第66話 セビー視点

『ロクサーヌの運命を変えなきゃ!』


 混乱した様子で必死でそう訴えるニーナの話は、普通の人が聞けば荒唐無稽なものに聞こえると思う。でも俺はそれをすべて信じた。


 ニーナは自分の未来を視たことがあるという。

 彼女が筋トレに励んでいるのも、その未来を変えるためらしい。


『たいしたことじゃないんだよ? ただ、ある人の好みから外れたいだけなの』

『鍛えると好みから外れるの?』

『うん。正確には、その人のママに似ないため、かなぁ』


 俺に秘密を教えてくれた日、ニコッと笑ったニーナはゴツいイケオジの父親ではなく、美人の母親似だ。筋トレなんかせずにおとなしく育てば、明るく可愛く、それでいて華奢で守ってあげたい女の子に育つことを俺は知っている・・・・・


(え……? 知っている?)


 瞬間吹き出るように浮かんだ記憶に、思わずゴクリと喉を鳴らした。


(そうだ。俺はニーナの未来を見たことがあるんだ)


 それが何だったかに気付き、彼女が秘密を打ち明けてくれたように自分の秘密を教えようとしていた俺は、寸でのところでそれを思いとどまった。

 

 俺に前世の記憶があることだけなら、ニーナなら半信半疑でも信じてくれそうな気がする。けれど……


(この世界が前世でプレイしたことのあるノベルゲーム――【薔薇の乙女シリーズ】の世界だなんて、嘘だろう?)


 ただの異世界転生だと思っていた。ぶっちゃけありえないと思ったけど、事実だから少しずつ受け入れてきた。

 でもまさかそれが、自分が読んだノベルゲームの世界だなんて思わないだろ?


 このシリーズはミニゲームやイベントはあるものの、物語の選択肢はそれほどない。ゲームでためたポイントで続きを読んでいく、いわば絵の多い小説だった。

 その物語のキャラが目の前にいる。


 混乱したのは一瞬だ。

 でもさ、俺は君の物語を読んだなんて、そんなバカみたいなこと言えるわけないだろ?

 だから打ち明けようと思った秘密の代わりに、俺の話を待つニーナには、『将来理髪師になりたい』と話したんだ。


 正直言えば、それまで考えてもいなかったことだった。けど前世美容師だったことを思い出し、とっさに出たのがそれだったんだ。

 でも口に出した瞬間、これが自分の本音だと気づいた。


『女の人が綺麗になる手伝いをしたいんだよね』


 口にした瞬間、失敗したと思った。

 俺はもともと女顔だ。そのせいで女の子に間違えられる。それが嫌だと常々言ってるくせに笑われるかもしれない。何のために、ニーナと筋トレに励んでいるんだって。


 でも身構えた俺にニーナは、『いいわね!』と大きく笑った。


『とてもいいと思う。素敵!』

『素敵か?』

『うん』


 どうせ俺が女顔だからと不貞腐れそうになると、ニーナは少し考えてからある提案をした。 


『女の人をお客様にするなら、警戒心なく安心してもらえるように、女の人みたいな言葉を使うといいかも。――あ、変な意味じゃないのよ? セビーはかっこいい男の人になるから、男言葉のままだと、女の子はいろんな意味で緊張しちゃうと思うの。でも女言葉だと安心してもらえるんじゃないかなぁって』


 慌てたようにそう言ったニーナが口の中でもごもごと、『カリスマ美容師がそんなこと言ってた気がする』と言ったのを、俺は聞こえなかったふりをした。


(未来視じゃない! ニーナも前世の記憶があるんだ!)


『俺はかっこよくなるの? ニーナはそれを見たの?』


 衝撃を受けながらも二番目に気になったことを尋ねると、彼女はあっさり首を振った。


『ううん、ただの勘。でも絶対当たるよ。セビーはかっこいいもん』

『っ!』


 もともと好ましく思ってた幼馴染に可愛い笑顔で褒められ、あっさり恋に落ちた俺は単純なのだろう。そして恋に落ちた瞬間、彼女の前世の姿がニーナに重なって見えたんだ。


(由華子さん?)


 最初は願望かと思った。

 前世で惚れて惚れて惚れまくった女性の生まれ変わりだなんて、信じるのが怖かったから。でも九分九厘間違いなかった。


 ニーナの前世は、新見由華子という日本人の女性だ。


 俺より七歳年上だった姉の親友。そして俺の憧れの人。

 「薔薇の乙女シリーズ」は彼女が好きだったから、共通の話題を作るために読んだし、イベも積極的に参加したんだ。

 俺のことは結局、子供だと言って全く相手にしてくれなかったけれど。


 ニーナに前世の記憶があるのは間違いない。

 でもそれはすごく偏っていて、自身のことはほぼ覚えていないらしいことが徐々にわかってきた。

 ただゲームの内容は覚えていて、それを未来視だと思っているらしい。


 そんなニーナが(もちろん俺も)、ロクサーヌがシリーズヒロインの一人だと気づかなかったのは、姉の印象があまりにもノベルゲームのキャラと違っていたからだ。


 ロクサーヌは「紅薔薇の乙女と黒の騎士」のヒロインだった。

 学園ものでハッピーエンドがお約束だったほかの作品とは違い、大人の恋を描いた紅薔薇はメリーバッドエンド。


 もう少し早く気づいていれば――。

 そんなすれ違いが多い物語だった。


 物語は卒業から九年後の話になる。

 有名な古い映画【ローマの休日】を、男女逆転させたような物語。


(黒騎士と呼ばれるようになるユーゴもいい男だったけど、紅薔薇のロクサーヌはしっとりとした大人の女って感じで、なんともエロかったんだよな)


