『人を望んでしまったのなら。人に還れ』

小田舵木

『人を望んでしまったのなら。人に還れ』

 脈打つ心臓が俺の手の上にある。

 俺はそいつをじっくりと眺める。ヒトの生命を司る臓器。かつては心の在処だと信じられた臓器。

 冷たい雨が降りしきる。それに心臓は冷やされている。

 眼の前には心臓を抜かれた死骸。俺はコイツを憎んでいた。

 だから。心臓を抜き去ってやった。完全な私怨しえん。だが。俺はハート・スナッチャーであり。その本能は心臓を抜き、喰らう事を欲する。


 俺は心臓に喰らいつく。血の味が口に広がる。鉄分のえぐ味。

 俺の腹が満たされていくのを感じる。そして俺の腹に収まった心臓は俺の寿命を伸ばすだろう。


 俺には永久とわに近い時間が与えられた。

 俺もかつては人間だったが。ハート・スナッチャーである事に気付いてからは人倫を外れた。

 人間社会のアウトサイダー。

 俺は社会に迎合できずに生きてきて。


 戦国の世で足軽をしていた俺は―死骸を漁った。

 兵糧攻めの最中の話だ。我が主の城には米がひと粒もなく。

 俺達は人肉を喰らい、命を長らえていたが。

 俺は気づいてしまったのだ。自分の手が死骸の心臓をとらえる事に。

 そして腹が減っていた俺は。掴んだ心臓を喰らい。命が伸びる事に気が付いた。

 それからは。主の城から抜け出し。市井に生きて。

 徳川政府が倒れるのを見守り、明治、大正年間を潜んで過ごし、昭和期には南方戦線に従事し。平成の平和をホームレスとして過ごし。今は令和。


 俺は姿を変えられる。ハート・スナッチャーは永久とわの命だけではなく。年齢の操作能力も得ている。

 俺は平成の終わり頃にホームレスに身をやつすのを止めた。

 そして子どもになり。児童養護施設を経て。一般の家庭に潜り込み。

 高校生として、今は生きているが。

 一匹狼的な性分は直っておらず。浮いた存在であり。

 いじめにあっていた。この眼の前にいるヤツが主犯格だ。

 俺を臭いだのなんだの言いがかりをつけ、なじってきて。

 俺は見事にクラスで浮いた存在になり、学校生活は過ごし難いモノになった。


 …だから。俺はコイツを憎んで。

 今日、ここに呼び出して。心臓を抜き去ってやったのだ。

 ああ。すっきりした。これで学校で少しは過ごしやすくなるだろう。

 後は始末をして去るだけである。

 問題はない。何の痕跡も残していない。

 ただ。俺は彼の心臓を抜き去っただけだ。

 

                   ◆

 

 俺は素知らぬ顔をして、家に帰る。

 義母に迎えられた俺は腹が減ったと言い、食事を食べ。後は部屋にこもった。

 

 心臓を抜き去った死骸は川原に放置してきた。

 心臓以外には一切手を触れていない。なんなら口さえきいてない。

 呼び出した彼が来た瞬間、俺は心臓を抜き去ったのだから。

 俺は部屋で勉強をして。後は風呂に入ってそのまま眠る。

 警察の手が及ばないと良いが。今回は露骨なやり方をしてしまった。

 呼び出したのはまずかったよな。だが、確実に心臓を奪う方法をそれ以外に思いつかなかったのだ。

 

                   ◆


 かの者は。翌日に発見された。

 新聞の地方欄にその報道があった。『奇妙な死骸。心臓のみが行方不明』。

 ああ。これで俺に捜査の手が伸びない事を願いたい。

 だが。いじめの事実は捜査で浮かんでくるだろう。そして俺は事情を聴取されるに違いない。

 だが。俺が。心臓を抜けるなんて誰が想像しようか?

