第5話 女王を救うために

【召喚1日目 18時15分 ロード回数2 縮んだ寿命3時間10分】


 俺は客室に戻っていた。

 腕時計を確認すれば、6時15分を指している。

 ローランドがこの部屋から離れてからすぐのセーブ箇所に戻ってこられたようだ。


 前回、俺はこのあと寝てしまって、起きてトイレを探しているうちに、召喚された広間で女王の死体を見つけることになった。

 ということは、外に出ずにこのまま部屋に閉じこもっていれば、女王殺しの濡れ衣で斬り殺されずに済むというわけだ。


「…………」


 それでいいのか?


 俺は自問自答する――までもない! 女王が殺されるとわかっていて、それを見過ごせるわけがない!

 ここで動かないで、何のための『セーブ&ロード能力』だよ!


 俺が女王に触れたとき、身体はまだ温かかった。つまり、女王があんなむごい殺され方をした時間は、俺があの部屋に入る少し前くらいのはずだ。

 つまり、現時点では、女王はまだ生きているということだ!

 今ならまだ助けられる!


 そう思った俺は迷わず部屋を飛び出していた。


◇ ◇ ◇ ◇


 道をしっかり覚えていたわけではないが、俺は召喚された広間にたどり着いた。

 前回と違って扉は開いていない。


 俺は扉をゆっくりと少しだけ開いて、中を覗き込んだ。

 赤い絨毯は見えるが、シアナーラ女王の遺体はない。

 時間的には前回より数時間は早いはずだから、当たり前と言えば当たり前だ。


 でも、俺はここに来れば女王に会えると思っていた。女王がいれば、ここで起こる危機を伝え、この場所に来ないようにしてもらえば、少なくとも未来は変わると思っていた。

 だけど、そもそも女王に会えないのでは意味がない。


 くそ! 冷静に考えれば、俺を召喚してからずっとこの部屋にいるわけがないよな!

  闇雲に探しても女王の居場所がわかるとは思えない。とにくか誰かを見つけて女王の居場所を聞くしかない。


 俺は慌てて駆け出す。

 召喚の間には女王のほかに白服の騎士たちがいたのに、客室からここまでの間には誰とも出会わなかった。つまり、彼らが向かったのは客室側ではなく、別の方向ということだ。来た道を戻るよりも、別の道のほうが誰かに出会える可能性は高いはずだ。


 しばらく走っていると、白服の騎士が歩いている背中が見えた。

 ローランド騎士隊長と出会うのは避けたいと思っていたが、あいつではないことは後ろ姿からわかる。前の人物は、上は白い軍服、下は白いスカートに黒いタイツ姿の女性なのだから。


「ちょっと待って!」


 俺が声をかけると、彼女は足を止め、金色の髪を揺らしながら振り向いてくれた。

 彼女の顔を見て、俺は召喚されたときに周りを囲んでいた騎士たちの中に彼女がいたことをなんとなく思い出す。

 シアナーラ女王の美しさに目を奪われていたが、改めて見ると、今の彼女もすごく整った顔をしていて可愛いじゃないか。女王のように人目を惹く華やかな可愛さではないが、化粧っけのない自然な可愛らしさが眩しい。


「オボロ殿ではありませんか。どうかされましたか?」


「シアナーラ女王に大事な話があるんだ。女王がどこにいるのか知らないか?」


「女王でしたら寝室にお戻りになっています」


「会うことはできるかな?」


 俺の言葉に彼女の表情が険しくなる。


「オボロ殿でもさすがにそれは……。女王の寝室に通じる通路の前には衛士が控えておりますので、くれぐれもおかしなことは考えられませんように」


 なにか俺、勘違いされてないか? よこしまな気持ちなんてまったくないぞ。

 それはともかく、夜に女王に面会を求めるのは難しいようだ。とんでもない未来を予知したと言って強引に取り次いでもらうか?


 だけど、俺は女王の遺体を見ただけで、誰にどういう手段で殺されたのかもわかっていない。話をおおごとにしても、説明できることが少なすぎる。召喚の広間に近づくなと伝えるくらいしかできない現状では、あまり強引な手を使うのは避けたほうがよさそうだな。

 誰かに代わりに伝えてもらうにしても、根拠がなさすぎるし……。

 どうやら別の手を考えるしかなさそうだ。


「……わかりました」


 俺は彼女に礼をして別れ、召喚の広間への道を戻り始める。

 歩き出してから、金髪の彼女の名前さえ聞いていなかったことに気付く。

 綺麗な人だから名前くらい聞いておけばよかったかな。


◇ ◇ ◇ ◇


 あのあと、俺はまた召喚の広間に戻ってきた。

 女王が寝室にいることはわかったが、今は会うことができない。

 だが、一つ確実なことがある。

 それは彼女がこの部屋に戻ってくるということだ。

 だったらこの部屋の中で女王が来るのを待ち、女王が来たらすぐに離れてもらうように伝えるまでだ。


 そういうわけで、俺はあれからずっと、柱の陰に隠れながら広間で女王を待っている。腕時計の時刻はもうすぐ9時だ。2時間半以上こうしていることになる。もう来てもいいだろうに……。


