悪意の証明

「星喰い……っ」


 瞠目するアリサは顔色を可哀そうなほど真っ青に染め、唇と喉を震わせている。

 キメ顔でその名を宣言した男——ケイロスは、そんなアリサに構うことなく枢機卿アンベルの顔を覗きこんだ。


「さて、アンベル。お前らが聞きたがってた真相ってのがこれだ。当然約束は守ってもらう。他言無用だ」


「……わざと、教えませんでしたね。この約束を取り付けるために」


「自分の行動に自信持てよ。お前が知りたがって、お前が俺と約束して、俺が教えた。ただそれだけのことだ。こんなことになるなんて、とてもとても」


 口ぶりは人をバカにしているそれだ。この男は確実にこの状況を意図して作り出した節がある。アンベルは好奇心に負けまんまとこの男の口車に乗せられたのだ。


「だけどよ……俺も、なにも人類に滅んで欲しいわけじゃねえ。きちんと真っ当な人間になるように育てたんだ……思った以上に情も湧いちまってる。——でも、フェアじゃねえのも確かなんだ」


「フェア……とは?」


「ついでだ、これも教えてやる。星喰いってのは、この星の『』だ。魔獣ビーストが増えすぎて人類が衰退した時に『救世主ステラ』が現れたように……人類が増えすぎて生まれたのが『星喰い』なんだよ」


 アンベルは愕然と言葉を失い、食い入るように話に聞き入る。


「要は、『ステラ=星喰い』だ。あれらは個としては違っても、同じ目的を持って生まれた同機構の生物なんだよ」


「ふっ、ふざけないでくださいッ! そんなわけッ――――」


 星聖教の敬虔な信徒であるアリサはそこで声を荒げた。

 そしてその声は、ケイロスの人睨みで黙殺される。


「黙って聞いてろ。どうせ否定のしようもない事実だ。信じる信じないじゃなく、なんだよ」


「……っ」


「あいつに人を学ばせる理由は……人間がこの星にとって必要かを『裁定』させるためだ。あいつが人に希望を持てば持つほど、その存在は救世主に近づき、失望すれば滅亡へと近づく。それを聞いた時、俺は人類が遠くないうちに十三度目の危機に瀕することを悟ったよ。アンベル……お前はどう思う?」


 質問への返答はない。アンベルが選択したのは沈黙だ。

 アンベルが答えるまでもない。

 増えすぎた、争い過ぎた、騙し過ぎた、壊しすぎた。

 この星が人間を良しとしないことは、わかり切っていた。


「だから俺は――最後の予防線を張った」


「と、言うと」


「暗殺者ギルド……そう自称する未認可の集団に依頼を出したのさ。あいつを――オロチを殺せと」


「なっ!?」


 ちぐはぐだ。彼の言動は一から十まで、意味不明だ。

 育て、守った青年を、自分自身で殺害しようなどと。


「当然オロチの正体は伏せたけどな」


「一体……なにを……」


「多額の成功報酬の約束と前金。そして――殺害方法までもをな」


「殺害方法……?」


「ああ、確実に殺せる方法を教えた。だけど……どうだろうな。人間は軽々人を信じる生き物じゃない。特に暗殺者なんて人種が俺が教えた方法を使うわけがない……人を信じやすいのもダメだが、疑い深いのも考え物だな」


