第3話
えっぐひっぐぐすっ・・・・・・。
目の前にはまだ泣き止む気配のないおっぱいの大きな可愛い系の女の子。
驚くことなかれ、実はこの子、藤田くんである。
・・・・・・しっかしでっかいなー。
A、B、C、D・・・・・・F? Fかー。エロ系の作品やグラビアとかじゃなくて現実ではじめて見た。
私? 私は普通にCです。そう、日本人に多い。
あ、いや、今は男だからないけど。
さて、どうして一見すると別れ話のもつれか浮気した男を泣いて責める女の修羅場のような状況になったのかというと出勤中の電車の中のことである。
乗り込んだ電車の中にわっおっぱいの大きな子がいる。すげぇ、はじめて見たとのんきに驚いていると、様子がおかしいことに気づいた。
どうやら痴漢されているようである。
一瞬悩んで割って入ることに決めた。女の時なら躊躇するけど、今は男なのだ。ま、大丈夫でしょ。
『やあ、ひさしぶり』
知り合いのふりをして女の子に声をかけるとどうやら痴漢は引いたようである。反射的に追いかけようとして女の子に服の裾を掴まれているのに気づいた。
『?』
ん? と思う間もなく女の子が口を開いた。
『せんぱい・・・・・・おれ、です。ふじたです・・・・・・』
そう云ってしくしく泣き出した女の子に、まじかおまっ、橋田さん狙いじゃなかったの!? とかいろいろ聞きたいことはあるがとりあえず
『えっ、えーっ』
会社の最寄り駅にあるコーヒーショップに移動して話を聞くことにしたのだ。
「―――落ち着いた?」
「はい・・・・・・すみません・・・・・・」
すん・・・・・・すん・・・・・・と鼻を啜っている自称・藤田くんに紙ナプキンを渡す。
持っていたハンカチはとっくに涙でグショグショだ。
ちなみに会社へは自称・藤田くんに捕まった時点で遅くなる連絡を入れている、あと同期にも。
だから仕事は奥居が何とか埋めてくれるだろう。
「・・・・・・で、どうしたの?」
「はい、先輩が・・・・・・女を捨てている先輩が男になったらすっげーイケメンになってて・・・・・・女を捨てている先輩が―――」
「あれ、さり気にディスられてる?」
「あっ・・・・・・すいません、えへへ」
誤魔化すように笑う藤田くんの鼻を指で弾くと、藤田くんは痛っと鼻を抑えた。
「それで?」
「それで・・・・・・女を捨てている先輩でさえ凄いイケメンになるなら俺だってと思って―――」
・・・・・・女捨ててる女捨ててるってうるさいな。
こちとらいちいち流行を追っかける程マメじゃねぇんだよ。
それに女のおしゃれはは男のためじゃないし。
「だって憧れるじゃないですか。髪をなびかせてヒールを鳴らして歩くっていかにもデキる女って感じで・・・・・・」
・・・・・・なるほどね。
確かにヒールを高らかに鳴らして風を切って歩く姿は格好良いよね。ま、ドラマの見過ぎじゃない? とも思うけど。
でも藤田くんの場合は、いわゆるバリキャリなデキる女というよりエロ系の作品によくいるおっぱいが大きくて頭もお股もふわふわ軽くて男にいいくるめられて騙されちゃうタイプの女の子なんだよなぁ・・・・・・。
これ、職場でも襲われないかな。大丈夫? 心配だなぁ。
詰めが甘い所があるからなぁ。
実は藤田くんとは学生の時バイト先が一緒だったのだ。だから藤田くんの詰めの甘さはイヤというほど知っている。
よく他のバイト仲間とあの詰めの甘ささえなければなぁと云いあったものだ。
「・・・・・・でもさぁ、営業って急な転換って禁止じゃなっかた?」
確か・・・・・・だったはず。
というのも何年か前に営業の一人が気分で性別を変えて行ったら取引先の人が挨拶もなしで担当が変わるなんて!? と憤ったのだ。
慌てて説明して何とか誤解を解いたもののあわや契約解除とまで話がいきそうになったのだ。
それから信用問題という観点から安易な転換は禁止となったのだ。営業は。
え、総務?