 これが露見しない限りは、俺は完全犯罪を為している。

 

                   ◆


 

 案の定。俺は警察の取り調べを受けるハメになった。

 学校に登校したら、教員に生徒指導室に連れて行かれ。

 そこで殺した明次めいじ小太郎こたろうのいじめについてこってりと聞かれた。

 だが。俺はそこであくまで被害者のていを押し通した。

 何故。彼が死んだのかは分からないがと繰り返しながら。

 そして疑惑の目を向けられながら部屋を辞した。


「ったく…」俺は廊下でこぼす。

「ったく…どうしたんだい?」声が聞こえてくる。廊下の先の方から。

 廊下の柱の影に人影があり。そこにはスーツ姿の若い女性。新しい教員だろうか?

「色々ありまして」俺はかの女性にこたえる。

「…明次くんの話かな?生徒指導室から出てきたって事は?」

「まあ。色々ありましたからね。事情を聴取されたんです」

「…君は重要参考人の藤野ふじのくんだね?」

「そういう貴女あなたは?警察の方ですか?」

「警察ではないけど。今回の捜査に参加している者だよ。名を新藤しんどうという」彼女は僕に右手を差し出しながら言う。

「どうも」俺はその手を握っておく。

「君は―今、一番疑われているんだよ」彼女は早々と切り出す。

「そりゃ。怨恨えんこんの線でいくなら俺でしょうね。明次がいじめていた人間ですから」

「君にはアリバイがない」

「その時は街の本屋に寄っていましたよ」

「…裏取り出来る話かな?」

「…さあ?」拙い嘘をついてしまった。

「まあ。良い。細かい話は警察に任せよう。私の仕事ではない」彼女は髪をかき分けながら言う。

「で?後は何か聞きたい事はありますか?」俺は尋ねておく。相手の出方を見ておきたい。

「…ぶっちゃけて聴くのは楽だが。場所が場所だしね」

「ココでは出来ない話ですか?」

「うん」

「場所変えますか?」

「お願い出来る?」

 

                   ◆


 俺は新藤に伴われ。街の喫茶店に押し込まれた。

 対面といめんに座る彼女は甘い甘いコーヒーを飲みながら俺を眺めている。

 一方の俺はブラックコーヒーをすすっている。

 

「さて。藤野くん」新藤は問う。

「はい?」さて。何が出てくるか?

「ハート・スナッチャーと言う語に聞き覚えは?」クリティカルなところを突かれる。まさかコイツは―

「ありませんが?」しらばっくれる。

「そうかい。まあ。良いんだけど。説明しとこう。ハート・スナッチャーってのは一種の化物でね」

「化物?」コイツははらい屋というヤツだ。噂だけは聞いていたが。まさか実在するとは。

「心臓を喰らう者…その心臓で永久の命を得た者…今回の事件。犯行者はハート・スナッチャーである可能性が大だ。だから私のような専門家が呼び出される」

「荒唐無稽過ぎて着いていけませんね」

「荒唐無稽だが。現実だ。明次小太郎の死骸は不思議な事に心臓だけが抜かれている。それ以外の外傷はない…化物の仕業以外の何になる?」

「…もし。ハート・スナッチャーとやらが居たとして。俺はそいつとは関係ない」

「…だよねえ。見た目は一般人だ」

「まさか。当てずっぽうで俺をココに呼び出した?」

「ある種そうなるかな。ま。もしヒットすればラッキー程度に考えていた」新藤は苦笑いしながら言う。

「…捜査関係者とは思えない軽率さ」俺は呆れる。

「なにせ。普段はタダのキャリアウーマンだ。特に捜査のノウハウがある訳ではないのよ」

「ただのキャリアウーマンが何故捜査に?」俺は分かっている事を訊く。

「さっき言ったろ。専門家、私は祓い屋稼業もしていてね。今回は警察に招集された」

「…着いていけない世界だ」

「だが。着いてきてもらう必要がある」

「その必要はないです。僕は一介の高校生だ」

「だが。しばらくはマークされるだろうさ」

「…うんざりだ」

「しょうがないっしょ。君が一番きな臭い」

「ま、無実は証明されます」

「だと。良いけどね…」

 

