少年と少女がつきあうまでの話

シンカー・ワン

仁藤かな恵と相馬孝輔

 どこかの街、どこかの中学校、放課後。

 二月十四日。この日につきもののイベントもあらかた片付き人影も疎らな教室、クラスプレートは二年三組。

 帰り支度中の少年。教室の中にいるよりもグラウンドを駆け回っているのが似合う、そんな快活な印象がある。

 教室に残った最後のふたり、少年と少し離れた席の少女。こちらは既に帰り支度を終えていた。

 肩までそろえた髪にメタルフレームのメガネ、よく見れば可愛らしい顔立ちをしているのだが、受ける印象は地味の一言。

 席を立った少女、なぜか出入り口には向かわず少年の方に。

 少女の接近に気づいた少年がそちらに体を向けると、少女は鞄の中から何かを取り出し、

「ハイ。これ、あげる」

 差し出されたのは少女の雰囲気に合うような、控えめにラッピングされた小さな包み。

 意外という表情を浮かべながら、包みを受け取る少年。

 包みの中からほのかに漂う匂いで、中身はチョコレートと知れた。

 予想外だったのだろう、贈り物に少し照れた顔をする少年。対して少女の表情は硬い。

「……あ、ありがと。やっぱ貰えるとうれしいねぇ、義」

「義理じゃないから」

 少年からの感謝の言葉を遮る様に言い放つ少女。

 抑揚は無いがその言葉には強い力があった。

「――へっ?」

 その言葉の意味するところを読み取れない、間の抜けた顔の少年へ、感情を込めないままの口調で噛み含めるようにもう一度。

「……義理、なんかじゃないから。――じゃあね」

 別れの言葉を放ち、そのまま踵を返し教室から出て行く少女。

「――て、おっ、おい」

 追いかけようとしたがなぜか足は動かない。

 少女の真意がわからず、少年は手の中にある包みをただ見つめた。


 ひと月後の三月十四日。

 再び、どこかの街のどこかの中学校。

 放課後、人影疎らな教室、帰り仕度を終える少女。

 一瞬向けた視線の先には空の机、ため息ひとつ。

 残っていたクラスメイトに「また明日」と声をかけてから教室を去る少女。

 靴を履き替え校門を抜け帰途に着く。どことなくうなだれた感じ。

 傾きかけた陽が少女の歩みを力ないものに見せる。

 いつもの通学路をたどり、あと少しで自宅に着く、そんな時背後から誰かが駆けてくる足音と荒い息遣いが聞こえた。

「――っ、仁藤にとう

 不意に後ろから姓を呼ばれ、振り返る少女。

 そこには先に学校を去ったはずの少年の姿があった。

相馬そうまくん……」

 呼び止めた少年は荒い呼吸を整えながら少女から視線を外し、片手を後ろに回した不自然な姿勢で落ち着き無くその場に立っている。

「相馬くん……何か用?」

 少年を見詰めたまま問う少女、詰問の口調は硬い。

 視線をそらしたまま、少年の答えは無い。

「……用が無いなら、私帰るから」

 しばしの沈黙の後、そう言って少女が踵を返そうとした時、少年が後ろへまわしていた腕を突き出した。

 その手のひらには小さな包み。少女の瞳が驚きで大きく開く。

「……先月の、お、お返し、だ」

「……」

 視線を外したまま、耳まで赤くしながら少年がまくし立てる。

「お、お前が義理じゃないなんて言うから、焦ったんだぞこっちは! そ、それなのに次の日にゃ何にも無かったって態度してるしよ、からかわれてると思った。……けど、お前、そーゆー奴じゃないし……。だから! その、なんだ、……お前がそのつもりなんなら、俺もマジメに答えなきゃって思って……それで、その……義理じゃないぞ!」

 大告白。

 少女の手が恐る恐ると伸び、少年の手から包みを受け取る。

 手に取った包みを、とても、とても大切そうに胸元に抱く。

「……ありがとう……」

 今にも泣きだしそうな、それでいて嬉しそうな笑顔で応える少女。

 その表情にドギマギしながら明後日の方向を向き、困ったような照れ笑いで返す少年。

 場に流れる気恥ずかしい雰囲気をどうにかするかのように声をかける。

「あ〜。その、え〜と……送ってく」

「……うん」

 微妙な距離をとりつつも並んで歩くふたり。

 傾きかけた陽射しが、気を利かせたかのようにふたつの影を重ねていった。

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