第8話 上書きセーブ
【召喚1日目 21時10分 ロード回数3 縮んだ寿命5時間55分】
【現在のセーブ箇所 召喚1日目18時15分】
複数の足音が近づいてくる。
「こちらのほうで魔力反応が――!!」
間もなく白い軍服をまとった騎士たちが扉を開けて、中に入ってきた。
どうやらいつの間にか扉は開くようになっていたようだ。
気付けば光の魔法陣も消えている。扉が開くようになったのは、魔法陣が消えたためか、それともスケルトンナイトがいなくなったためか、俺には知るすべはなかった。
騎士たちの中には、ローランド騎士団長の姿もある。俺は彼にに目を向けるが、チラリとこちらを見てきただけで、斬りかかってくる気配はない。
あいつに斬られるのはもうこりごりだ。
俺は胸を撫で下ろす。
これならセーブしてしまっても大丈夫だろう。
(『セーブ』っと!)
「一体なにがあったんですか!?」
ローランドが女王へと駆け寄ってきた。
女王とエールが、騎士たちに状況の説明を始める。
俺も何か聞かれれば答えるつもりだが、基本的には説明は女王とエールに任せることにした。下手に俺が喋ると、セーブ&ロード能力のことがバレてしまうかもしれない。何か聞かれた際には、俺が問題がなさそうなことだけを話した。
「イチヤ、お疲れ様! あなたのおかげで女王陛下をお守りすることができたわ」
一通り騎士たちに説明を終えたエールが、戦った疲れもあるだろうに、俺に近づくと笑顔を向けてきてくれた。
彼女の頬を一筋の汗が流れる。
着飾っているわけでもないのに、彼女の汗はどんな宝石よりも、気高くそして美しく思えた。
「いや、俺はほとんど何もしていないよ。……エールがいてくれなかったら、俺も女王も無事なまま今という時間を迎えることはできなかった」
俺の言葉に嘘偽りはない。その現実をすでに見てきたわけだから。
「そんなことありません。あなたの未来予知の特殊能力のおかげです。イチヤもお疲れでしょう、あとは私のほうでなんとかしておきますので、今日はもう部屋でお休みください」
一人で先にこの場から離れるのは気が引けた。だが、女王の警護や、部屋の確認など、テキパキと色々と動いてる騎士たちと違い、俺はさっきから突っ立っているだけだ。手持無沙汰で、一人疎外感を感じていたのも事実。
このまま残っていても、自分の役立たずぷりを痛感させられるだけの気がしたので、俺はエールの言葉に甘えることにした。
「わかったよ。今日は部屋に戻ることにするよ」
「はい、そうしてください。何かわかったことがあれば、イチヤにもお伝えします」
「うん、頼むよ。……あっ、そうだ。忘れてた、短剣」
俺はエールから預かった短剣をまだ持ったままだということを思い出した。
スケルトンナイトが現われた時には短剣を抜いたが、結局使うことはなく、今は鞘の中に戻している。
短剣とはいえ、誰かを守るための重みを持ったその剣を、俺はエールに差し出す。
だが、彼女はそれを受け止る様子を見せなかった。
「イチヤ、よかったらその剣を貰ってもらえませんか? 今日の感謝の印です」
「え、いいの?」
正直、貰ったところで使いこなせる自信はなかった。
だが、女の子に感謝の印とまで言われたのに、貰うことを拒む理由はどこにもない。むしろ、喜んでいただきたい。
「はい、もちろんです!」
ああ、エールの笑顔がまぶしい!
「ありがとう!」
俺はエールに礼を言い、まだ騎士たちが後始末を続けている広間を後にした。
部屋に戻った俺はすぐにベッドに潜り込みたいほど精神的に疲れていた。だが、無事に難局を乗り切ったことに安堵したためか、急に尿意をもよおしてきた。
そういえば、ロード前の時は、おしっこがしたくてトイレを探している際に女王の亡骸を発見したんだった。今回はおしっこもしないままここまで頑張ってきたことになる。
正直膀胱のピンチだ。
俺は少しでも尿意を抑えるために、股間を押さえながら部屋を飛び出した。
幸運にも、今回はおかしなものを見つけることもなくトイレを発見し、その後俺は部屋でゆっくりと休むことができたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、目覚めて、部屋に用意されていた世界の服に着替えた俺は、することもないので、部屋でぼーっとしていた。
実際、これから何をしたらいいのかまったくわからない。
昨日は色々ありすぎてそういったことも聞けていない。
そんな折、部屋の扉がノックされた。
「エールです。イチヤ、いますか?」
鈴を鳴らしたような可愛らしい声だった。この声からは、昨日の勇ましい戦いぶりなど想像もつかない。
「いるよ。どうぞ」
「失礼します」
扉を開けてエールが部屋の中に入ってきてくれた。服装は昨日と同じ、軍服のような白い服と、女性騎士用の白スカートに、黒タイツだ。皺もなく綺麗なところを見ると、同じ服でも、昨日のものとは違っているようだ。この国の兵士の制服なら当然同じ服の着替えがいくつもあるのだろう。
この部屋に一つしかない椅子には俺が座っているので、ベッドに座ってもらおうかと一瞬思ったが、朝まで自分が寝ていたベッドに、女の子に座ってもらうのも気が引けるので、俺がベッドに移動して腰をおろし、エールには開いた椅子に座ってもらうことにした。
ん?