総務はほら荷物を受け取ったりするだけだから。
「あっ」
驚きのあまり涙も止まった様子の藤田くんにあ、これは完全に忘れてたなと思う。
そういうところがなー皆にまあ、藤田だからなと云われる所以だ。
「・・・・・・まあ、良いけど。今日は内勤だけにしておいた方が良いかもね」
「いや、今日、打ち合わせが・・・・・・」
「でも、男物の着替えが会社に置いてあれば男になって打ち合わせに行けるんじゃない?」
「置いてない・・・・・・」
「じゃあ今日持って来ていれば―――」
「持って来てない・・・・・・」
「・・・・・・やっぱり相手先に連絡して打ち合わせを延期してもらえば」
「そんなぁ・・・・・・」
―――知らねーよ!
そもそも取引先との打ち合わせが入ってて気軽に性別を変えるか?
百歩譲って変えたとしても着替えくらいは用意するだろ、普通。
あーもうっ、これだから藤田くんはっ!!
「えへへへっ・・・・・・」
のろのろゆっくりゆっくりヒールに慣れていなくてよろよろふらふらな藤田くんに腕を貸しながら歩く。
すると藤田くんがご機嫌に笑い出した。
「?」
おうおう、どうした?
さっきまでべしょべしょに泣いていたのに急に笑い出したぞ。
「いやぁ、皆先輩を見ていくから・・・・・・ちょっとイケメンと付き合いたくなる女の人の気持ちがわかったような気がします」
いやぁ、なかには藤田くんのおっきいおっぱいを眺めていく人もいたと思うよ?
気づいていないみたいだけど。
「・・・・・・ところであれ、幻ということにしていて良いかなぁ」
会社まであと少し。
会社が目に入ってきた所で、女性社員を従えた橋田さんが腕を組んで仁王立ちをしているのが見えた。
「うわぁ・・・・・・何かあそこだけ空気違いません? おどろおどろしいというか・・・・・・異界入りしているというか・・・・・・」
異界入り・・・・・・まさしく。
えっ、今からあそこに行くの? 帰っちゃダメ?
「な、何かあったんっスかね・・・・・・?」
「さあ・・・・・・?」
あそこまで殺気立つほどの何か? ダメだ怖すぎる。
「・・・・・・でも行かなきゃ。仕事が・・・・・・」
個人的には帰りたいけど。すっごく帰りたいけど。
誰が好き好んで修羅の香りがするところに飛び込みたいものか。
「う、うっす・・・・・・」
自然と止っていた足を何とか動かす。
この一歩が大変なんだよなぁ、重くて。
何度か逃げだしそうになる身体を叱咤して何とか会社の前まで来るとずいっと橋田さんが前に立ち塞がった。
おおっと・・・・・・?
「そちらの方は?」
腕を組んで冷たい目でこちらを見てくる橋田さんに心がヒュッとなる。
こ、こわいよー・・・・・・。
何でそんなに怒ってんの?
「えっ・・・・・・えーと、おたくの所の藤田くん。ちょっとした好奇心で女性になってみたんだって―――ほら」
真っ青になりながらもコクコクと頷いていた藤田くんを肘でつつくと「あっ」と声を上げて慌てて社員証を取り出す。
それをふーんと眺めて、橋田さんが連れて行けというように頭を動かす、とさっと二人ほど女性社員が出て来て藤田くんを連れて行った。
・・・・・・あれ、橋田さん、いつの間に女性社員を牛耳ったの?
「あ、藤田くん、トラブルに巻き込まれたから配慮してあげて・・・・・・ね・・・・・・」
連れて行かれる藤田くんと女性社員の背に声をかける。
言葉を濁したのは、あれだ、配慮したつもりだ。
こっちとしてはどこまで云っていいかわからないから本人に任せる。必要だったら藤田くん本人が説明するだろう、うん。
するとするりと腕に橋田さんの腕が巻き付いてくる。
い、いつの間に。
「もうっ、先輩、心配したんですよ? なかなか出勤されないから。事故にでもあったんじゃないかって・・・・・・」
「え、あ、ごめん・・・・・・? ちょっとトラブルがあって・・・・・・」
そう云った橋田さんはもうおどろおどろしいような、まるでこれから決闘かのような雰囲気はまとっておらず、いつもの可愛くて優しい橋田さんだった。
・・・・・・女って怖いね。
男になったら後輩に叫ばれた あぷろ @apuro258
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