第7話 スケルトンナイト

【召喚1日目 20時55分 ロード回数3 縮んだ寿命5時間55分】


 俺はエールとともに、召喚された大広間に来ていた。

 前回と同じように柱の陰に隠れている。

 部屋の外で待っていて、女王が中に入ること自体を阻止することも考えたが、そうした場合に、スケルトンナイトがどういう動きをとることになるのか想定できない。エールという戦力を連れてきたのに、前回と違うことをして、想定外の展開になることのほうがリスクが高いと考え、できるだけ同じような行動をとることにした。


 もっとも、一人で2時間近くじっと女王が来るのを待っていた前回と違って、今回はエールと一緒だったので、待っている時間に話をすることができた。

 女の子の前だとついつい緊張してしまう俺だが、エールとはほとんど初対面だというのに、不思議といつものような頭がテンパって冷や汗が出るような緊張なく話せた。

 俺のことを信じると言ってくれたおかげだろうか。下手に自分を飾ろうと意識する必要もなく、素直な自分として彼女に向き合うことができたような気がする。


 そうやって話せたおかげで、色々と知ることもできた。

 彼女は俺と同じ16歳だった。同い年ということで、勝手に親近感がわいてくる。

 12歳で仕官をして、わずか4年で女王親衛隊に抜擢されたそうだ。彼女は謙遜していたが、なかなかに異例なことらしい。

 それと、女王親衛隊とローランドの騎士団とは、別組織というか、命令系統が違うそうだ。あのローランドの部下ではないというだけで、安心感が増す。


 そろそろ女王が来る時間が近づいてきたため、エールとのおしゃべりも今は終え、二人で息を殺して女王が扉を開くのを待っている。

 時計を見ればもうすぐ9時。

 やばいな、ドキドキしてきた。


「エール、そろそろ女王が来る時間だ」


 俺は心の準備を求めるようにエールに目を向ける。だけど、俺と違って彼女の表情は落ち着いたものだった。俺とは踏んできた場数が違うのかもしれない。


「イチヤ、気休めにしかならないかもしれませんが、これを持っていてください」


 エールは静かな声で鞘に納まった短剣を差し出してきた。


「イチヤに戦わせるつもりはありませんが、護身用の武器もなしでは心もとないでしょう」


 たしかに……。


「ありがとう」


 俺は短剣を受け取った。短剣だというのにずしりという重さを感じる。

 これが武器の重さなのか。

 いくら異世界とはいえ、こんなものを振り回すのは、物理的にも、精神的にも、俺には荷が重いような気がする。

 だけど、女王を、そして自分を守るためには、これを使わなければならないかもしれない。

 短剣を握る手に自然と力がこもる。


「……来られたようです」


 エールの囁くような声の後、ゆっくりと扉が開いた。

 気配を感じたのか、足音を聞き取ったのか、エールは扉が開くより先に、俺にはわからない女王の何かを感じ取っていたようだ。彼女の感覚の鋭さに驚きつつも、今は扉の方に目を向ける。


