第2話



 「あ、あの、どうぞ」

 「・・・・・・ありがとう」

 「い、いいえっ」

 机に置かれたコーヒーにお礼を云うと女性社員は嬉しそうにきゃあきゃあ云いながら去って行った。何だかなぁ。

 うちの会社はもともとお茶当番があって、女性社員が当番を組んでお茶を淹れていたんだけど、ある時男性社員が何もしないなんてズルイ! という話になって(だってその気になれば性別なんて変えられて逃れられるし)、男性社員も当番に組み込まれることになったんだけど・・・・・・その男性社員の一人が、「あれ? 各自で用意した方がよくない? ムダじゃね?」と云い出し、いつしかお茶当番自体がなくなっていたんだけど、最近、何故か復活したらしい。何でだろうね? ははっ。

 そして心なしか女性社員が増えたような気がする。

 いや、本当に何でだ。

 「お、今日のお供は一口チョコレートか。良いじゃない? 既製品っぽいし」

 「一個いる? あげるよ」

 ぢゅうっと紙パックのジュースを飲みながら覗き込んでくる同期の奥居に二個あるチョコレートを指さす。

 「いらんよ。そんなことしたら私が睨まれるわ」

 「えーそうかなぁ、大丈夫じゃない? イケメンオーラあるっぽいし、いけるいける」

 「何だよ、イケメンオーラって・・・・・・」

 冗談じゃないんだけどなぁ。

 私に手作り品の危険性を教えてくれたのはこの奥居だ。

 『―――良い? 手作りは何が入っているかわからないからもらわない方が良いよ』

 『何かって・・・・・・』

 『髪とか爪とか血とか? あとは惚れ薬?』

 『惚れ・・・・・・』

 『一服盛られて気がついたら可愛い嫁と子供がいるなんて笑えないでしょ』

 『・・・・・・確かに』

 だから奥居は男だった時期があったんじゃないかな。しかもかなりのイケメンで、女に苦労したんじゃないかな、と。




 「先輩」

 お昼になって橋田さんと数人の女の子が迎えに来た。

 「今、行く」

 机の上を軽く片付けて弁当を手に取る。

 今日は、希望する子たちとのランチ会だ。

 橋田さん云うところのファンサービスってやつで。

 何だよ、ファンサービスって・・・・・・と思わなくもないが、こういう日を設ける前は、どこまでも付いてこられて苦労したのだ。

 もともと私は自分の席で昼食をとっていたのだ。

 社食はあるけど、混むし座れるかどうかわからないからだ。あと単純に移動が面倒というのもある。

 そしたらまあ、ぐるりと周りを囲まれていつの間にか動物園のパンダ状態。

 それなら―――ということで社食に行けばそこも追っかけでぎゅうぎゅう。

 じゃあ、と外へ食べに行けばそこへも私の追っかけで大行列。これでは元々の常連客が入れないしひいては店に迷惑がかかるし私もストレスでハゲそう・・・・・・どうすれば・・・・・・いっそのこと女に戻るか・・・・・・いや、でも広木さんの反応がまだだし・・・・・・と悩んでいることろへ橋田さんから提案があったのだ。

 『先輩、いっそのことお食事会の日を決めましょう。さすがに大人数というわけにはいきませんが、少人数でも待っていれば自分の番が来るとなれば皆、大人しく待ってくれると思うんです』

 『そう上手くいくかねぇ・・・・・・?』

 『違反者にはペナルティとして先輩との食事会はなしとすれば皆、守ってくれますよ』

 抜け駆けはさせませんし、許しませんという副音声が聞こえたような気がするが、試しにその提案にのってみることにしたのだ。

 試してダメだったらやめればいいやという気持ちだ。

 結果は、提案を受け入れてから劇的に変わった。

 まずどこまでも追ってくることはなくなったし、ガン見もなくなった。チラチラとした視線は飛んでくることはあっても射殺さんばかりの視線はなくなった。

 無法地帯に秩序が戻った感じ。

 『―――ね? 時にはファンサービスも大事なんですよ』

 なるほど。ファンサービスは大事。理解した。

 そして今日は取り決めをしてからはじめてのランチ会だ。

 ちなみにランチ会は私の精神衛生も考慮してもらって月二回ということにしてもらった。

 だって疲れるでしょ。大人数での食事って。要らん気も使いそうだし。

 橋田さんが抑えてくれた(さすが営業補佐。優秀!)ミーティング室に向かっていると、外回りから戻ってきたらしい藤田くんと遭遇した。

 「あ、お疲れ―――」

 と声をかけようとしたところ藤田くんはドサッと鞄を落とした。目を大きく見開いて口を震わせていたかと思うと

 「誰よっ、このイケメンっ!?」

 思いっきり叫んだ。

 ええ―――・・・・・・っ。







                  終

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