第6話 女騎士

【召喚1日目 18時15分 ロード回数3 縮んだ寿命5時間55分】


 俺はまた客室に戻ってきた。

 前回の失敗は、俺に戦う力がなかったことだ。

 スケルトンナイトが現われるとわかってるのなら、それを倒せる人を連れていけば、女王を守れる!


 今はまだローランドが部屋を離れてそれほど時間が経っていないはず。

 すぐに追いかければ、あいつに出会うことができるだろうが、あいつに助けを求める気にはならなかった。

 俺はあいつを味方だとは思っていない。

 俺は、あいつ以外でほかに戦える人を見つけないといけない。

 とはいえ、この世界に来て間もない俺に知り合いがいるわけもなく……。


 あ。

 知り合いではないが、今から確実に出会える戦闘力のある人物に思い当たる。

 金髪の女騎士さんだ。

 召喚の間に向かい、そこからさらに進めば、彼女に追い付けるはずだ。


 俺は再び彼女に会うために部屋を出た。


◇ ◇ ◇ ◇


 召喚の広間を通り過ぎ、さらに進んでいくと、金髪の凛々しい後ろ姿が見えてきた。


「ちょっと待って!」


 前回と同じ言葉を彼女の背中に向ける。

 彼女の名前を聞いていなかったことを改めて後悔する。

 名前を呼んで呼び止めることもできない。

 だが、それでも彼女は気付いてくれたようで、金の髪を揺らして振り返る。


「オボロ殿ではありませんか。どうかされましたか?」


 彼女の反応は前と同じだった。

 だけど、俺の目的は違う。前回は女王の居場所を聞くだけだったが、今回はもっと重要な目的がある。


「あなたの力を貸してください!」


「いきなりそんなことを言われても……」


 彼女はその整った顔に困惑の色を浮かべている。

 しまった。入り方をミスっただろうか。

 だが、彼女への説得の仕方はすでに考えてある。


「未来予知です! シアナーラ女王がスケルトンナイトに襲われる未来が見えたんです!」


「なんですって!?」


 彼女の顔が一瞬にして引き締まった戦士の顔に変わる。

 さすが騎士。まとう雰囲気まで一変したような気がする。


「一体いつどこでですか!?」


「今から2時間後くらいに、俺が召喚された広間でです」


「未来予知ってそんな具体的な時間までわかるものなんですね」


 あ……。

 確かに、言われてみれば、時間まで知ってるのはおかしいかも。

 未来予知って本当だったらどんなものが見えるんだ? 詳しい設定なんて考えてないぞ……。

 しかし、それ気付くとは、この人、なかなか頭が切れるのかも。


「……えっと、なんとなくですが、未来の映像と一緒にだいたいの日時もわかるみたいで……」


 苦しいか? けど、実際に何が見えてる設定なのかなんて俺しか知らないんだから、怪しく思われても、うそだって証明まではできないだろう。


「そういうものなんですか?」


「そういうものなんです! それより、スケルトンナイトを倒せる戦力を集めてもらえませんか!」


 俺は下手に勘繰られないうちに、強引に話を変えようとする。

 本当の特殊能力は未来予知なんかじゃないんだから、そのへんを色々突っ込んで聞かれるのは非情にまずい。それに、まだ2時間近く時間があるとはいえ、ほかにも人を集めてもらうなら急いだほうがいいはずだ。


「戦力ですか……。人数を集めるのは難しいかと思います」


「え? どうしてですか?」


 俺は彼女の言葉に戸惑う。

 女王の窮地だっていうのに、どうして人数を集めるのが難しいっていうんだ。

 女王の身を守るのなんて騎士の本分じゃないのか?


