協力者たち

 多分オレはわかりやすい表情を浮かべていたのだろう。エンラは悪戯が成功したように目を輝かせている。


「すごいな……非常に感情豊かでわかりやすい。これが本当に滅亡の具現化の姿かい?」


「……お前は」


「ん~?」


 彼女はオレが魔獣ビーストであることを看破した。だが、『魔獣ビースト=滅亡』には直結しないはずだ。

 エンラは知っている。オレが魔獣ビーストのカテゴリーの中においてどんな存在なのかを。

 これは、一目見ただけでわかるものではない。


「爺さんの知り合いか?」


「ありゃ、バレんのはや。先生の言ってた通り聡明だね。吸収が早いのかな?」


 やはりそうか。エンラは爺さんから前もってオレの正体を知らされていたのだろう。

 なら、爺さんが彼女にそれを伝えた意図はなんだ?


「ボクはね、先生……というか、君の協力者さ。神話を学んだものとして、正気の沙汰ではないけどね」


「オレから見ても、常軌を逸しているな」


「おー、まさか存在自体が異質な君にそれを言われるとはね」


 オレの正体を知っているなら、オレがどんな目的を持って生まれてきたかを知っているはずなのだ。そんな生き物と正気を保ったまま何気なく会話をする……普通ではないだろう。少なくともオレの知っている普通の人間の行動ではない。

 しかし彼女の理知的な眼光は、正確に現状を把握している。


「星喰い……確かに危険だね。排除したい人の気持ちも痛いほどわかる。でも……それができるなら危険等級スケールテンは神話の怪物にはなっていないのさ。……だからこそ、先生は正攻法を捨てた。君を殺すのではなく、育てることを選んだ」


「…………」


「殺すことを選べば、必要最低限の犠牲は必ず発生するからね。君はそういう生き物だ」


 言いながら、エンラはオレの身体に付いた切り傷を上から順にトントンと叩く。

 すべての傷の確認が終わったあと、彼女が触れた傷から緑色の魔力マナの糸が溢れ出す。その糸は徐々に動きを激しくし、まるで意思があるかのように蠢いてオレの傷を縫合していく。

 糸の動きが止まると、オレの傷はうっすらと跡を残しながらもあまり目立たないものになっていた。


「うーん……やっぱり効きが違うな。この程度の傷、いつものボクなら跡すら残さないのに……研究が必要だね」


 傷跡を撫でさすっても痛みはない。ほぼ完治と言っていい治りだが、彼女はかなり不満げだ。同時に好奇心も隠さない様子で何度も首を傾げ、頷く。


「あ、治療はこれで終わりだよ。ボクの立場についても説明はしたし、傷も治した。……まあ、今日は軽い顔見せみたいなもんだね。協力が欲しいときはボクを訪ねると良い。先生との約束だしね」


「味方……と、考えていいのか?」


「君がボクたちの味方である限りはね。魔獣ビーストに対する治験なんてそうそうできるもんじゃないし、医療の発展という面でもボクにメリットがある」


 相互利益のための協力関係……なるほど。

 どちらにせよ、彼女を疑おうと信じようと彼女がオレの正体を知っている事実は変わらない。

 それにあの爺さんが何の考えも無しに誰かに言いふらすことはないと断言できる。


「……では、頼らせてもらおう」


「うん! それが良いだろうとも。大丈夫、安心してくれ。——君を裏切ることの危険性は重々承知しているからね。じゃあ、お大事に~」


 最後まで飄々とした様子で、エンラはオレを送り出した。




 治癒師ギルドを出て、馬車を待つ。こうも移動機会が多いと、シャクロ運転手から貰ったお得意様カードはあまりにも便利だ。

 例によってシャクロ運転手のカードを弾くと、かなり早く馬車が着いた。まるですでにここに向かっていたような早さだ。


「ニャ~、オロチ~」


 御者台から手を振るシャクロ運転手に手を振り返すと、突然馬車の扉が勢いよく開いた。


「——オロチ殿!」


 飛び出してきたのは白銀の少女。シルヴァがささっとオレの前に躍り出て、身体を隅々まで確認してくる。


「……大事は、ないようだな……」


「ああ、運が良かった」


 ほっと胸を撫で下ろした彼女は、心配そうに眦を下げている。


「……やはり昨日の魔獣ビーストからの襲撃はオロチ殿を狙ったものだったのだな。少しことを軽く見ていたようだ」


「……本当に覚えがないんだがな」


 少し何かを考えるそぶりを見せたシルヴァは、おずおずと切り出した。


「オロチ殿、騎士ギルドに護衛を頼んでいないそうだな?」


「ああ、巻き込むのも忍びなくてな」


「うん、なら——私が護衛を担当しよう。きっとオロチ殿は、赤頭巾レッドキャップをこのまま野放しにするつもりなど無いのだろう?」


「……当然だな」


「ならば、私が適任だろう。おそらく貴殿が頼める中でもっとも強力な護衛である自信がある」


「……いいのか」


「無論だ」


 そう言い切る彼女には、エンラの目に浮かんだ好奇心や使命のようなものとは別のなにかが浮かんだ気がした。


「では、よろしく頼もう」


「うん、頼まれた」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る