第15話 錬金術師狩り

 カイルの一刀で、弛緩しきったギルドの空気が張り詰める。

 今の会話を聴いていた冒険者たちは皆一様に武器を構え、確かな敵意を持って、ぼくのことを睨みつけている。


 針のむしろ、とはまさにこのことだった。


「……エル、動かないでね」


「で、ですが!?」


「大丈夫、ぼくは死なないから」


「……っ!」


 エルはしばらく葛藤していたようだったけれど、ともかく今すぐ飛び掛かっていく様子はない。

 聞き分けのいい弟子で助かるよ。

 ……さて、問題はこっちだ。


「ぼくは何か気に障るようなことでも言ったのかな、カイル」


「気安く名前で呼ぶな、大罪人!」


「……」


 ……カイルのこの反応。

 ああ、これはやらかしてしまったな……。

 俗世から離れすぎてボケたか? それとも酒の席で気が緩んだ?

 なんにせよ自分の不用心さに頭を抱える。


「ちゃんとした自己紹介がまだだったな? 俺はB級冒険者カイル・リンガロード、ここのギルドの長だ。そして――」


 いやでも、それにしたってさあ……、

 

「先帝マルクリド四世を惑わし、乱心せしめた偽りの錬金術師・カドルニケス! ヤツのせいで我らがガイアール帝国は大きく揺らいだ! 以降錬金術師を騙る行為は大罪! 見つけ次第即刻首を刎ねよとのお触れだ!」


「はぁ……やっぱり」


 ――錬金術師が滅びた今となっても、まさか300年前の「錬金術師狩りのお触れ」が生きているなんて。

 どうやらこの国の人たちはよっぽど錬金術師を憎んでいるらしい。


「……罰せられるのはニセの錬金術師だよね? ぼくが本物の錬金術師であるって可能性は?」


「確かめるにはいい方法があるぜ」


「どんな?」


「本物の錬金術師ってのは殺しても死なねえらしい、一回殺してみりゃ分かる」


「……」


 いや、ぼくは別にその方法でもいいんだけどさ。

 ただしそれをやった場合……。


「……毛の一本でもペルナート様に触れてみなさい、全員まとめて坩堝にぶち込んで第一質料プリマ・マテリアになるまで煮込んであげます」


 ――隣にいるおっかないゴーレムが君たちのことを皆殺しにしちゃうんだよ!


「待ってよカイル、ぼくは本物の錬金術師だ、今からそれを証明するから……」


「問答無用! 死んでもらうぞ!」


 説得むなしく、剣を抜いた屈強な冒険者たちが一斉に襲い掛かってくる!


「かかってきなさい、下郎ども……」


 エルもすっかり臨戦態勢だ!


「あああっ……なんでこんなことに……!」


 ぼくは何度か殺されたって蘇ることができるけど、この身に危害が及べばさすがのエルも反撃してしまう! そうなったら結果は火を見るよりも明らかだ!

 ぼくのバカ! せっかく友達になれたと思ったのに――。


 ――そんな時だった。


 カンカンカンカンッ!!


「っ!?」


 けたたましい鐘の音が町中に鳴り響き、冒険者たちが一斉に動きを止めた。


「こ、この音は……!?」

「警報っ! 警報だーーっ!」

「こんな夜中に!?」


 鐘の音を聞いた途端、一転して冒険者たちは大騒ぎである。

 なんだか分からないけれど、これは……、


「ペルナート様! 今です! 逃げますよ!」


「で、でも冒険者登録がっ! 友達が! 酒も……」


「全部諦めてくださいっ!! 誰も傷つけたくないとおっしゃるのならこの混乱に乗じて逃げるほかありませんって!」


 ううっ! エルにしてはぐうの音も出ないほどの正論!

 しかし……ああ! 勿体ないなぁ……!


 後ろ髪を引かれる思いで、エルとともに冒険者ギルドの出入り口に向かって走り出したところ……。


 ピカッ、と。

 一瞬、外の暗闇が光に塗りつぶされ、その刹那――、


「へっ?」


 ――ドガアアアアアッ!!

