魔王への復讐はボーイズラブ小説にて!?


 私は今、時間を持て余していた私を見兼ねてフォーナが見繕ってくれた本を読んでいる。


(王太子妃としての公務以外の時間は今のところ自由に過ごしていいとは言われたけど、まだこの時代に慣れていないから何をすればいいかわからなかったから助かったわ)


「ふうん⋯⋯中々面白いじゃない」


 私はぼそりと呟く。

 始めは頬杖をつきながら流し読みをしていたが、いつの間にやら時間を忘れてのめり込んでいた。

 小説のタイトルは『メイと王子さま』。端的に言うと、王宮で働き始めたばかりの新人メイドの女の子が美貌の王子様に見初められ、紆余曲折ありながらも最終的には結ばれるという身分差のラブストーリーだ。


「昔は冒険小説が主流だったけれど、今はロマンス小説が人気なのね。女性が好みそうな話だわ」



 フォーナが私の好みそうな本を選んでくれたのだろうが、この時代の小説は女性目線の物語が多い印象を受けた。


(きっと、昔とは比べものにならないくらい女性の識字率が高いのね)


 私は現代人の教養の深さに感服し、読書を再開するため次の本に手を伸ばした。




 いくらか時間が経ったころ、私は衝撃的な内容の小説に出会う。


「こっ、これは⋯⋯!!」


 私は目が飛び出そうなほどに見開き、猛スピードで文字列を追っていく。


「ぼっ、僕は彼が姉の婚約者だと知りつつも、一度気付いてしまったこの想いを無かったことには出来なかった。そして、密かに想い続ける日々を送るうちに、彼も僕のことを憎からず思っていることに気付いた——」


 私は一文を指でなぞりながら呟く。間違い無い、これは——


(もしかして男性同士のロマンス小説!?)


 小説のタイトルは『エリンジウムの恋』。一見、これまで読んだロマンス小説たちとなんら変わりないものだったが、読み進めるうちにその違和感に気が付いた。

 『エリンジウムの恋』には基本男性しか登場しないのである。


 大まかなストーリーはこうだ。

 姉の婚約者に一目惚れをしてしまった主人公の貴族の男の子。恋心を隠しながらも友人として姉の婚約者に接するが、ある日お酒の勢いに任せてこれまで秘めていた想いを打ち明けてしまう。正気に戻った主人公は涙を流しながらその場を去ろうとするが、突然、姉の婚約者にキスをされる。それをきっかけにして、二人は後ろめたい気持ちを抱えながらも確かな愛を育んでいく。

 ラストは結婚式を前日に控えた姉の婚約者とともに駆け落ちし、遠く離れた地で細やかながらも幸せに暮らすという僅かばかり遺恨の残る内容であった。


 中々に刺激的な内容のロマンス小説に、読み終わってからもしばらくの間ドキドキが治まらなかった。


(見てはいけないものを見てしまった気分だわ⋯⋯)


 それもそのはずで、エルコラーノ皇国を始めとした古代に栄えた国の多くは同性愛を良しとしていなかった。ちなみに、当然ながら浮気や不倫の類いも同様である。


(この国が愛と自由の国と言われている理由が少しわかった気がするわ)



 読書後の余韻がいまだ残る中、私はとある欲望を抑えきれなくなっていた。


(私の中に眠る創作意欲が刺激される⋯⋯!!)


「こうしてはいられないわ!!」


 私は勢いよく椅子から立ち上がる。

 窓の外に目をやれば、いつの間にか太陽は沈み、黄色い月が煌々と夜空に輝いていた。すなわち、物書きにとっては魔の時間である。


 しかし、思い立ったが吉日。すぐにフォーナに羊皮紙と羽根ペンを用意してもらうと、再び机に向かう。

 私は今、『エルコラーノ皇国と白薔薇の聖女』を執筆した時と同じ過ちを繰り返そうとしていた——。





***





「ううん⋯⋯書くと決めたはいいものの、どんな内容にしようかしら」


(デリティアリアスに眠らされ目覚めてからというもの、色々な人に振り回されてばかり⋯⋯せっかくなら日々の鬱憤を晴らせるものがいいわ)


