王宮のパーティー
「今日のパーティーは、私一人で出席します。旦那様はお体を休めていて下さい」
「でも、パーティーはパートナーが同伴でないと……」
「いえ、そのことですが、おそらく今夜のパーティーのルールにそんなものはありません」
年に一度開催される王宮のパーティー。私の両親も毎年参加しているけれど、パートナーが同伴である必要はなかったはずだ。その証拠に今回はお父様とお兄様が参加することになっている。
恐らく社交の場に慣れない旦那様は、からかわれてしまったのだろう。そのルールを教えたのは旦那様のご友人ということなので、からかわれた可能性は十分にある。それに、王宮からの支援を断つというのも、ホワード家の者の出席があれば行使できないはずだ。
「私は大丈夫です。旦那様は自分の体調を整えることに専念してください」
そう言ってもなお、申し訳なさそうな旦那様に、私は先ほどシェアンにもらったものを手渡した。
「これは?」
「私の素直な気持ちを込めました。パーティーが始まったら中を見て下さい。」
刺繍したところを折りたたんだまま、手渡したので、きっと旦那様はよくわかっていないだろう。きょとんとしたまま、不思議そうに受け取ってくれた。
そうして、私はまた転移魔法を使い、ギルたちの元に戻った。説得できなかったことを伝えると、すごく責められてしまったが仕方ない。旦那様の意向に従って、今はまだ教えることが出来なかった。
夕刻になり、ドレスやヘアセットなど準備を整えた私は、パーティー会場である王城に向かった。初めて訪れた王城に、私は何だかふわふわとした気分になってしまう。建物は中も外も豪華な装飾に彩られており、きらびやかな空間だった。シックにまとめられているホワード家とはまた違った歴史を感じることが出来る。
本会場である大広間に足を踏み入れると、着飾った沢山の人たちであふれていた。豪華な食事が並び、楽しそうな笑い声が溢れる。国王を中心としたとても賑やかな空間だ。
「君、もしかして、アリシア嬢かい?」
広間に足を踏み入れた途端、突然声を掛けられる。振り向くと、そこに立っていたのはプラチナブロンドの長髪を後ろで束ねた人物だった。綺麗な顔立ちと透き通るような青の瞳を持ち、近くの女性たちから注目を集めている。この人は確か……
「………ブレント殿下でいらっしゃいますか?」
この王国の第五王子―ブレント殿下。とても優秀な人で、王族でありながら様々な研究成果を上げていると聞く。そんな高貴な方が何で私に話しかけたのか。その理由はすぐに分かることとなった。
「あれ? やっぱりオリヴァーは欠席かい? 今回は期待したんだけどなあ」
「ちぇー」と言いながら、口をとがらせるブレント殿下。まるで旦那様をよく知っているような言い方だ。
「殿下はオリヴァー様とお知り合いなのですか?」
尋ねてみると、殿下は不思議そうに言った。
「ああ。幼い頃からの付き合いだよ。っていうか聞いてない? 今回のパーティー、来ないと国からの支援辞めちゃうよーってやつ」
「それは聞いていますが……。って、もしかして、そうおっしゃったのは殿下なのですか?」
「まあ、冗談だけどね。久々に会いたかったんだ。俺も学会とか王子としての仕事とかでなかなか会いに行けないから。何とかパーティーで会えないかな~って思って脅してみた。そうでもしなきゃ来てくれないでしょ?」
お茶らけたテンションで、すごいことを言うブレント殿下。こちらとしてはとても深刻に考えてしまったので、いい迷惑なのだが、王子にそんな態度をとるわけにはいかない。
「冗談だったんですね。それはそれでよかったです」
「まあ、いつまでこんな冗談が言えるかはわかんないけどね」
「……⁉」
少し暗いトーンでそう言われてしまい、心臓が止まりかける。しかし、ブレント殿下はすぐににっこりと笑って、私に向き直った。
「オリヴァーによろしく伝えといてね。というか、奥さんになったんだもんね。アリシア嬢、これからは俺ともよろしくね」