                  ◆


 俺は新藤と別れると学校へと戻り。

 そのまま授業を受けて、放課後に。

 普段どおりの生活を心がける。ボロは出してはならない。

 しかし。まさか祓い屋が出てくるとは。

 俺はハート・スナッチャーとして割と永い年月を過ごして来たが。それまでに祓い屋とは遭遇しなかった。

 運が良かった、というよりは。祓い屋自体が衰退した事が原因だと思う。

 祓い屋の家系は平安時代までさかのぼると言うが、その後の時代。祓い屋の職業は衰退したのだ。単純に怪異が珍しくなってしまったから。

 俺は祓い屋が居なくなった時代を永く生きてきた。

 だが。今回、初めて祓い屋に遭遇した。コイツは拙い。

 ハート・スナッチャーを殺しうる存在。それが祓い屋。俺は命の危機を迎えようとしているのだ。

 だが。俺は心臓を喰らったばかりであり。力はそれなりにある。

 …直接対決をしようが。勝つ自身はある。

 

                 ◆


 それから。俺の生活に新藤は現れるようになった。

 捜査は遅々として進んでいないらしい。


「藤野っち!」小動物のような彼女は気安く俺を呼ぶ。

「あだ名、つけんといてくださいよ」

「私と君は知り合いだろお〜」絡んでくる。

「知り合いですが。アンタは俺を疑っているんだろう?」

「んまあ。そうだけど。まずは人を知ることが捜査に繋がるかなって」俺と新藤は街に出ている。放課後に捕まってしまったのだ。

「…アンタ暇なんすか?キャリアウーマンなんでしょ?」

「今は捜査に専従中。いやあ。副業に緩い会社で良かった」

「…その内クビ切られますよ?こうやってサボっていたら」

「サボっているとは失礼な!これも捜査の一環だってば」

「…ただ。高校生を捕まえて絡んでいるだけですけどね」俺は毒を吐く。

「まあまあ。こうやって、おねーさんが絡んでやってるんだ。少しは嬉しそうにしなさいよ」

「男子高校生の皆が皆、性欲に塗れていると思わんといてください」

「へ?そんなもんじゃない?私の知り合いの焼き鳥屋がそんな事言ってたんだけど」

「…その人は性欲が強い。それだけです」

「はは。確かに蔵本くらもとくんはそうだったかもなあ」


 俺と新藤は並んで街を歩くが。新藤は本当に小さい。

 俺の肩くらいの所に頭がある。

 …こんなナリで祓い屋が務まるのだろうか?


「失礼な目線を飛ばすんじゃないよ」新藤はプリプリしながら言う。

「いやあ。小さいなって」

「コンプレックスなんだけど」

「男はちっちゃい者好きです」

「…我が想い人はデカい女が好きだったよ」

「そりゃご不幸」

「まったくだね」

 