 前回と同じように、警戒しながらシアナーラ女王が部屋の中に入ってきた。

 女王は何者かの手紙により、ここに来るよう指示されているのだ。そのせいで、何も知らない俺は前回いらぬ疑いを女王に与えてしまった。今回はその反省を生かす。


「シアナーラ女王、あなたをここに呼び寄せた手紙は罠です。未来予知の特殊能力で見えました!」


 俺は柱の陰から姿を現すなり、俺は大きくはっきりとした声で女王に呼びかける。


「オボロ様!? これは一体……」


 女王は驚いた顔をしているが、前回のようにトゲのある鋭い視線を向けられてはいない。

 あの視線を見ないで済んだだけで心が少し楽になる。


「未来予知です! あなたを守るために来ました!」


 ここにいる理由が未来予知の特殊能力であることを再度強調し、女王に駆け寄る。

 エールも柱の陰から出て、俺に続く。


「エール、あなたも一緒なのですか?」


「はい! イチヤから話を聞き、シアナーラ様を御守りするために参りました」


 俺とエールは女王をかばうように彼女の前に立ち、広間の中央に身体を向ける。


「オボロ様、どういうことか説明いただけますか?」


「未来予知で、ここであなたを狙うスケルトンナイトが現われるのが見えたのです」


 俺の言葉を待っていたかのように、絨毯を通過して魔法陣の光が浮かび上がる。


「エール、来るぞ!」


「はい!」


 エールは俺たちをかばうように、さらに前に一歩前に出ると、腰の剣を抜いて構える。

 間もなく、前回見たのと同じように骸骨の剣士――スケルトンナイトが現われた。

 エールは、スケルトンナイトが動くより先に、一気に間合いを詰め、裂帛の気合いのともに斬りかかる。


 二人で柱に隠れて女王を待っているときに、スケルトンナイトについてエールから聞いていた。

 スケルトンナイトは、生物でもアンデッドでもなく、魔法で造られた被造物だ。俺の世界で言うのなら、ロボットが近いかもしれない。

 スケルトンナイトの恐ろしいところは、急所もなく、痛みの感覚もないところ。そのため、自分へのダメージを気にせず全力で攻撃を仕掛けてくる。その一撃は、屈強な男の戦士の全力の一撃に匹敵する。つまり、エールは、一撃でも敵の攻撃を受ければ負けということだ。


 だけど、彼女はスケルトンナイトの攻撃をすべて見切っているかのようだった。俺は剣についてはド素人なので、実際のところどうなのかはわからないが、攻撃を食らうどころか、剣で正面から受けることさえない。素早く身をかわすか、剣でうまく受け流すか、まるでダンスでも踊っているかのように、その動きは優雅にさえ見えた。


 とは言え、いくら攻撃を回避できても、スケルトンナイトを倒せなければいずれ体力が尽きることになる。エールの話によると、スケルトンナイトのもう一つやっかいな点は、その耐久力だ。骨の体のスケルトンナイトには、関節部分に筋肉や靭帯などがあるわけではない。スケルトンナイトは魔法の力により骨と骨とが結び付けられているのだ。そのため、生物相手のように関節を狙って攻撃をしても意味がない。

 スケルトンナイトの攻撃を止めたいのなら腕の骨を、歩みを止めたいのら足の骨を、直接ぶった斬るしかないのだ。

 ただし、スケルトンナイトの骨は生物の骨ではない。魔法で形作られた骨なのだ。それを破壊する方法を二つ。


 一つは、魔法には魔法ということで、魔力を帯びた武器で攻撃するか、剣に魔力を込めて攻撃すること。これなら魔法同士が干渉し、魔法の骨も断ち斬ることができる。

 そしてもう一つは通常の武器によって魔法を削る方法。魔法で造られた骨とはいえ、物理的な攻撃を与えれば、多少なりともその部分の魔力を削ることができる。魔力を削れば、部分的に骨を削ることができる。とはいえ、物理攻撃で削れる量はわずかなもの。そして、骨を切断するくらいに削ろうと思えば、同じ場所にひたすら攻撃を与え続けなければならない。


 エールからその説明を聞いたとき、俺はそんなことは無理だと思った。一撃食らえば終わりの敵の攻撃をかわしつつ、相手の同じ部位に攻撃を繰り返し続けるなんて芸当ができるわけがないと思った。

 だが、彼女は大丈夫だと笑顔で言った。

 そして、今、俺の目の前で実際にそれをやってみせている。


「……すごい」


 まるで剣舞のようだった。

 舞うようにスケルトンナイトの攻撃を避けながら、的確に剣戟を当てている。


 やがて、剣を持ったスケルトンナイトの右手が宙を舞う。

 エールが物理攻撃によって魔力を削り切り、右腕の真ん中でぶった切ったのだ。

 攻撃を受ける心配のなくなったエールは、さらに攻勢を強め、腰の部分で身体を上下に真っ二つにする。

 腰から下だけになってもスケルトンナイトは、なおもエールに向かっていくが、右脚のふとももにあたる骨も切断されると、ついに立っていられなくなり、床に倒れた。


 4つのパーツに分断されてもスケルトンナイトは、床の上で震えるように動いていたが、しばらくすると出てきたときのようにすーっと跡形もなく消えていった。


「……倒した……のか?」


 構えを解いて荒い息をはいているエールに、俺は目を向ける。

 俺のつぶやきを聞き取ったのか、エールは疲労の色を浮かべながら、笑顔を作って、勝利の証のように立てた親指を向けてきた。


 ……本当に勝ったんだ。


 俺は後ろに立つシアナーラ女王に視線を向ける。

 大丈夫だ、彼女はしっかりと床に足をつき立っている。


(女王、今度はちゃんとあなたを守れましたよ!)


 今の女王は知らない約束。

 スケルトンナイトは俺自身が倒したわけでもない。

 でも、それでいい。

 俺はこの世界に来て初めて、自分ことを少し誇らしく思った。

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