけしか書かれていない。
(私は……いいえ、誰もが呪いについて知らないのよ)
改めて考えれば、情報が少なすぎる。症例自体少ないというのもあるが、聖女の奇跡への信頼が逆に
本当の意味で呪いを知ることができたなら、そこに道が開ける可能性はないのだろうか。
「エイナード」
今は向かい合って紅茶を飲んでいる彼の名を、私は呼んだ。
私もその前にひとくち紅茶を飲んだはずなのに、もう喉がカラカラに渇いていた。
それでも、どうにか次の言葉も声にする。
「エイナード……呪いの症状を見せてもらうことはできますか?」
「え……」
思いも寄らない要望だったのだろう、彼の目が大きく
次いで、エイナードは困ったような表情で「できません」と頭を振った。
「ユマ様は異世界から来られたので、ご存じではないのですね。真偽は別として、ガラリア国において魔物は魔女の支配下にあると言われています。その中でも『魔女の下僕』と呼ばれるのが、私が遭ったような強力な魔物の俗称です。伝承では、強い人間を道連れにしようとするのは、冥府に住む魔女への手土産だとか。そこから来ているネーミングですね」
「魔女……」
ガラリア国の魔女については、神話を読んだので知っている。
魔女に毒の作成を依頼した者が政敵をその毒で排除するも、毒を飲んでいない依頼者の方も毒と同じ症状で変死した。
魔女の姿は、魔女と聞いて思い浮かべるイメージ通りの
「魔女は気に入った男を
思い出した一文を口にすれば、エイナードは少し驚いた顔をした後、「そうです」と頷いた。
「つまり、私が受けた呪いは生け
エイナードが手にしたティーカップに目を落としながら、穏やかな声で話す。
落ち着いたその声が
『誰もそのようなことはしない』
エイナードがそう言ったのは、自身の経験談だけを指しているのではない。
呪いにかかった彼は、きっと過去の関連記録を調べたはず。
(それが、裏目に出た……)
エイナードは呪いを解く手がかりではなく、これまで呪いが解けなかった間接的な理由を知ることになってしまったのだろう。
呪いを受けた者から誰もが目を背け、刻一刻と死が迫る中、寄り添う人すらいない。だから、呪いの症状についての過程の記録が残されていないのだ。
孤独な環境で症状について詳しく知ることができるのは、被害者本人だけ。独り呪いを解こうと
カチャッ
静まり返った室内に、エイナードがティーカップを置いた音が響いた。
「エイナード」
まるでその音が合図だったように、自然と彼の名前が声になった。
「それでも見たいと願えば、見せてもらえますか?」
エイナードの目をまっすぐに
先程、私が「見せてもらうことはできますか?」と問うたとき、彼は「できません」と答えた。
彼は、私が被害に遭うかもしれないから「できません」と答えたのだ。
一日3分だけの聖女と余命3ヶ月の騎士 月親 @tsukichika
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