 一人で頷くケイロスに、アンベルは内心舌を打った。


 ただ願うしかない。

 彼の暗殺の成功を。






■     ■     ■     ■





 コンコンッ。


「どうぞ~」


 エンラが気の抜けた声で呼ぶと、木製の扉がゆっくりと開かれる。

 開かれた扉の先にいたのは、クリーム色の長髪と羊の特徴を持った獣人だ。豊満な胸に付けられたネームプレートには「モフリス」の文字。

 直接エンラに取り次がれたということは、一刻を争う重体か、不測の事態か……公的な手続きが成されたかだ。

 モフリスは見るからにギルド職員。手続きを通してここにいる可能性が高い。


「おや、どうしたのかな?」


「あっ、あっあの! 初めましてっ、モフリスでしゅっ!」


「うんうん、初めまして~……ん?」


 エンラの目に映ったのは、わたわたと忙しなく動くモフリスの腕に付いた大きな絆創膏と、線状に滲む血の跡。

 何度かモフリスの視線は絆創膏を捉えており、やはり痛むのだろうことはエンラの目に明らかだった。


「何かの報告や伝言かな? そのついでだ、その傷を治そうか」


「ぇっ、えっ!? い、いえっ、その!」


「いいからいいから。どうしたんだい、この傷? なかなか痛そうだけれど」


「こ、これは……な、なぜか昨日、気が付いたらついてて……っ」


「ふむ」


 かなり目立つ傷だ。それが原因不明とは、エンラには少し不自然に感じられる。

 優しく絆創膏を剥がしながら魔術を練る。その間、モフリスはかなりそわそわした様子で何かに怯えているように見えた。


「小さな声でいい。目的を話してくれ」


 できるだけ優しい声でそういうエンラに、モフリスは背中を押されたように何かを隠すように丸めていた背を伸ばし、さっと自分の懐に手を差し入れた。

 機敏な動きに目を取られるのも束の間、モフリスの手にあったのは――


「これですっ!」


 分厚い紙の束だった。

 表紙には、明らかに手書きの赤文字で『モフリス㊙ノート』と題されている。


「す、すみませんっ……職権濫用も甚だしいのですが……高位探究者様とお会いする方法が他になく……っ、こうしてエンラ様をお訪ねした次第なのですっ!」


「これは……——赤頭巾レッドキャップに関する考察……?」


「はっ、はひっ!」


 エンラは傷を癒しながら、わかりやすくまとめられた資料に目を通す。


「す、少し前、オロチさんという冒険者様がここを訪ねられませんでしたかっ?」


「ああ、傷を癒したね」


「そ、その方がつい昨日、森で赤頭巾レッドキャップと遭遇されたらしいんですっ。その報告がシルヴァさんという騎士様経由で騎士ギルドにあげられたのですが……どうにも情報が不確かで……曖昧で……オロチさんが怪我をされたことにいてもたってもいられずっ、高位探究者様に報告を……と! 上層部は一職員の報告に対する行動はどうにも遅くて……ですね……」


 ぴたり、と。ページを捲っていたエンラの手が止まる。

 目撃情報は、時期、場所など多岐にわたる。だが、ある一点で決定的に合致していることがある。


 それは――確信的な目撃情報がほとんどないことだ。

 

『目撃されたという情報が市民から寄せられた』

『後ろ姿を見た』『痕跡があった』『赤い頭巾の切れ端が――』


 情報源は、すべて有象無象の民達だけだ。


「な、なんだ……これは」


 正体どころではない。こんなもの、噂の寄せ集めでしかない。

 騎士ギルドは、赤頭巾の実態を何一つ掴めてなどいない。


 確実に目撃及び遭遇した報告は――たったの二つ。シルヴァとオロチからのみ寄せられている。


 つまり、赤頭巾の観測は昨日、隠然の社でオロチとシルヴァによって初めてなされたのだ。


 だが、昨晩宿で襲撃されたオロチの報告によれば……道化の面、赤い外套レッドフード、短剣。詳細な情報がもたらされたのはこの報告が初めて。


 彼——オロチから聞き取りを行った騎士の報告書には、こうあった。


『被害者オロチ殿に覚えはなく、遭遇もすらも初めて』と。

 

「……まずい」


 エンラは舌を打った。


 オロチは――森で赤頭巾レッドキャップを見ていない。

 彼が初めて赤頭巾レッドキャップを目撃したのは昨晩の宿屋。

 『隠然の社で赤頭巾レッドキャップに襲われた』。この情報はすべて――騎士シルヴァの主観で書かれた限定的事実でしかない。


「今……オロチくんはどこに?」


「え、えっと……! 先ほど――シルヴァさんと一緒に隠然の社の調査に行かれました……!」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る