つじげん先生さんじゅうごさいの夜

 ライブは大盛り上がりの大盛況で、しっぽり23時を回るまで盛り上がった。高校生バンドによる人気曲のコピーから、大御所バンドのスピードメタルに至るまで、総勢5組が出演する熱い夜だった。

 中でも、ソーハたちが推していたバンド。そのギタリストであるつじげん先生――つまりソーハの学校の先生――のギタープレイは、観客を感動と興奮の渦に巻き込んでいた。渦というのは例え話ではなく、実際に起きたサークルモッシュの話。


「だ、大丈夫だったか? ソーハさん」

「はい。とっても楽しかったですね。まだ耳がキーンってします」

「ソーハさんがああいうところで楽しめるタイプだとは、知らなかったよ。俺なんか後方で巻き込まれないようにするのが精いっぱいだった」

「えへへへ。ボクが行くと、みんな持ち上げてくれるんですよね。クラウドサーフって言うらしいですよ」

 会場では離れ離れだったぶん、終わってから感想をゆっくり話す二人。こういう時間も含めて、ライブの楽しみなのかもしれない。

 なお、

「変なところ触られたりしなかったか?」

「え? 何がです?」

「いや……何でもない」

 ノボルの心配は相変わらず的外れで、しかし好きな女の子を気遣うときのそれだった。


「あ、つじげん先生から連絡ですね」

「おお、あのバンドの先生か。何だって?」

「えっと……『どうしよう。バンドやめちゃった』ですって」

「え?」

「あ……」

 それは、悲しい告白だった。



 ライブハウスから距離0.00キロメートル。標高差およそ10メートルの場所。つまり同じビルの地下1階から移動して地上2階の場所。そこにラーメン屋がある。

「――ってことでさ。オレが悪いみたいな言われ方して、メンバー全員から捨てられてっ。ひっく。うええん……地鶏醤油らーめん野菜多めで」

「それは大変でしたね。元気出してください、つじげん先生……背油たっぷりとんこつらーめんバリカタで」

「俺、ライブ初めてだったけど、楽しかったです。今後も応援してます……ピリ辛味噌らーめん大盛で。あと大辛で」

「大辛は出来ません」

「あ、そうなの?」

「そちらのコーナーに七味唐辛子が置いてありますので、適宜お使いください。常識の範囲内で」

「いろいろ世知辛い世の中だもんな」

 と、もうすでに泣き出しそうなつじげん先生を、ふたりで真剣に慰める。

(どうせラーメン食ったら元気になるだろ)

(きっとラーメン食べたら元気になりますね)

 という打算込みで。

「つーか、ソーハさんよ」

「はい。どうしましたノボルさん」

「声が大きいって……でさ。この少年っぽい人は、本当に先生なの?」

「はい。ボクらの学校の先生です。間違いありません」

「つっても、なぁ……」


 ソーハを疑うわけではないが、見れば見るほど子供にしか見えないつじげん先生。

(うーむ……)

 ステージ衣装のまま、着替える時間もなく飛び出して来たらしい。

 上に羽織っていたロングコートを脱いだ彼は、半袖の黒いカッターシャツにオレンジ色のネクタイ。そして何かがはみ出さないかと不安になる丈のレザーショートパンツと、ソックガターで留めたニーハイソックス。ショートブーツの組み合わせだ。

 ソーハにも同じことが言えるが、いろいろきわどい恰好である。そして平凡な町中に似つかわしくない、少しファンタジックな姿でもあった。

「すいません。ビールひとつ」

 と、ノボルは思い付きで行動してみる。

「あ、いいなー。オレも飲みたい」

「先生も、どうぞ」

「そうだな。おい店員。オレにもビール!」

 口が悪いのはステージの上だけでなく、いつものことらしい。しかしその活舌の悪い喋り方と、変声期を迎える前の少年のような声質のせいで、なんの角も立たない。

「すみません。お子様にアルコールは出せないんです」

「んだと店員こらぁ。こっちは35歳だぞ」

「年齢確認できるものなどは?」

「ちっ。仕方ねーな。ほら、目ぇかっぽじってしかと見な」

「目をほじったら見えません。あ、免許証ですね。原付の……」

「あんだぁ!? 原付しか持ってなくて何が悪いんだよ」

「失礼しました。あの……これはご本人様で?」

「ほれ」

 つじげん先生が眼鏡をかけると、店員はようやく納得して注文を聞いてくれた。

 それを横目で見ていたノボルは、

(うっわ。マジで大人だったわ。つーか昭和生まれかよ)

 ようやく彼が成人していることを信じた。本当に、それくらい小学生にしか見えなかったのだ。

 まあ、未だにソーハを女だと思っているノボルの目なんか、何の信用もないが。



「――ってことでさぁ。オレはただ、昔の同級生と楽しくバンドが出来れば、それでよかったんだ。上を目指すとか、世界を変えてやるとか、そんな夢みたいなこと言う歳でもねえだろ?」

「まあ、分かるような気がする……します」

「分かってくれるか。ノボル……って言ったっけ? オレには敬語じゃなくていいぞ。別に生徒でもないんだし」

「そ、そうだな。そうさせてもらう」

 傷心のつじげん先生は、ビールが入るとさらに激しく泣きだした。鼻水をかんだティシューはもう山積みである。これをどこに置いていくのかに寄って、明日のSNSあたりで炎上させられそうだ。

「あの、つじげん先生。何のなぐさめにもならないかもしれませんが、気分転換に山でも行きませんか?」

 そう提案したのは、ソーハだった。

「ソーハ。お前、オレの悩みを何だと思ってんだよ」

「分かりません。解決しないかもしれませんが、少なくとも今は泣く時でも、落ち込む時でもないと思います」

「じゃあ何だよ?」


「とんこつらーめんのお客様?」

「はい。ボクです。そしてつじげん先生。今は伸びないうちに食べる時です」

「そんな簡単な話で――」

「地鶏醤油らーめんのお客様」

「――済ませられないけど今はそれどころじゃねえよな。割り箸とってくれ」

「いや、いいのかよ!?」

「ピリ辛味噌らーめんのお客様」

「いいのかもしれんな。すまん。俺が間違ってた」

 ラーメン。それは全ての問題を解決ないし先送りにする切り札。泣く子も黙るし泣いている先生も静かになる魔法。

「ところでソーハ。その『山に行く』っていうのは?」

「あ、ノボルさんと出会ってから、僕の趣味なんです。山登り」

「せっかくだし、つじげん先生も一緒にいくか? 俺は歓迎する」

「うーん……じゃあ、行こうかな」

 この決定が、今この場所にいないキタローにとって大きな問題となるのだが、それはまた次回。

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ノボルのソーハ 古城ろっく@感想大感謝祭!! @huruki-rock

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