                  ◆


 日々は過ぎていき。明次の死は風化していく。

 最初の方は学校に激震が走ったが。一ヶ月もすれば皆、新しい未来へと切り替えていくものなのだ。

 だが。新藤は俺にまだまだ付きまとう。

 いい加減、相手をするのにも疲れてきた。

 最近は警察に呼び出される事も減ってきたのに。新藤だけは俺を睨み続けている。

 今日だって―


「ふじの〜ん」と帰り道。後ろから声をかけられて。

「へいへい」と俺は面倒くさがりながら返事をする。

「元気に学校生活送ってるかい?」

「明次が居なくなったお陰で。俺の学校生活は気楽なモノになった」実際。いじめの主犯格が居なくなると。いじめは止んだ。俺が願っていた通りになった。

「そういう発言は危ないなあ」新藤はそう言う。

「別に、俺が殺した訳じゃないですし」

「そりゃそうかも知れんが」

「んで?今日は何の用ですか?」

「別に。ちょいと様子を見に来ただけだよ」

「警察としての仕事は?」

「ぼちぼちやってはいるけど。最近はあまりお声がかからない」

「これで。俺に付き纏う理由はなくなったんじゃ?」

「事件絡みじゃないと絡んじゃいけんの?」

「そうでもないが…」俺は言い淀む。ここで新藤を拒絶するのは簡単だが。あまり露骨にやりすぎないようにしなくては。こんなナリでも祓い屋なのだ。

「私と君は知り合いだ…ねえねえ暇だろう?」

「…暇ではないです」嘘だ。

「うん。暇なんだね。ちっと付き合いなっせ」

「…何処に?」

「知り合いの焼き鳥屋。奢ってあげよう」

「んまあ。それなら付き合いますが」

 

                   ◆


 

 そこは若い夫婦が切り盛りする焼き鳥屋であり。

 俺と新藤はカウンターに座る。

 

こころさん、ビールと鶏皮2人前ね」新藤は嬉しそうにオーダー。

「酒むんすか?」俺は呆れる。まさか疑ってる人間の前で酒を呑むとは。

「…いいじゃんよ。今日は捜査とか抜きにして話そうや」

「…話すことなんか」俺は面倒くさくなってきている。酔っ払い予備者に絡まれているからだ。

 背の高い綺麗な女性がビールと鶏皮を出す。新藤はそれを嬉しそうに受け取る。

「…新藤。ついに年下に目覚めたの?」綺麗な女性は新藤に絡んでいる。

「そんなんじゃない…はず。一応仕事絡みで知り合った子。今日はご馳走して親睦を深めようかと」

「…このお姉さんには気をつけなさいよ」綺麗な女性は俺に釘を刺す。

「善処します」

 

 そこから新藤は完全な酒呑みモードに移行し。

 俺は鶏皮や他の焼き鳥をツマミながらそれに付き合う。

 

「いやあ。祓い屋稼業ってのも面倒くさい」彼女はビールをあおりながら言う。

「一応。長い歴史がある仕事なんでしょう?化物を祓う仕事なんて」

「まあそうだが。今の世の中怪異なんてそうそう居ないもんでね。お陰で二足の草鞋さ」

「儲からない仕事なんですか?」

「儲からないねえ。依頼が少なすぎる」

「廃業すれば良いじゃないですか?」

「そういう訳にもいかなんだ」新藤は綺麗な女性の方を見ながら言う。俺はその視線の意味が分からない。

「家を続けていかなくてはならない?」

「そ。伝統だけは長いからね。平安時代に遡る」

「そりゃ。長い歴史で」俺が産まれる前の時代。産まれてなくて良かったな、と思う。もし俺が平安の世に産まれていれば。あっという間に祓われていた事だろう。

 

「私もさあ。年頃の女だよ。男漁りとかしてえ」新藤はしみじみ言う。

「別にアンタ、ブサイクな訳じゃないんだから。すれば良いじゃないか」

「お褒め頂きどうも。でもさ、時間がない訳」

「依頼は少ないんじゃないのか?」

「少ないけど。解決に時間がかかるんだな」

「祓い屋は力でもって怪異を祓うんじゃないのか?」

「そんな脳筋プレイ、通用したのは平安まで。今は割と時間がかかる」

「…大変だ」

 

 俺は新藤を見つめてみる。

 酒を呑んでフニャフニャになってる彼女はどうにも頼りない。

 これが俺を殺しうる存在なのだろうか?