 あれこれと思案し、書いては消してを繰り返す。そうするうちに、私はこれまでにないくらいの妙案を思い付いた。


「1000年後の世界で私は今日、男性同士のロマンスという新しい文化との出会いを果たしたわ。未来は驚きの連続で退屈しないけれど、誰一人知り合いのいない時代に独りぼっちで放り出され、ストーカーに出会い強引に結婚させられて溜まりに溜まったこの鬱憤。私は⋯⋯全ての元凶であるデリティアリアスをこのペンで辱める!!」


 そう宣言し、羽根ペンを天に掲げる。


(現実世界では敵いっこないけれど、物語の中でなら自由自在よ。ああ、楽しくなって来た⋯⋯!)


 私はニヤリと口角を上げ、泉のように湧き出る言葉たちを取りこぼさないために休まずにペンを動かす。


「うふっ⋯⋯ふふふふふふふ、ふはははははは!!!!」


 構想を練るうちに悪役のような笑い声が口をついて出て、慌てて口を押さえる。


「あら、ついはしたない笑い声を上げてしまったわ」


 皇女たるもの、いついかなる時も泰然たる態度で淑やかにという父様の言葉を思い出す。まるで今の私からは縁遠いものだと気恥ずかしさを覚えた。


「こほんっ⋯⋯でも決めたわ! 小説の内容はデリティアリアスがこっ酷く振られるものにしましょう!!」


 それからの私はもう、終始活き活きと上機嫌に執筆を続けた。



「あとは肝心の登場人物を決めなくちゃ。デリティアリアスは確定として⋯⋯確か彼の側近の男がいたはず」


 私は記憶を辿り、まるでカラスのように真っ黒な男性を思い浮かべる。ディアヴィルと呼ばれるデリティアリアスの腹心の男は、寡黙ながらも優秀で中々の美丈夫なのだという噂を耳にしたことがあった。


「相手役はディアヴィルという男にしましょう。ええっと、物語の大筋は——」


 デリティアリアスは日頃から自分を支えてくれている彼に密かに思いを寄せていた。

 しかし、ディアヴィルには既に恋慕う女性がおり、デリティアリアスのことは主人としか見ていなかった。彼の心が手に入らないと悟ったデリティアリアスは、せめて一夜の思い出だけでもとディアヴィルに迫るが敢え無く断られてしまう。

 そして、それから二人の関係はギクシャクしてしまうのだが、諦めきれないデリティアリアスは自らの権力を悪用し、恋人として接するようにディアヴィルに命じたのだった——。


「うんうん、いい感じに最低な男になって来たわ!!」


(現実のデリティアリアスでは絶対にありえないことだけど、想像するだけでいい気味だわ)


 私は眠る直前に一度だけ目にしたデリティアリアスの姿を思い浮かべる。

 彼は長い黒髪と血に飢えた獣のように赤い瞳、優に2メートルは超えていそうなほどの巨躯きょくの男だった。何よりも特徴的なのは頭の上で存在を主張する2本の大きな角。

 そして、恐ろしいほどに整った顔立ちがよりいっそう近寄り難さを助長させていた。

 

 彼を形作るその全てが人間離れしており、圧倒的な威圧感と強さで人々を恐怖のどん底に陥れる。デリティアリアスという男は、まさに魔王と称するに相応しい。



「⋯⋯下準備は終わったわ。さて、一息に書き上げてしまいましょう」


 デリティアリアスと対峙した時に感じた鋭い恐怖心がありありと蘇り、私はそれらから目を背けるようにペンを握りしめる。

 ——私の夜はまだ始まったばかりだ。





***





「ロザリア様、おはようございます! お着替えのお手伝いに参りましたっ」


 朝から元気いっぱいのフローラが部屋の扉を叩く。


「はっ⋯⋯! いけない、いつの間にか寝てしまっていたのね」


 燦々さんさんと降り注ぐ日差しの中、机の上に突っ伏して眠りこけていた私。フローラの声で覚醒し、慌てて口元から垂れる雫を拭う。


(でも、無事に完成したわ! あのデリティアリアスに一泡吹かせてやった!!)