 俺がいい加減痺れを切らしそうになった頃、部屋の扉が開いた。

 息を殺して扉に目を向けると、エレノア女王の姿が見えた。周囲を警戒しながら部屋の中へと入ってくる。


 今がチャンスだ。

 俺は柱の陰から出て彼女に近づいていく。


「シアナーラ女王!」


 俺の姿を認めて、女王は険しい表情を浮かべ鋭い視線を向けてくる。

 なんだかものすごく警戒されているような気がするぞ。


「オボロ様、どういうおつもりですか?」


 彼女の言葉にはトゲがある。

 ん? なんだ、どうしてこんなに俺の好感度下がってるの?


「どういうつもりもなにも、俺は女王にお伝えしたいことがあって……」


「そのためにわざわざ私一人で来るように、このような手紙をよこされたのですか?」


 女王はそう言って、俺には読めない文字で書かれた手紙を突き付けてくる。だけど、俺には全く身に覚えがない。

 どういうことなんだ?


「ちょっと待ってください! 俺はそんな手紙のことなんて知らないですよ! だいたい、その手紙の文字は俺の知らない文字ですし!」


「……確かに。異世界から来られたオボロ様が、この世界の文字を使えるはずがないですね」


 俺の言葉で冷静さを取り戻したのか、女王の表情から鋭さが消える。

 女王が理性的な人でよかった。


「ではなぜ、ここにいらしたのですか? 手紙の差し出し主でもないのに?」


「そうだ! それが一番重要なことだった! えーと、未来予知です、未来予知!」


「また何かが見えたのですね?」


「はい! 今夜ここで女王が亡くなっている姿が見えたんです! だから、ここには近づかないようにお伝えしようと思い、ここで待っていたんです!」


「なんですって……」


 自分の死を聞かされたせいか、気色ばんでいた女王の顔から血の気が引いていく。


「色々とお聞きしたいことはありますが、とにかく、まずはここから離れますね」


 疑問も懸念もあるだろう。だけど、女王は俺に背を向け、扉のほうへ足早に歩き出した。

 こういうときにいろいろ詮索せず、俺の言葉を信じてすぐに行動に移す判断ができるあたり、さすが女王というべきか。

 感心しながら俺も女王についていく。

 だが、女王は扉までたどり着いたものの、扉に手をかけたままそれを開こうとはいない。


「どうしました? 早く外に――」


「扉が開かないのです」


「なんですって!?」


 ちょっと待ってくれ! そんなの想定してないぞ!


「女王、ちょっと代わってください!」


 女王に代わって俺が手をかけてみるが、たしかに扉はうんともすんとも言わない。

 なんだよこれ、ガチャガチャと扉やカギの音もしないぞ。


「……どうやら魔力的なもので扉を固定されているようです」


 そんなことができるのかよ!

 なんだよ、これ、まずくないか!?

 これって、この部屋に閉じ込められたってことだよな?

 

「オボロ様、あれは……」


 女王が部屋の中の方を指さしているので、俺もそちらに目を向ける。

 見れば、赤い絨毯が光を放っていた。

 いや、正確には、絨毯の下の床が光っていて、その光が絨毯を通過しているようだ。

 その光はまるで魔法陣のような形をとり――その魔法陣の中に剣と盾を持ったガイコツ剣士が現われた。


「なんなんだよ、あれ!?」


「あれは魔法で生み出されたスケルトナイトです! 耐久力があり、歴戦の兵士でも倒すのは困難だと言われています。魔法陣に刻まれた命令を果たせば消えますが、それまでは命令遂行のために動き続けます」


「命令……」


 俺たちに向かって剣を構えるスケルトンナイト。

 その動きと、ロード前に見た女王の遺体から考えて、こいつの目的は女王の殺害。あるいは、それを邪魔する俺も含めての殺害といったところか。

 俺はダメ元で再び扉を開こうとするが、残念ながらピクリとも動きはしない。


 歴戦の兵士でも苦戦するような相手なら、武器もない一般人の俺が太刀打ちできるわけがない。


「オボロ様……」


 女王が震える手で俺の服の裾を掴んでくる。


 ……ごめん、シアナーラ女王。今の俺ではあたなを守ることができないんだ。

 でも――


「女王、あなたのことは必ず俺が助けます!」


 剣を構えながら鋭い突進で距離を詰めてくるスケルトンナイトを睨み付けながら、俺は頭の中で『ロード』を宣言した。

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