 

「そういやさあ。藤野くん。いじめられてたんだって?」

「そうですねえ」

「何でいじめられてたのさ?」

「単純にクラスで浮いていたからじゃないです?」

「君は話せば話すほど普通の子なんだけどな」

「他のヤツはそう思っていないらしい」

「君の人を見下したような態度がいけないんじゃないのかい?」

「…かも知れません」俺は永く生きてきた動物で。たかが17歳のガキ共とは違う…って態度がにじみ出ていたのかも知れない。

「もうちっと、気楽にやろうぜ?」彼女は俺を見ながら言う。

「これで永く生きてきましたから」

「たかが17年だろ?」

「されど17年」本当はその倍の倍の倍の倍以上の命なのだが。

「まったく。人生ってのはままならんね」

 

                 ◆


 俺は22時まで新藤に付き合ったが、流石に遅くなってきたので辞する事にした。

「あんま呑んだくれないで下さいよ」

「あいあ〜い」ごきげんな新藤は俺を見送る。


 俺は店を出て。

 夜道を家に向かって帰る。

 しかし。新藤はよく分からないヤツだ。

 最初は俺を疑って近づいて来たのに。今やタダの知り合いで。

 俺は彼女に気を許しつつある。


 俺は永らく生きてきた動物だが。その人生は孤独そのものだった。

 知り合ってきた人間は数えるほどしか居ない。そして知り合った人間は例外なく俺より先に死んでいく。

 その中で初めて出会った、自分の領域にいる存在が新藤。

 


 なんて思考が。危険なことには気付いている。

 俺は怪異であり。人倫から外れた存在で。

 今は命の危機にあるのだ。

 本来なら。俺は新藤に牙を剥くべきだろう。先制して殺すべきだろう。

 今日なんて。酒を呑んで酔っ払ってるんだ。

 殺すのにうってつけじゃないか。

 …でも。俺は新藤をが出てきていて。

 殺すという思考が遠くに消えていくのを感じる。

 

                 ◆

 

 事件から3ヶ月が経つ。

 俺は相変わらず逮捕されていない。最近は学校に警察が来る事もなくなった。

 だが。相変わらず新藤に付き纏われている。

 俺はそれを鬱陶しいと感じつつも喜んでいる…

 不思議な気分だ。俺を追い詰めうる女とこんなに仲良くなってしまうとは。

 俺と新藤は放課後によく遭う。新藤は本来の仕事上がりに俺を目ざとく発見する。

 アイツ。捜査のスキルはないとか言いながらも、俺を執拗にマークし続けている。

 

「ふじや〜ん」なんて声が頭の後ろから。

「へいへい」と応えるのが習慣になっており。

「元気してるかい?」

「ぼちぼち。最近は進路の悩みがありますな」

「おーおー高2だもんな」

「…新藤は大学出てるんだよな?」

「一応ね。ここらの国立大学だけど」

「福岡で国立って言ったら」

「うん。あそこ」…新藤は見かけによらず頭が良いらしい。

「信じられん」俺は言う。普段の新藤はアホそのものだからだ。

「学校教育なんて、やることやってりゃ余裕だって」

「…俺はそれができんのだが」

「なんなら家庭教師しちゃろうか?」

「カネ取る気だろ」

「当たり前だろうが。人様の頭借りようってんだから」

「遠慮しとく。自力でなんとかするさ」

「ん。まあ、適当に頑張んな」


 俺と新藤は連れ立って歩いて。

 四方山よもやま話をしながら時を過ごす。

 その後で焼き鳥屋にち込まれるのがパターンだ。

 俺は酒に酔う新藤を見慣れてきている。

 …殺そうと思えば。何時でも彼女を殺せる。

 だが。俺の好奇心がそれを押し止める。

 彼女をと願っているのだ。

 もしかして。これは恋心というヤツなのだろうか?

