胎動

 きっと、彼は初めから知っていた。


「シルヴァ、かなり奥まで来たがこっちで合っているのか?」


「ああ、最初の犠牲者はこの付近で見つかっている」


 先を歩くシルヴァの背中にオロチが注ぐのは、懐疑と失望の視線。


 一度目の襲撃は、彼女と森を訪れた時、見計らっていたかのように起こった。溢れる殺意は一点に彼を見据えており、オロチが狙われているのは明白だった。

 二度目の襲撃は、宿屋で起こった。

 彼がその宿、その部屋にいることを確信していた計画的な動きは、仕組まれたものだった。

 そして三度目。それはもうすぐ起こる。


 周囲に満ちた魔獣ビーストの気配。

 それは彼だからこそ感知できる半ば反則気味の些細なものだ。だが確実にここに誘い込まれたことを表していた。


「シルヴァ」


「ん?」


「どうしてオレを殺そうとする?」


「……は?」


 動き始める。

 潜伏している魔獣ビーストたちは鎌首をもたげ始め、深い森が光を隠す。


「何の話だ?」


「オレが魔獣ビーストだからか?」


「な、なにを……」


「オレは人の形をしている。意思疎通もできる。お前たちを害する意思もない。なのになぜ、殺そうとする? 信念は? 理由は?」


 シルヴァはオロチに背を向けたまま、動揺した様子を見せる。

 着々と動き始める魔獣ビーストたちは……——


「——理由はありません。依頼だから。それだけです」


 別人のように口調を変えたシルヴァが、瞬間、超速の抜刀を放つとともに飛び出した。




「——残念だ」




 【界臨・解錠スケールアップ



 人は騙す。侵す。殺す。奪う。嗤う。

 知っていた。そう嘆く世界によって生み出されたのが、彼なのだから。


 期待していた。友情を信じていた。優しさを愛していた。人に憧れていた。


 ただ、それを裏切るのが、人間だというだけの話だ。

 躊躇いはない。未練もない。


 初めての裏切りは、彼の失望を煽るには充分だった。


「——っ」


 吹き荒れる黒い魔力マナの奔流は、彼が魔獣ビーストの道に足を向け始めた証だ。

 英雄譚の登場人物のような清く正しく誠実な人間と出会えていたなら、彼はまた別の可能性があったというのに。


 魔力マナは無数の魔獣ビーストを飲み込み、喰らう。

 地を這って森を蹂躙し、生物の痕跡を尽く消し飛ばす。


「ただ、オレの存在が邪魔だと。世界の平和に必要ないと……そう言ってくれたなら、オレは喜んで死を受け入れただろうに」


 彼は世界を愛している。そういう生物だからだ。

 だが人間は自己愛の化身だ。騙すことでしか優位を築けず、殺すことでしか淘汰できない。


 決して相容れることのない生き物なのだ。


「あっ――――」


 するり。

 オロチの大太刀が、シルヴァの胴を別つ。

 夥しい返り血がオロチを濡らすが、彼はぼうっと立ち尽くして出来上がった死体を見下ろすだけだ。


 十ある楔のたった一つ目。それが放たれただけで、赤頭巾レッドキャップはあえなく絶命した。


「爺さん……希望を持たせてオレを育てたのはなぜだ。こうなることは、あんたならばわかっていたはずだ」


 当然、森の中でその答えは聞こえない。

 あれほどまでに輝いていた人間の世界は、一度の裏切りでこうも色を変えるのか。




 胎動はすでに始まった。


 誰の思惑か、彼はすでに蠢動の真っただ中にいる。

 滅亡の足音が、帝都の空に鳴り響いた。




――――――――――――――



このあとめちゃくちゃ滅亡した。

書きたいことかけたのでここで終わらせます。


無害だけど嫌いな虫を殺すことってありますけど、理由って特にないよね、みたいな。

嫌いだから殺すけど、特段なにかされたわけでもないし。

力があるとこういうわがままが罷り通るのってなかなか理不尽ですよね。

でも多分虫と話し合えても人間は虫を殺します。邪魔だから、見た目が気持ち悪いから。

 オロチはそんな彼らを信じていたけど、結局裏切られました。

 それもこれも、爺さんが仕組んだことなんですけどね。

 人間が滅亡する時の原因は積み重なった内輪もめだろうと信じている作者の、人間ヘイトを詰め込んだ落書きが本作でした。



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十三番目の星喰い Sty @sty72

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