「……正直に申し上げますと、オボロ殿を疑うわけではありませんが、この城の中で女王がスケルトンナイトに襲われるということを信じてもらえないと思います。スケルトンナイトを呼び出そうと思えば、この城の中で女王を害する命令を刻んだ魔法陣を作成する必要があります。警備が厳重なこの城に、女王に悪意のある者が侵入して、そんなことができるなんて騎士たちは認めないでしょう。ですので、人を集めようにも信じて協力してくれる者がどれほどいるか……」


 女王の問題ではなく、俺の未来予知の信用度の問題だった。まだ俺の言葉では、人を動かすほどの力はないということだった。

 確かに、この世界に来たばかりの俺には何も実績がない。客室のことを言い当てたくらいでは、信用を得るには足らないということなのだろう。

 なんてことだ。女王が襲われるのがわかっているのに、助けを連れて行くことさえできないなんて……。

 俺は自分でもわかるくらいに肩を落として落ち込んでしまう。


「ちなみに、スケルトンナイトは何対現われるのですか?」


「1体だけど……」


「それなら安心してください!」


 落ち込む俺に、彼女は明るい声をかけてくれる。

 だけど、一体何を安心しろというのだろうか。


「スケルトンナイト1体なら、私一人で十分です」


「いやいや、スケルトンナイトは歴戦の兵士でも倒すのは困難だって聞いたよ。兵士とはいえ、君のような女の子一人ではさすがに……」


 彼女は小柄で、腕や脚も俺よりもずっと細い。こんな女の子があの怪物に太刀打ちできるとは正直思えない。


「申し遅れましたが、私は女王親衛隊のエールです。これでも剣の腕を見込まれて女王親衛隊に抜擢いただいております。スケルトンナイトに後れを取るつもりはありません」


 ここに至って俺はようやく彼女の名前を知ることになった。こんな大事なことを話している相手の名前すらまだ聞いていなかった事実に、俺は恥ずかしくなる。

 だけど、さっきの話だと、彼女だって俺の言うことを信じてないんじゃないのか?


「……エールさん、君は俺の言うことを信じてくれるのか?」


「正直、最初に聞いたときは半信半疑でした。ですが、こうやってお話をして、その真摯な目と、必死に話される姿を見て、騙そうとしているわけではないことはわかります。なにか話せないことも抱えておられるようですが、それでも私の心は、あなたは信じられる人だと判断しました」


 エールは強い意志の光が宿った大きな瞳で俺の目を見つめている。

 彼女の言葉に嘘偽りがないことは、俺にだってわかった。

 この世界に召喚されてからろくでもない目にばかりあってきたが、エールの言葉はそれらを帳消しにしてくれるくらい嬉しい言葉だった。

 面と向かって信じられる人だなんて生まれて初めて言われたよ。


 そんなエールに、特殊能力について嘘をついていることが心苦しくなってくる。

 彼女になら「セーブ&ロード能力」が俺の本当の特殊能力だと伝えても問題ないのではないだろうか?

 俺のことを信じてくれたエールに応えるのなら、俺も嘘のない態度で彼女に向き合うべきではないだろうか?


「エールさん、俺――」


 彼女に真実を告げようとしたところで、俺を切り殺そうとしたローランドの顔がフラッシュバックしてきた。

 俺の言葉が詰まる。


「オボロ殿、どうされました?」


 不思議そうな顔でエールが、俺の顔を覗き込んでくる。


「……いや、なんでもない」


 俺は真実を告げられないことを心の中で彼女に詫びる。


「ふふ、オボロ殿は正直なかたですね。心苦しそうな気持ちが顔に出ていますよ」


「え?」


 言われて俺は自分の顔に手を当てる。

 そんな顔をしていたのか?


「隠しておられることを私に話そうとしたけれども、結局話せず、そのことに思い悩んでおられるようなご様子ですよ」


「…………」


 完全に見抜かれている……。鋭い人だなぁ。


「気になさらないでください。オボロ殿にはなにかご事情があるのでしょう。私は、あなたのことを信じると判断した自分自身を信じるまでです」


 この人はすごいな。

 胸を張って堂々とそんなことを言えるなんて。


「……ありがとう、エールさん。……それと、オボロ殿と呼ばれるのはなんだかこそばゆいので、できたら、俺のことは、一夜イチヤって呼んでもらえませんか? 敬称もいらないので」


「わかりました、イチヤ。でしたら、私のこともエールと呼び捨てにしていただけますか?」


「……わかった。よろしく頼むよ、エール」


「はい!」


 なんて眩しい笑顔を向けてくれるんだろう。

 初めてエールに会ったとき、女王のように人目を惹く華やかな可愛さはないと感じたが、俺には見る目がなかったようだ。エールの純粋さ、そして清廉さは、何よりも彼女を美しく、そして愛らしく彩っている。

 エールの魅力はシアナーラ女王にだって負けていなかった。

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