 俺は困惑する。今まで生きてきて。初めて恋をするのだ。

 しかも相手は敵であり。本来ならそんな事にうつつを抜かしている場合じゃないのだが。


「ふじやん?」隣で酒を呑む新藤が言う。

「…ああ。なんだっけ?」俺は新藤を見つめながら放心していた。

「だからあ。私が男にモテるためにはどうすれば良いかって話」

「…今の性格がダメだな」俺は偉そうに批評する。

「性格かよ。直しようがないっつうの」

「諦めろ」

「あのねえ。今のご時世になろうが女性は結婚しにゃ立場ない訳」

「…古い考え方だ」

「どっこい。。残ってるってことは根強いって事さ」

「アンタなら。一人でも生きていけそうだ」

「こころ〜ん。ふじやんがいじめるぅ」新藤は女将さんに絡んでいる。

「…17歳に絡む30代なんて犯罪スレスレよ?」女将さんは呆れながら言う。

「しゃあねえじゃん。会社の連中は出世に必死で絡んでくれないんだから」

「…アンタも出世目指せよ」俺は突っ込む。

「面倒くせえ。どうせ私は副業してるし。あんま出世とは縁がない」

「仕事にも恋にも生きれない女は悲惨だ」俺は言ってしまう。

「…泣けてくるぜ」新藤は凹んでいた。

 

                  ◆


 俺と新藤の日々は続いていくように思われた。

 俺は高3になっており。にわかに忙しくなった。

 それでも新藤は絡んでくるが―今日はなんだか雰囲気が変だ。


「藤野くん」珍しく俺をキチンと呼ぶ新藤。

「どうかしたか?」俺は受験対策の講義を受けた帰りだ。

「大事な話がある」

「…大事な話って?」

「ま。いつもの所に行こうや」

「…あまり長くは付き合えない」

 

 俺と新藤はいつもの焼き鳥屋に入るが。

 珍しく客が俺達しか居ない。

 

「いつも繁盛してるのに珍しい」俺は零す。

「主人に頼んで貸し切りにしてもらったからね」

「…何か訳ありだな」

「藤野くん」今日ばかりは酒を頼まない新藤は俺に向き合う。テーブルを挟んで。

「どうかしたかよ?酒は?」俺は警戒を強める。

「…今日はナシだ」

「おいおいおい。飲兵衛のアンタが呑まないなんて。明日は槍でも振るんじゃねえか?」

「私はね、クソ真面目な時は呑まない方針でね」

「…クソ真面目な話聞かせろよ」

 

「藤野くん…。そうだろ?」新藤は言い。

 

「根拠もなしに俺を犯人呼ばわりか?」

「根拠なら―あるさ。私が度々君をこの店に連れてきていたのにも理由はある」

「…男子高生に痛い絡み方する30代じゃなかったんだな」

「まさか…心さん?」新藤は女将さんを呼び。

 俺達のテーブルの前に綺麗で背の高い女将さんが現れる。

「女将さん?なんの用です?」俺は尋ねる。

「…私のって事で良いと思うわよ、新藤。感知するのに時間がかかったけど」

「あーあ。これで確定だ」新藤は言う。心底残念そうに。

「何で確定なんだよ、意味が分からん」

「心さん。言ったろ。と」

「…おい。まさか」

「初めまして。私もかつては心臓を抜いていたわよ」女将さんは俺を見ながら言う。

「かつては。ねえ」

「今は…」

「そいつはご苦労なこって」俺は言う。

「藤野くん…残念だけど。最近人を殺した君を私は看過かんかできそうにない…」

「…お前。もしかして」俺は嫌な予感がする。

えて泳がせていた。鹿訳さ、私も」

「ちぃっ」俺は立ち上がり、焼き鳥屋の出口を目指すが。

「ま。焼き鳥食って行けよ青年」親父さんだ。普段は焼き場に引っ込んでいるので、あまり面識はない。

「邪魔だてするなら―殺す」俺はそう言ってしまう。正体が割れた時点で俺の出来る事は少ない。新藤にほだされて時間稼ぎされてしまったのだ。ああ。最初っから関わらなければ良かったのに…

「やってみやがれ。ハート・スナッチャー。僕はお前に殺される位なら。心臓食べたての同胞を相手にして無事でいれると思うか?」

「…」俺は大人しく席に戻る、まったく。のだ。ここ半年以上。情けない。そしてそれを引き起こしてしまったのは俺の心境の変化だ。新藤に絆されて。。選りに選って一番厄介な相手と。

