第12話

「シホウ撃破の後、呪術師の知人と共に周辺を確認しましたが、コトリバコは跡形も残さず吹き飛んでいましたね」

「吹き飛んでいたら何か変わるんですか?」


 幸子さちことの一件が収まり、楯無たてなしと向き合う形で着席した鷹見たかみは疑問を投げかける。

 とはいえ、先程見せた自らを慕う少女への態度もあってか、レンズの奥に潜む瞳は冷やかな視線を注いでいた。

 質問に答えたのは、庇われた当人。


「呪術に使われた道具ってのは、少しでも残ってればもう一回使えるらしいんだ。だからね、キチンと後始末ができてるかは大事なんだって」

「そう、なんですね」

「欠片からの呪術復元は相手にも相応の腕前が欠かせないとはいえ、可能性を事前に断っておくに越したことはありません。

 直接的に呪術の被害を受けていた鷹見さんは、当分の間は経過観察が必要と思いますので、知人の連絡先を渡しますね」


 言い、手渡した紙に羅列されているのは一一桁の数字。

 悪い人ではないと前置きをつけ加えられたものの、顔を合わせたこともない相手となると不安は拭えない。ましてや楯無への信頼が微妙な状況、彼の友人というのも当人と波長があうだけの性格がよろしくない人物という線を否定する材料が不足していた。

 視線を落とす友達の不安に予想がついたのか、再び幸子は彼女へ声をかける。


「大丈夫だよはな害牢館がいろうかん……さんはちょっと面倒なところはあるけど、悪い人ってほどじゃないから」

「フフフ……ありがと、幸子」


 気丈に微笑む鷹見に対し、幸子も満面の笑みで応じる。

 楯無もコーヒーを一口含むと、喉を潤してから後に続く。


「呪術というものを探求している家系です。今回のように対象を定めず無差別に呪うやり口は、彼が最も嫌悪する手段。話せば尽力してくれますよ」


 柔和な表情と声音で告げる様子は、幸子に対してのものとは大きくかけ離れている。それこそ同一人物の発言とは思えず、どちらが真なのか数日程度の付き合いには判別もつかない。

 つかないが、鷹見を慮っての言葉であることだけは確か。

 だからなのか、警戒心が幾らか解けた女性は素直に好意を受け取れた。


「ありがとうございます」

「これで一件落着ですね」


 鷹見の礼に手で応じると、コーヒーを飲み干した楯無は席を立つ。

 隣の幸子も一瞬、友人と顔を見合わせるも逡巡に視線を落とした後。目蓋を強く閉じると意を決して立ち上がった。


「華、今度またどっかにショッピング行こうね!」

「えぇ……」


 ロングスカートを翻す少女の後ろ姿を一瞥し、赤縁眼鏡の奥で瞳が揺れる。

 いうべきなのか、それとも口を閉ざしているべきなのか。

 葛藤の時間は然してかからない。少なくとも、先に階段を下った楯無の後を追う幸子が視界に収まっている程度には。


「……幸子」

「んー、何?」


 呼びかけられたためか、幸子は無垢な笑みを浮かべたまま振り返る。

 無邪気な、穢れを知らない人形を彷彿とさせる笑顔。

 翻る黒のロングスカートや反対に微動だにしない半袖シャツ。左右で長さの異なるインナーなどのお洒落な装いは彼女の拘りを反映しているものの、年相応の一挙手一投足がむしろ鷹見の不安を加速させる。


「幸子は……楯無さんのどんなところが好きなの?」


 だからこそ、彼女は歳の離れた友人へ問いかけた。

 西東楯無という人物の、いったいどの部分が幸子に刺さったのか。

 ただ拾われた恩義が恋心へ変換されただけの単純なものなのか。或いは、自分の前では見せていなかっただけで彼なりに幸子へ愛情を注いだ結果なのかを。

 もしも前者でかつ今は彼からの好意が伺えないのであれば。


「ん-、楯無の好きなところかー……」


 唇に人差し指を当て、小首を傾げる幸子。

 ややあって頬を僅かに上気させると、潤んだ瞳で鷹見を見つめた。


「そう、だな……楯無は、幸子の辛いに線を足してくれた……そんな所が好きだな」

「その線は、今も足してもらってるの?」

「もちろん!」


 力強く、そして大袈裟なまでに首を振る幸子の姿に、鷹見は頬を緩めた。


「……分かった。じゃあ、またね」

「じゃあまた!」


 幸子が未だに下りて来ないことを不審に思い、階下から楯無が呼びかける声が響く。それに返事をすると、幸子は早足で階段を下っていった。

 残されたのは呪いから開放されて不眠が収まりつつある鷹見と、タイミングを逃して熱が冷めたコーヒー。

 冷房に冷やされた生温い状態のそれを一口含み、女性は気分を入れ替えるべくわざとらしく声を上げた。


「さて、今日はどうしようかな」

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