そうして、殿下は嵐のように去っていった。それにしても、旦那様に親しい王族の方がいるとは思わなかった。親しみやすいようで、どこか影があるようにも思える、隅に置けない人のような気がする。いつまで冗談にできるか分からない―それが真実なら、大問題だ。
茫然と突っ立っていると、よく知った声がした。
「アリシア。久しぶりだね」
声の主はお父様。隣には、お兄様の姿もある。
「アリー、元気にしてたか」
お兄様はそう言うと、ちょいちょい、と私を呼ぶ。そして耳元でこう言った。
「父上、今は余裕ぶってるけど、昨日から落ち着かなかったんだぞ。アリシアが来る。アリシアに会えるぞって」
お父様に目をやると、お兄様の言う通り、わくわくしているお父様が見えてきそうだったので、目を背ける。
「……そう。元気そうで何よりだわ」
遠い目でそうつぶやくと、お父様が心配そうに私に話しかけてきた。
「オリヴァー様は一緒じゃないんだな。……その、大丈夫か?」
そう言って、お父様は周りに目を向ける。視線の先には、ひそひそと話しながらこちらを見てくる婦人たちの姿があった。その様子で何となく言いたいことは分かる。
私は心配させまいと微笑んで言った。
「私は大丈夫です。心配いりません。では失礼しますね」
これ以上は話しかけないでください、そう目で訴える。それでもお父様たちは、心配そうな顔をしていたが、他の参加者に話しかけられていたので、その隙に距離を置いた。
すると、ひそひそ声の詳細が聞こえてきてしまった。
「あれって、イグレシアス家のアリシア様じゃない?」
「あの婚約者様と結婚なさったんでしょう?」
「でも、一緒じゃないみたいよ? ってことは見かけ上の愛のない結婚なんじゃない?」
「ふふふ。やっぱり。見限られている上に利用されたってこと?」
扇で口元を隠し、クスクスと笑う声。またか、と思いつつ、どこか正解をついているような発言に心が痛む。私が利用されたのも、この結婚に愛がないのも事実だ。旦那様は悪くない。そう思えるようになったものの、現実は変わらない。
とりあえず、今を乗り越えればいい。早くこの場をやり過ごして、早々に屋敷に戻ろう。
そう思った瞬間、突然に周りの様子が変わる。ひそひそと話していた婦人たちの目の色が変わり、うっとりと酔いしれた雰囲気が場を支配した。静かになった大広間にコツコツと足音が響いて、私は抱き寄せられた。
「待たせた。独りにして悪かったな」
顔を上げると、そこには旦那様の姿があった。ブルーグレーの美しい髪に、ローズクォーツの優しい瞳。人前だからか、先ほどのような柔らかさはないものの、凛々しさの中にちゃんと温かみがあった。
「どうして……」
「これを受け取ったからな」
そう言って、旦那様は私の刺繍が入ったスカーフを見せる。刺繍されているのは、黄色のパンジーの花。パンジーの花言葉は「私を想って」。特に黄色の花は、「つつましやかな幸せ・愛」と言う意味がある。私はそんな花言葉を元に、これが愛のない結婚だったとしても、ほんの少しでいいから、私を愛してほしい。そんな素直な気持ちを込めた。
私が微笑むと、旦那様も微笑み返す。彼がどんな風に受け取ったのかは分からないが、想いは通じているような気がした。
ただでさえ、美しい旦那様の笑顔には破壊力がある。滅多に社交の場に顔を見せないオリヴァー様は、注目の的だった。
「ただ、すまないな。急用ができてしまったんだ。今日はもう屋敷に帰ろう」
それは、まだ完全でない体調のなか、私の願いにこたえてくれた旦那様の最上級の嘘だった。
*****
お読みくださってありがとうございます。
本作はコンテスト用に書いたものなので、更新はこれでしばらくお休みさせていただきます。
未だ回収できていない伏線もあるのですが、今後続きを書く予定なので
気になった方は気にかけて下さると嬉しいです。
更新する際はまたノートで報告します。
改めて最新話までお読みくださった皆さま、本当にありがとうございます。
天才伯爵令嬢は旦那様に仕えたい 枦山てまり @arumachan
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