 まるで空を裂くような音がして、世界そのものが揺らいだ。

 このあまりの爆音には、ぼくとエルですら足を止めてしまう。


「なっ……!」

「なんだ、今の音は……!?」

「――ああっ!?」


 誰かが指をさす。

 冒険者ギルドの壁が、音を立てて崩れ落ちるところだった。

 ……そして崩れた壁の向こうには、衝撃的な光景が広がっていた。


「嘘だろ……?」

「町が……」

「俺たちの町が!」


 ミユーの町が、燃えている。

 色鮮やかな家々が、炎を噴き上げながら夜の海を照らしている。

 人々の泣き叫ぶ声が黒煙に乗って空へのぼっていく。

 そしてそんな地獄のような光景を背に、一匹の鹿がこちらを見下ろしていた。


「あいつはっ……!?」


 カイルはその生物を見上げて、言葉を失っていた。

 おおきな鹿だった。

 ここから遥か遠い地には、かつてキリンとよばれる動物がいたらしいが、聞いた話の通りならちょうどあれぐらいの大きさだろう。

 しかしそれは、まごうことなき鹿だった。


 しなやかかつ強靭な脚と、力強いひづめ、そして枝分かれした大きな角。

 あえて通常の鹿と違うところをあげるとするなら、角に描かれた神秘的な光る紋様……だろうか。


『……』


 異様なる鹿は、翡翠色の瞳でこちらを睥睨する。

 すると、一度笛の音のようにぴぃっと甲高く鳴き、


『愚かな人の子らよ、その命散らす前に僅かばかりの慈悲をあげましょう』


「喋っ……!?」


 いや……違う、あれは魔術の一種だ。

 俗に言うテレパシー、実際に声帯を震わせて発声しているわけではない。


『我があるじの仇、の住処を知っていますか? 答えれば、ひと息に喉笛を噛みちぎってあげます』


「し……」

「白髪の、女?」


 冒険者たちの視線が一斉にこちらへ――正確にはエルの下へ集中した。


「……わたくしですか?」


 白髪の女、確かにこの場で該当するのはエルしかいない。

 しかし……、


『ふむ、似ていますが違う、その女は幼すぎる』


 違ったらしい、いや、それも当然か。

 エルはつい昨日目覚めたばかりだ、誰かの恨みを買う暇なんてなかった。

 しかしさっきの質問、確かあの猪も同じことを言っていたような……?


『では質問を変えましょう、我が同胞の猪を知りませんか? 確か人間どもからはゴア・ボアと呼ばれていたはずですが』


 ああ、なんだやっぱり関係者か。

 そう思った矢先、カイルが颯爽と前に出て鹿の前に立ちはだかる。


「テメエあの猪の仲間か! だったら残念だったな! クソ猪ならおっ死んだぜ! エトナが昼間ギルドへ報告にきた!」


 エトナ!

 聞き覚えのある名前に、ぼくも反応する。


『おっ死んだ? ほおう、あの若猪が敗れたのですか?』


「ああそうだ!」


『ふうむ、末席とはいえ山の賢人の一角が……人間も意外と侮れませんね』


「お前もこれからそうなるんだよ! エンシェント・スタッグ!」


『……おや』


 エンシェント・スタッグ。

 カイルが口にしたその名に、冒険者たちは一斉にざわめいた。


「え、エンシェント・スタッグってあの……?」

「二十年も前に突然現れて港を火の海にしたっていう、あの魔物か!?」

「町の冒険者の半分が殺されたって聞いたぞ!?」


『驚きました、私のことを知っているのですね』


「忘れたことはねえよ、親父の仇だ……!」


 カイルの顔が憤怒に歪む。

 そのさまは、まさしく『鬼面のカイル』であった。


『ははあ、なるほど、あの時手向かってきた冒険者たちの中にあなたの親が……因果ですねえ』


「黙れ鹿野郎! ここで会ったが百年目! 俺はB級冒険者カイル・リンガロード! エトナに並ぶミユーの町最強の戦士だ! その首をもいで壁に飾ってやる!」


「……そ、そうだ!」

「のこのこ出てきやがって! ここがどこだか知ってんのか!?」

「オレたちゃ魔物退治のエキスパートだぜ!」


 カイルの啖呵に、一度は気勢を削がれた冒険者たちが吹きあがる。

 しかし翡翠色の目をした鹿の魔物は、さして気にした様子もなくふすんと鼻を鳴らして。


『私としては別に弔い合戦など興味はないのですが……しかし、まあ』


 ピシャン! ピシャン!

 二度鞭で打つような音がして、鹿の角に雷が落ちる。

 するとどうだ、大きく枝分かれした角が雷撃を帯びて、発光しだしたではないか。

 この威容には、冒険者たちも思わず気圧される。


 ……遥か東の地で鹿は神の遣いとされていると聞いた。

 そして雷は「神鳴り」。

 なるほどあの鹿、雷を操るのか――。


『手ぶらで帰ってもあるじ様に怒られるので、とりあえずこの町の冒険者どもは皆殺しといきましょう。――あらためて私はエンシェント・スタッグ。山の賢人の一人、愚かな人の子らへ鉄槌を下す者です』


「……っ! バケモノが……!」

 

 ……さて、そろそろ蚊帳の外も飽きてきた。


「カイル、あの鹿は強いのかい?」


「強いどころじゃねえ! あれに比べりゃゴア・ボアなんて可愛いもん……ってテメエ!? まだいたのか!?」


「手伝おうか?」


「自分の立場分かってんのか!? あいつを倒したら次はお前なんだぞ!?」


「いや、それはいいんだけど……」


 問題は、君たちが……。


「ウッ……!?」


 怒りで真っ赤に染まったカイルの顔面が、さーっと青ざめる。


「?」

「お、おい」

「どうしたカイル……?」


 心配する冒険者たちの注目を集めながら、カイルは膝からその場に崩れ落ちて……ああほら、言わんこっちゃない。

 深酒したあとにそんな興奮するから……。


「ゲロゲロゲロゲローっ……!」


 ぼくとエルは咄嗟に、自らの目を手で覆った。

 しかも……、


「ウッ!」

「や、やばい、俺も……」

「オエエエーーっ……!」


 カイルのソレを皮切りに周りの冒険者たちがもらいゲロをしてしまったため、音声だけでも地獄だった。


『……何をやっているのですか』


 さすがのエンシェント・スタッグも呆れ気味。

 ……戦えるのは、どうもぼくとエルだけらしい。



※※※※


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人類最後の錬金術師さん、魔術の世界で無双する(最強可愛いゴーレム付き) 猿渡かざみ @sawatari_kazami

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