もしかして、これって俺の部屋に初めて女の子が入ってきたってことか?
やばい!
そう考えたら、変に意識してなんだか緊張してきたぞ!
だけど、顔が熱くなってる俺と違って、椅子に腰かけたエールが緊張した様子もない。
「イチヤ、昨夜は本当にありがとうございました。女王陛下も大変感謝しておられました」
「いや、俺なんてたいしたことしないよ。エールがいてくれたからなんとかなっただけで……」
「私は女王親衛隊としての務めを果たしただけです。イチヤの未来予知の特殊能力のほうがずっとすごいですよ」
「そんなことないって……」
純真な笑顔を向けられると、ちょっと心が痛くなる。
未来予知の力は嘘で、本当はセーブ&ロード能力が俺の力だと言うことを、エールにも隠し続けなければならないのだろうか?
彼女のことは信じてもいいのではないかと思い始める自分と、誰にも言うべきではないと押しとどめる自分とがいる……。正解が何なのか俺にもわからなくなってくる。
「ところで、昨夜の件ですが、あの部屋を隅々まで調べたのですが、スケルトンナイト召喚の痕跡は発見できず……魔法陣の跡も見当たりませんでした」
「あれだけ派手に光ってたのに、何も残っていなかったの?」
「はい……。おそらく絨毯の下に魔法陣が描かれていたのでしょうが、召喚後に消え去るように細工をしていたのではないかということです。召喚前に確認できていれば色々とわかったようですが、私も魔法には詳しくないもので、そのあたりことに考えが至りませんでした……」
彼女は申し訳なさそうな表情をしている。
彼女の話通りなら、時間が来る前に絨毯をめくって魔術に詳しい者が魔法陣を確認していれば、スケルトンナイトと戦わずに済むだけでなく、犯人の手がかりもわかったかもしれないということだ。
……しまった。
すでにスケルトンナイトを倒した後にセーブしてしまっているじゃないか!
あー、早まった!
セーブの上書きをしてなかったら、ロードして召喚前の魔法陣を確認できていたのに!
セーブが1箇所しかできないというのが地味に効いてくるな、ホント。
「過ぎたことはしょうがないよ。女王が無事だったんだから、俺たちはなにも間違ったことしてないって」
彼女を慰める言葉は、自分に対する言い訳でもあった。
「ありがとうございます。……ただ、これほどの魔法陣を城の中に仕掛けるとなると、ただの侵入者が容易にできるようなことではないらしく……」
エールは言葉も濁すが、言いたいことは俺にもわかった。
「つまり、城の中に手引きしたやつがいるか、あるいは城の中に女王の命を狙う人間がいるってことだよね」
「……はい」
エールは重々しく頷く。
俺の頭に一人の男の顔が浮かぶ。
ローランド騎士団長。あの男は信用ならない。ただ、スケルトンナイトの一件とあいつが絡んでいるという証拠はなにもない。ローランドが関わっている可能性もあるが、それとは別の誰かが動いている可能性も捨てきれない。
とにかく、俺には情報がなさすぎる。
「また何かわかったら教えてもらえると助かるんだけど」
「はい、それはもちろん。イチヤも何か未来予知で見えたらすぐに教えてください」
未来予知、ごめん、その能力は嘘だから期待しないで!
「……ところで、女王はどうされているの?」
未来予知の特殊能力の話をされるのがいやで、俺は話を強引に変えにいってしまう。
「さすがにショックを受けられているようですが、お体に問題はありません。今日も予定通りに魔神封印の儀式を行なわれる予定です」
「魔神封印!?」
聞き流せない単語に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
なんだよ、そのやばい儀式は!?
この世界では魔神とやらが暴れまわっているのか?
「ああ、魔神と言っても実際に魔神がいるわけではありません。太古の昔にこの城の地下に魔神が封印されたいう伝承があるだけです。毎年、その封印を継続するために、王族が儀式を行っているのです。王族の権威を示すための儀式だと思ってください」
「なんだそういうことか……」
エールの話を聞いて、俺は胸を撫で下ろす。
ようは、前に俺がいた世界の神社で行なわれているような儀式なのだろう。
魔神とやらも、前の世界での神様と同じような扱いかのかもしれない。
「儀式には私も女王に同行します。……イチヤも来ますか?」
神社の儀式とか、そういうの俺は苦手なんだよな。
「部外者の俺がいたら邪魔だろうし、遠慮しておくよ」
「そうですか、わかりました。また儀式から戻ってきたらお伺いしますね」
「了解。その時に儀式の話を聞かせてもらうよ」
そうして、エールは話を終えて、俺の部屋から出て行った。
この時の俺は、まさかに次にあんな形でエールで会うことになるとは考えもしていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
その日の夕方、部屋で俺がくつろいでいると、ドアに何かが当たる音がした。
俺はびっくりしてドアを見るが、しばらくしても開く様子はない。
不審に思った俺は、いぶかりながらドアに近づき、そっとそのドアを引き開けた。
白と赤の塊が、開いたドアの隙間から俺の方に倒れてきた。
俺は反射的にその塊を受け止める。
驚いた俺だったが、その正体にすぐに気付き、息が止まる。
それは、白い軍服を赤い血で染めたエールだった。
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