インテルメッツォ

 セシルは自室でチェスの駒を指先で撫でていた。目が見えた頃は趣味としていたチェスも、今となっては出来ない趣味だった。一度、試しに女中に口頭で指示をして駒を動かしてもらい、相手の駒の動きも口頭で説明してもらうことで出来ないか試したが、駄目だった。全体像が全く覚えておけないのだ。余程そういったことが得意であれば別だが、これはそう簡単にできる技ではない。

 目が悪くなる前、最後に出たあの舞踏会の夜。王太子との婚約は無かったことになり、それきり、王太子はフォセット嬢により一層の愛を注いでいるそうだ。フォセット嬢の雑な偽装工作を指摘してから彼女が改心したのか、セシルにはわからなかった。見えないと踊る事もままならず、それであれば舞踏会も基本的に暇で仕方がないのだ。元々あまり社交も好きでは無かったセシルは、以前よりも引き篭もりがちになっていた。故にあの男爵令嬢がその後何をしているのかという噂もあまり入ってこない。

 自室の扉がノックされた。返事をすると、女中が、お医者様がお見えになっています、と伝えてくる。通してもらうと、入ってくる足音は、一人にしては多い気がした。

「……何人いるの?」

「僕と、兄と、兄の同僚」

「彼が同僚かというと厳密には違いますが。公爵令嬢様には初めてお目にかかります」

「俺だ」

 最初に声を発したのはわかる。主治医のバルニエ先生だろう。その次の真面目な声は、知らない。向こうもそう言っている。最後のは、誰だったか。

「……ごめんなさい、どなた?」

「アルマン。お前が急に割り込んできて殺人だとか言ってきた時の」

「ああ、あの」

 思い出したが、相変わらず意味はわからない。

「……どういう組み合わせ?」

「お嬢さんの診察に行くって僕が言ったんですよ、兄に」

 と、主治医は面倒臭そうに。

「兄のジャン・バルニエと申します。牢獄での罪人の管理を行っております。時には尋問も担当しております。マノン・ル・ルーが、罪人には珍しく素直に自供するもので、何があったか気になり尋ねたところ、セシル嬢の名を。そこでその事件を担当したこの男に話を聞きました。貴方様の大変な働き、感謝致します」

 堅苦しく言葉を並べるジャンに、セシルは丁寧な、丁寧すぎる笑みを向けた。相変わらず目隠しはしているので、口だけで伝わるように、口角を少し上げるのである。

 その顔を見て、ジャンがごくっと喉に音を立てながら背筋を伸ばすのを、アルマンは見逃さなかった。

「それで、あなたは何をしに来たの」

「この看守のついで。というか、こいつが、お前に今後も手を貸してもらうべきだと言うんでね、頼みに来た」

「君、公爵家のご令嬢にその口の利き方は無いだろう」

「バルニエさん、この男が失礼なのはもう知っていますし、あなたの弟さんだって似た様なものですから」

 セシルは笑いながら手に持っていたチェスの駒を置いた。それから椅子に座る姿勢を整えて、脚を組み替える。

「アルマンね、今度こそ名前を覚えておきましょう。目が見えないと暇を潰す方法が少なくて。また何かあったら持ってきて」

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カエクルスの煙を解く 麻比奈こごめ @Spiraea

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