 

                  ◆

 

「さてさて。どうしてくれようか」新藤は言う。鶏皮を貪りながら。

「どうしようもこうしようも。俺は心臓を抜く化物なんだぜ?祓うしかねえだろ」

「…そうなんだよな。もったいない話だが」

「もったいない…ねえ。俺は人倫から抜けた存在だぞ?」

「とは言え。話してみればありふれた高校生でしかない…」

「舐められたもんだな」

「そいつはね。私、祓い屋ですから。化物の相手も慣れている」

「俺は…」言い淀む。ああ、逃げることが叶わないなら。いっそ戦って果ててやろうかと思うが。

「君は見事に私に絆されているみたいだね」

「…侮って。近づいて。関係を結んだのが間違いだった」

「君も化物の割には感情が人間臭い」

「元は人間だ…ま、何百年も前の話だが」

「平安産まれ?」

「いいや戦国の世だ」

「んじゃ。心さんの後輩だ」

「女将さんは―永い時を生きてきたんだな」

「そして。そこの大将に出会って。ハート・スナッチャーを辞めたんだよ」

「…恵まれてんな」

「安い同情なんてされない方がマシだ」

「…まともな人間に出会っていれば。心も変わったかも知れないのに」新藤は残念そうに言ってくる。それが俺の感情を逆撫でする。

「…俺はお前に出会わなければ。ハート・スナッチャーとして命を全うできたのに」

「悪いことをしたね。残念ながら私は祓い屋で。君の敵だ」

「…ああ。まったく。自分の愚かさが嫌になる」

「愚かでもないさ。ただ。巡り合わせが悪かっただけ」

「止めろよ。今から俺を祓うんだろう?」

「抵抗したら。君を祓って還すつもりだったが。君は今のとこ大人しい」

「…同胞相手に頑張るガッツはもうねえよ」俺は零す。新藤に絆される前なら。躊躇ちゅうちょなくココにいる全員を殺す事もできたのだろうが。

 今は

 それだけ。俺は新藤に入れ込んでしまっている。

 孤独を愛したはずのハート・スナッチャーなのに。

 

「君には選択肢を与える」新藤は言う。

「…自首しろと?」

「そうだ。人として罪を償うか。はたまたハート・スナッチャーとして祓われるか。選ぶと良い。今まで騙してきた償いだ」新藤はシリアスな顔で言う。似合わない。コイツは酒を呑んでヘラヘラしているべき女だ。

「俺は…」

 

                  ◆

 

 その後の事は書かなくても想像できるだろう?

 俺は明次小太郎の殺害を自供した。

 俺はハート・スナッチャーであり続けることを拒否した。

 それもこれも全て新藤のせいである。

 俺は新藤と絆を結んだ事で。絆されてしまった。

 

 だが。俺には直近に犯した罪があり。それは償わなければならない。

 

 俺は裁判を受け。

 無期懲役を宣告された。これで。俺は一生ろうから出ることはないだろう。

 だが。ヒトとして死ぬことは出来るだろう。

 心臓を食べない限りは。

 

 俺はこの選択を後悔しているか?

 少しは後悔しているが。

 仕方ない。ヒトに戻る代償だと考えれば。安いモノなのかも知れない。

 新藤とは手紙のやり取りをしている。

 騙してしまった償いの一環らしい。

 だが。俺は新藤と再びまみえる事はないだろう。

 どうせ。一生の刑期をここで過ごすのだから。

 だが。俺には思い出があり。

 それを抱えながら牢で過ごす。

 独りで生きてきたハート・スナッチャーの頃に比べれば。かなりマシになったと思う。

 

 …そうなのだ。俺はハート・スナッチャーとして永久を生きながらも。

 人を欲してしまったのだ。

 そこに現れたるは新藤で。

 こうなってしまったのは運命としか言いようがない。

 

                   ◆

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『人を望んでしまったのなら。人に還れ』 小田舵木 @odakajiki

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