治癒師ギルドの天使

 治癒師ギルド。帝都の随一の医療施設にして、世界で最も重宝される探究者でもある『治癒師』たちの拠点。

 ここを訪れるのは探究者だけでなく民間人に貴族。時には王族までもが現れる組合の枠を超えた重要施設らしい。


「ニャ~……大丈夫かニャ、オロチ?」


「ああ、心配はいらない。送ってくれてありがとう」


「こ、今回は金は要らないニャ、きちんと治してもらうニャ」


 終始心配そうに表情を沈ませていたシャクロ運転手は、オレが治癒師ギルドに入るまでずっと手を振ってくれていた。

 ギルドの中に入れば、そこには明らかに探究者ではない人間が形成する列や受付。オレの知識にあるもので言えば病院のような内装だ。

 嗅いだことのない不思議な匂いや静かな雰囲気は、北区内でも特質だろう。

 

 少しの間物珍しさに視線を右往左往させるが、帝都中枢施設セントラルでの経験を活かし、オレはすぐさま受付へと声を掛ける。


「すまない、治癒師ギルドで治療を受けたいのだが……」


「はい、それでしたらまず身分証をお願いします。病でしたら一階の治療室へ、お怪我でしたらリフトに乗って二階の治療室になりますが……どうやらお怪我みたいですね」


 なるほど、怪我と病では扱う魔術が違うのだろうか。

 受付の女性はオレの腕や首筋に付いた切り傷に目をやって労わるようにそう言うと、オレが差し出した身分証を受け取った。


「えーと、冒険者さんで……オロチさん……ん?」


 すると、手を止めて首を傾げた。もう一度オレの顔を見ると、


「しょ、少々お待ちください」


 と言って手元に置いてあった一枚の紙をまじまじと見つめた。そうして納得がいったように何度も頷く。


「オロチさんには騎士ギルドから優先治療の許可が出ていますね」


「優先……?」


「ええ。帝都の四区は騎士ギルドの警備管轄下です。そのため、都市内での自己責任外の怪我……襲撃を受けた、とかは騎士ギルドに責任が行ってしまうのです。ですからその被害者への保障として、優先的に治療が受けられる権利が与えられます……この説明で大丈夫でしょうか?」


「ああ、なんとも助かる仕組みだな」


「まぁ、この都市でこんなことは頻発しませんので、この制度が機能するのは結構珍しいんですよ?」


「ふむ。どうやらオレは運が悪いようだな」


「いえいえ、一概にそうとも言えません。なんと言っても、今日は水の日。我ら治癒師ギルドが誇る天使、エンラ先生が出てくれていますから。あなたの傷も必ず治りますし、もしかしたら怪我を負う以前より身体の調子が良くなるかもしれませんよ! しかもこの制度が適用する場合、治療費の負担の義務はありません!」


 熱弁する彼女からは、そのエンラ何某に対する信頼がこれでもかと溢れている。

 オレも信用して治療を受けてよさそうだ。


「では少々お待ちください。すぐにお呼びしますので」


 自信に満ちた笑顔でそう言われること少し。


「オロチさん、どうぞこちらへ」


 先程の受付嬢の案内に従って歩けば、一階でも二階でもない奥まった場所へ通された。

 木製の扉を受付嬢がノックすれば硬質な音と女性の返事が返ってくる。


「はいどーぞ」


「失礼します。オロチさん、さあ」


「失礼する」


 中までは付いてこないらしい受付嬢に会釈をした後、扉を開けた。

 内装は一見質素な一室。必要最低限の物しか置かれておらず、それもシンプルな色でまとめられている。

 そんな部屋の中央に、白衣の女性が一人。白が基調の部屋ではやけに目に付くぬばたまの黒髪に、天使の名に負けない美貌。


「いらっしゃい、可哀そうな被害者くん。治癒師のエンラだ。等級ランクセブン。腕には期待してくれていいよ。ボクに治せないものがあったとしたら、この世界に治せる人間はいない。そんくらいの名医さ」


 誇るのではなく、ただ事実を述べているだけに見える。

 自信があるのではなく、結果があるのだろう。


「座りたまえよ。あれだろ? 赤頭巾レッドキャップに襲われたって」


「幸いかすり傷で済んだがな」


「名だたる暗殺者に命を狙われるなんて、なかなかに数奇な御仁のようだね」


「……赤頭巾を知っているのか?」


「立場のある人間には知れた名前だね。そして赤頭巾そいつが狙うのは――犯罪者ってのが通説さ」


 頬杖をついて片目を細めたエンラは、試すようにオレの言葉を待っているようだ。

 ただこれに関してオレが言えることはほとんどない。


「らしいが、オレには心当たりがない」


「口でならなんとでも言えるがね」


「悪魔の証明だ。不毛な会話になってしまう」


「……ふーん?」


 ニヤニヤとこちらを見透かしたように笑っている彼女は、こちらの反応を楽しんでいる様に見える。

 答えではなく、オレが思考する姿を見て楽しんでいるようだ。

 彼女の前に設置された椅子に腰かけ、血が渇いた傷跡を彼女の目前に差し出す。

 エンラは取り合わないオレを見て、一転、へらっと相好を崩した。


「いやぁごめん。意地悪だったね……さてそれじゃあ治療を始めよう。本来ならこの程度の傷治すのはわけないんだけど……今回はどうかな」


 白衣の腕をまくりながら、オレの腕を取ったエンラ髪をかき上げて挑戦的に舌を出した。


「——魔獣ビーストを治すのは初めてなんだ。お手やらかに頼むね」








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