呪いと魔女の下僕(3)

(一角兎……具現化せよ! どうかエイナードに少しでも安らぎを与えますように)


 完成した絵を両手で持ち上げ、私は奇跡の始まりを告げた。

 熱を帯びた紙が発光し、周辺の景色が揺らぐ。いつも通りの反応に確かな手応えを感じ、私はホッと胸を撫で下ろした。

 紙の上に、一角兎のシルエットが現れる。


「まさか……一角兎?」


 鋭いエイナードは光が収束するより先に、その存在に気付いた。

 しかし、そのまま一角兎に伸ばされるかと思った彼の手は、僅かな動きを見せただけだった。


「エイナード、どうぞ」


 私は膝の上にケースごと紙を置き、一角兎を持ち上げてエイナードの手の側へと降ろした。

 ふわふわした、完全に兎なそれ。一瞬にしてエイナードの視線が釘付けになったのがわかる。

 そして一角兎はそんな彼の心を心得たとばかりに、エイナードの手へすりすりと頬を寄せるあいきようを見せてきた。

 一角兎を見つめるエイナードのとろけるような表情に、こちらまで心が温かくなる。

 しかしその熱は、次の瞬間には冷たいものへと変わってしまった。


「サイラス。どうか私が、ユマ様に……深く感謝していたことを、記録……しておいてくれ」

「……かしこまりました」


 エイナードの幸せそうな表情は変わらないのに、その落差に泣きたくなる。

 二人の間で交わされた言葉の意味が、わかってしまったから。

 何故、『記録』するのか。それは『記憶』には留めておけないから。

 そして有能な執事でさえ『記憶』に留めておけない理由は――


「少し……休みます。ありがとうございました、ユマ様……」

「……はい」


 私の返事を聞くとともに、エイナードはまぶたを閉じた。

 言葉通り、彼は眠ったようだ。症状の波が幾分引いたのか、先程よりは楽な呼吸に見えた。

 一角兎がもぞもぞと動いて、エイナードの手から肩の方へと移動する。今程紙から生まれたばかりのはずの兎は、まるで絵本の少年と相棒のようにエイナードに寄り添っていた。

 かの少年もまた、一角兎とともに眠るシーンがある。

 「おやすみ」と言って眠った少年は、翌朝「おはよう」と兎に声を掛ける。

 明日、エイナードも今は閉じられている瞼を再び開くはずだ。

 そして彼が言ったように、また座って話せるはず。


(明日、エイナードにも今の一角兎の様子を教えてあげますね)


 彼にも明日があるから、そんな約束をしたっていい。

 彼にも少年のように「おはよう」と挨拶できる明日が来るから、この約束は守られる。

 私は未だ熱の戻らない身体にそう言い聞かせ、音を立てないようゆっくりと椅子から立ち上がった。

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