 手の中には人々が畏怖するデリティアリアスが愛する男に振り向いてもらえず苦悩し、いいように弄ばれるという内容が所狭しと綴られた羊皮紙の束が握られている。

 我ながら陰湿だとは思いながらも、その達成感は並々ならぬものだった。



「ロザリアさまー? まだお休み中ですか? 入りますよ? 私、入っちゃいますよー!」


 一向に返事が返って来ないことに痺れを切らしたフローラは強行手段に出る。しかし、私は集中するあまり背後に彼女が迫るまで気付くことは無かった。



「ロザリア様? それ、何を読まれているんですか?」

「⋯⋯っ!?」


 心臓が口から飛び出るかと思うほどの衝撃を受ける。そしてあろうことか、驚いて手元が狂った拍子に他人には決して見せられない内容の数々が勢いよく床に散らばってしまった。


「あっ!!」


 私はどうすることも出来ずに床を見つめたまま立ち尽くす。


(こんな内容の文章を書いてひとり楽しんでいただなんて知られでもしたら⋯⋯もう外を歩けない! なんとかして上手いこと誤魔化さないと⋯⋯っ!!)


「き、昨日⋯⋯その辺で拾ったの。ちょうど、捨てようと思っていたところよ⋯⋯」


 私はフローラの顔を一度も見ることなく、しどろもどろに言い訳を並べる。いかにも怪しい挙動だったが、幸運なことに彼女が気付く様子は無かった。


「なるほど。それでしたら、私が処分いたします!」


 フローラはそう言うと、止める間もなく素早い動作で床に散乱した羊皮紙をまとめた。

 それから慌ただしく私の身の回りの世話をこなすと拾い集めた紙の束を持ち、ドアノブに手をかける。


「それでは、朝食の準備が整い次第お迎えに上がりますね! 失礼いたしますっ」

「あ⋯⋯っ!」


(行ってしまった⋯⋯⋯⋯)


 ろくに言葉を発する隙も無く、自らの仕事をこなすと風の如く去って行くフローラ。私は彼女が出て行った後の扉を呆然と見つめることしか出来なかった。




 ——しかし、フローラが処分したはずの私の小説は何故かサルデーニア王国の女性の間で絶大な人気を誇るロマンス小説となっていた。

 巷では正体不明の新進気鋭の作家の作品ということになっており、切ないけどキュンキュンするだとか、デリティアリアスが健気でかわいいなどの声が上がり一部で火が付くと世間に広まるのはあっという間だった。

 そして、男性同士のロマンス小説にも関わらず、瘴気による二次被害によって沈んでいた国内が明るくなったと男性からも概ね好評価を得ているようだ。


 そんなこんなで、世間では細やかだが私の考える最大限の復讐という動機で書かれた小説の続編を今か今かと待ち侘びる人で溢れかえっており、私は頭を悩ませていた。


「私の黒歴史が更新されてしまった⋯⋯同じ過ちを繰り返すだなんて、我ながら情け無いわ⋯⋯」


 しばらくの間落ち込んでいたが、私はふと思い直す。


「こんなはずじゃなかったけど、考えようによってはこれは千載一遇のチャンスじゃないかしら?」


 いつの間にか装丁され販売されていた私のロマンス小説。この勢いで広まっていけば、遠からず国外の人の手にも渡る可能性が高い。そして、ゆくゆくは——


「もっともっと有名になれば憎きデリティアリアスの耳にも入るかも知れない。その時になって今まで辱められていたことを恥じるといいわ! ⋯⋯私の国を滅ぼしてくれたんですもの、それくらいじゃ甘いけれどせめてもの意趣返しにはなるはずよ!!」


 私は声高らかにに笑うと、再びペンを取り机に向かうのだった。




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私TUEEE系の伝記風自作小説を書いたら、後世で伝説の聖女にされていました!?〜1000年後に目覚めた亡国の皇女は、腹黒王子に溺愛される〜 みやこ。@コンテスト3作通過🙇‍♀️ @miya_koo

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