呪いと魔女の下僕(4)

 眠れぬ夜を過ごし、朝が来た。

 そんな私の状態などお見通しだったのだろう、普段ならまだ休んでいるはずの早朝にエリンはやって来た。

 その彼女からエイナードが持ち堪えたことを伝えられ、私は安堵のため息をついた。

 その後は、これまで通りの部屋に案内され、入室をすればエイナードの声掛けもあり。

 だから油断していた私は、彼に目を向けた瞬間、その場から動けなくなった。


「……このような格好で失礼いたします」

「あ……」


 苦笑いを浮かべるエイナードに、我に返る。

 エイナードは普段の装いとは違い、足首まで隠れる丈の長いガウンを身につけていた。

 そしてその彼は――車椅子に座っていた。


「昨日の時点で予想はしていましたが、やはり私の両脚は動かなくなったようです」


 言って、エイナードが私にソファを勧めてくる。

 けれど私は彼の指すソファを通り過ぎ、エイナードの傍へと寄った。

 その場にひざまずき、持っていたケースを床に置いて、彼の片手を両手で握り締める。

 何か考えがあったわけではなく、ましてや何かできるからでもなく。ただ衝動的に、そうしていた。


「ユ、ユマ様?」


 エイナードの温かい手が、焦ったような声が、愛おしい。

 愛おしいのに、この温かさも声も、私は忘れてしまうのだ。愛おしいと感じている、この感情すらも。


「私にもっと力があればよかったのに」


 呪いを解けずとも、せめて歴代の聖女のように日に何度も奇跡を起こせたならよかった。もっとエイナードの役に立てたならよかった。

 私に残らないのなら、彼の中に一つでも多く何かを残せる力があればよかった。


「ユマ様。それは違います」


 穏やかな彼の声とともに、彼のもう片手が私の手の甲に触れた。

 エイナードの手を包む私の手が、お互いに相手の片手を包む形に変わる。


「あなただから、私の願いを叶えられるのです。あなただから、初日に『そんな願いでいいのか』と、私の願いを下らないものと判じなかった。あなただから昨日、あのような可愛らしい動物を選んだ。私個人のことを考えていなければ、大の大人、それも騎士の願いだというのに一角兎は選ばないでしょうから。何より、架空の動物を具現化させてしまうなんて、私には考えも及びませんでした。あなたは私よりも私の願いを知っておいでです」

「え?」


 私を説くように、エイナードがよどみなく述べ立てる。

 しかし私の耳は、彼が最後に付け加えた一言だけを強く印象に残した。

 今、エイナードは何と言っただろうか。

 一角兎をと言わなかっただろうか。


「子供の頃に描いた夢物語まで叶えてしまうなんて。それで……できれば、今日もまた一角兎を出していただいてよろしいでしょうか?」

「え? あ、はい」

「ありがとうございます。昨日は自分から触ることができなくて、実はとても口惜しく思っていました」

「そう……ですか」


 私はエイナードに答えながらも、先程から心に引っかかっている何かを必死に探っていた。

 エイナードの手が惜しむようにして私の手を解放し、私も彼から手を離す。

 立ち上がり、所定のソファへと座る。紙をセットし、ペンを構える。

 後はここに一角兎を描いて、聖女の奇跡を起こすだけ――


(⁉ そう、『聖女の奇跡』の要件だわ)


 聖女の奇跡。それは、リトオールにあるものを具現化する力。

 その制約のため、元々存在しない呪いの特効薬を作り出すことができない。


(じゃあどうして、架空の動物だという一角兎は具現化できたの?)


 昨日の私は一角兎が架空の動物であることを知らなかった。けれど、それはイレギュラーが発生した原因にはならない。

 何故なら私は、聖女の奇跡の制約について聞かされる前に、一度元の世界の物を具現化しようと試みたことがあるからだ。そしてそれは、具現化されなかった。だから、知らなかったからできたということは絶対にない。


(リトオールに存在しないものは呼び出せない。でも、架空の動物は呼び出せる……)


 その違いは何なのか。

 この引っかかりを絶対に見逃してはいけない。

 そう私の魂が、激しく警告していた。

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