第9話 魔女
【召喚2日目 17時00分 ロード回数3 縮んだ寿命5時間55分】
【現在のセーブ箇所 召喚1日目21時10分】
「エール、嘘だろ!?」
血の気が引いて、エールを支える手に力が入らない。それでも、震えそうになる手でエールの身体を揺さぶる。
「……イチヤ」
胸の中で呟くエールの声が聞こえた。
生きてる!
自分の手足に、そして頭に血が戻っていくようだった。
俺はさっきまでと違い、力強くエールを支える。
「大丈夫なのか!?」
エールの白かった軍服は、今や白と赤、どちらの面積が広いのかわからないくらいに染まっている。
意識があるとはいえ、すぐに手当をしないといけないと心は焦る。
「……動けないほどではありません。それに大部分は私の血ではありません」
言われてエールの服にかかった血を見れば、たしかに中から染み出してきたものではなく、外からかかったもののように見える。
だけど、俺は安心しきることはできなかった。
「大部分は」ということは、彼女自身の血も含まれているということだ。彼女が負傷しているという事実に変わりはない。
「肩を貸すから治療してもらいに行こう」
俺はエールの左側に立つと、彼女の左腕を俺の首の後ろに回して支えながら歩き出す。
どこに行けば治療してもらえるのかわからないが、エールに聞きながら行けばいいだけだ。ここに留まっているよりは余程いい。
「……イチヤ、それよりも早く逃げてください」
肩を貸しているせいで、彼女の声が耳の近くで聞こえてくる。
こんな状況なのに、こんな距離で女の子の声を聞いたのは初めてだと変な感慨を持ってしまう。
だが、彼女の声が苦し気だったことに気付くと、そんなバカな思いはすぐに消え去り、なぜ彼女がそんなことを言うのかと考えてしまう。
「逃げるって……一体何があったんだ?」
そもそもエールは女王と共に、儀式のために地下に行っていたはずだ。
(……あっ)
俺は改めてエールたちが何の儀式に行っていたのかを思い出した。
そうだ。
彼女たちは魔神封印の儀式に行っていたのだ。
彼女の怪我と魔神という単語が俺の中で繋がる。
「……魔神の封印が解かれたのか?」
俺は震える声で、自分が出した答えを絞り出した。
「いいえ、違います。魔神はただの伝承なので……」
だが、あっさりとその考えは否定されてしまった。
この状況で違うのかよ!
確かにエールは、魔神が実際にいるわけじゃないって言ってたけどさ。
びびった自分が恥ずかしいじゃないかよ!
「じゃあ、一体何があったんだ?」
「……魔女です」
「魔女だって!?」
魔神じゃなくて魔女?
なんなんだよ、それは!
俺の知らないことばかり出てくるじゃないか!
エールと共に歩いていると、下へ降りる階段を見つけた。
1階のほうが誰かに出会えるだろうか?
俺は降りた方がいいかと、階段の上から下を覗いてみた。
「――――!?」
そして固まる。
階段には、血の上に横たわる騎士の姿がいくつも転がっていた。見ただけでは、生きているのか死んでいるのかわからない。
もっと詳しく見れば、手足や体が動いているかどうか確認することができたかもしれない。
だけど、今の俺にはそんな詳しく見ている余裕はなかった。
それらの倒れた騎士たちの真ん中に、一人の女が立っていたのだ。
血のように赤い髪と赤い目をした女だった。
たいした能力も知識もない俺だが、その女がヤバイ相手だということは本能的にわかった。
おそらく、この女がエールの言った魔女なんだろう。
だが、俺はその女を見て、ヤバさと共に不思議な既視感を覚えていた。
あのな高貴な服装、閑静な顔立ち。異様な雰囲気と共に感じる気品。
俺はどこかのこの女と会ったことがある――――!?
まさか!?
「……シアナーラ女王!?」
髪と目の色が違うのと、異様な雰囲気のせいで気付かなかったが、それらを取り除いて考えれば、その女はシアナーラ女王の姿をしていた。
「……はい。女王陛下が魔女に乗っ取られました」
顔の横でエールが苦し気に、俺のつぶやきを肯定する。
乗っ取られたってなんだよ、それ……
魔神封印の儀式に行ってたはずなのに、どうして魔女に乗っ取られるなんてことになるんだよ……
この状況はもうロードするしかない。
だが、ロードしてやり直すにしても、情報がなさすぎる。
今戻ってもできることはほとんどない。
次のチャレンジのためにも、少しでも情報を得ておかないと!
「エール、一体何があったんだ!? 少しでも情報をくれ!」
エールは苦し気だが、俺の声に応えるために口を開こうとしてくれる。
俺はエールの言葉を聞き洩らすまいと耳を傾けながら、視線は魔女化女王に向けた。
その女王が俺たちに向けて右手を
こちらに手のひらを向けている。
なんだ? なんのポーズだ?
「イチヤ!」
エールの鋭い声とともに、俺の体が横に飛ばされた。
エールに突き飛ばされたのだ。
俺は事態が飲み込めず、視線をエールに向ける。
悲壮感に溢れた必死なエールの顔。
その顔を見た次の瞬間、エールの体が弾けた。
俺の目の前で、エールが一瞬にして血と肉片へと変わっていた。
「あああああ……うあぁァァァアアアアぁ!!」
突き飛ばされて倒れたまま、俺は喉が擦りきれるほどの声を上げていた。
恐らく今のが魔女の力なのだろう。
炎や
なんの前触れもなくいきなり人間の体が弾けたんだ。
かわすとかよけるとかそういうレベルの代物ではない。
これが本物の魔法ってやつなのか!?
今の俺はエールが突き飛ばしてくれたおかげで、階段から見えない位置の壁の裏にいる。
視界に入らなければあの力を使われることもないだろう。
今のうちに逃げて、少しでも情報を集めなければ……
そう考えるのに、体が動かない。
腰が抜けているかのように足腰に力が入らない。
コツーン コツーン コツーン
階段を昇る女王の足音が響いてくる。
まずい! 奴がこっちに来る!
早く逃げないと!
心は逸るが、体がついていかない。
まるで自分の体じゃないかのように思い通り動いてくれない。
それだけでなく、さっきのエールがエールでなくなる瞬間の映像がさっきから頭の中で繰り返されて、吐き気がこみ上げてくる。
心も体もめちゃくちゃだ!
気が付けば足音がやんでいた。
もしかしてどこかへ行ってくれたのか?
バカな俺はそんな期待を抱いてしまった。
だが、階段の方を見て、そんな都合のいいことが起こるわけがないことを思い知る。
そこには、階段を昇り切った女王が立っていた。
女王の足もとには、さっきまでエールだった血と肉片が転がっている。
悪夢だ。こんなの悪夢以外の何ものでもない!
女王が、俺に向かってまた手を
またアレがくる!
死ぬ。
エールと同じように、今度は俺が血と肉片にされる。
気持ちが絶望の海の底へ沈んでいきそうになる。
だが、その前に、俺はパニくって忘れていた自分だけの逃げ道を思い出す。
そうだ、俺はまだ終わっていない!
一体何がどうなってこんなことになってしまったのかはわからないが、こんな未来を変える方法はきっとあるはずだ!
(ロード!)
俺は魔女の力が俺を俺でなくしてしまう前に、自分の特殊能力を行使した。
セーブ&ロード能力で異世界攻略 ~異世界召喚された俺は失敗してもセーブ箇所からやり直して必ず成功してみせる! えっ? セーブ箇所は1箇所で、ロードすると寿命が縮んじゃうの?~ カティア @katia_kid
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