 由華子さんが何度も俺に見せてきたスマホの画面を思い出し、こっそり頷く。


 別に露出の多い服を着ているわけではない。ましてや濡れ場でもない。なのに色気漂うスチルのインパクトは絶大だった。


 あの色っぽいロクサーヌと姉が同一人物だなんて。

 そして俺が、そのヒロインの弟だなんて。

 ニーナの話を聞くまでまったく想像もしていなかった。


 物語の中でロクサーヌはフッルムの末の王女の侍女をしていて、久々の休日で継母のもとに遊びに来ていた。

 ユーゴは気の進まない自身の縁談が進むなか、ふらっとお忍びで思い出の地を訪れていた。


 そんな二人はが偶然再会し、一緒に観光を楽しむことになる。ユーゴはかつて好きだったロクサーヌを誘い、一緒に馬に乗ったり秘密を共有することで、互いに惹かれあっていくんだ。


(そりゃそうだよな。好きだった女がめちゃくちゃ綺麗になってるんだ。惹かれるなっていうほうが無理だ。ロクサーヌもあのユーゴの視線を無視できなくて、友情が愛情に変化していくことに苦しんだ)


 ユーゴはロクサーヌがすでに結婚をしていると思い込んでた。

 でも既婚なら男と二人で出かけないだろうと思いつつ、タイミングが合わなくて結局確かめられない。彼女の言う大事な人が、仕えている王女だとは夢にも思わないから。


 一方ロクサーヌはユーゴの正体を知っていた。でもそのせいで、まだ打診段階だったユーゴの結婚を、気の早い新聞記事のせいですでに決まったものと思っていた。

 まだこの時点で気持ちを確かめていれば、問題なく結ばれる二人なのにだ。


 二十七の女が独身のわけがないというユーゴの思い込み。


 サロメに苛め抜かれ、縁談から逃げた先で実の母親の秘密を知り、祖父と和解したことで姓が変わっていたロクサーヌ。


 そんな二人が過ごす二日間は当時の俺から見ても、甘くて楽しくてもどかしくて切ない。


 しかも逢瀬の間でユーゴは、彼女に一か八かの求婚をした。でもロクサーヌは、元婚約者の裏切りを思い出して本気にしなかった。自分が愛される日が来るとは夢にも思っていないから。

 それでも別れる前に、どちらからともなく唇を重ねる二人。

 何事もなかったと言い訳しながら、互いに思い出を大事にする。


 二人が再び顔を合わせるのは翌年。ユーゴの婚姻の儀だ。


 それに参列する王女の付き添いをするロクサーヌ。

 そのころにはユーゴも、様々な偶然からロクサーヌが自国の伯爵家の娘で、まだ独身であることを知っていた。

 でももう、すべてが遅かった。彼の結婚は政略的な意味が大きかったから。


 最後のスチルが、人込みにもかかわらず目が合った二人の表情なんだけど、切なさマックスで評価が高かったらしい。


 その後ロクサーヌは伯父の乳兄弟であるカール・エイファンの後妻になり、それはそれで幸せになるらしいが、やっぱりヒロインはヒーローと結ばれるハッピーエンドが一番だろ?


 ニーナと相談しながら、まずは自己肯定感の低い姉の髪をバッサリ切った。

 優しくておしとやかな姉のことは好きだったけど、弟なのに知らなかったことが多すぎて後悔もしたから、全力でロクサーヌの運命を変えようとするニーナをサポートした。


 バイトもノベルゲームの時のようなホテルの裏方じゃなく、人と接するガイドを勧めたし、ニーナの活躍で階段での再会もうまくいった。逢瀬の間で求婚をしたんじゃないかということは気になったけど、してなくてよかった。

 未来のストーリーを先取りするにしても、すれ違い要素は排除しなきゃいけないからな。


 ユーゴが姉への恋を自覚するのは分かってたけど、ゲームのロクサーヌは卒業記念舞踏会に参加しなくて、彼はその恋を封印した。


(だから二人が一緒に舞踏会に出ただけでも、未来は大きく変わったんだ)


 姉さまもかなり自信を持ってきたし、邪魔なサロメも消えた。ユーゴはちゃんとパートナーになってくれたし、二人の服も小物も申し分ない。

 だからうまくいくと信じたけれど、舞踏会前に念押しは忘れなかった。


『姉さまへ求婚するなら、わたしたちの前でしてね。ユーゴ・に・い・さ・ま』



 そして今、俺たちがみている前で堂々とプロポーズをしたユーゴと、スチルよりもずっとずっと綺麗な笑顔を見せたロクサーヌに、俺の胸もいっぱいになった。


「よかった。よかったよぉ。ロキシー綺麗。セビー、ほんとに天才!」


 ハンカチをぐしゃぐしゃにしたニーナの頭をなでようとして、代わりに新しいハンカチを差し出す。今日は五枚用意したけど足りるかな。


 ロクサーヌの未来が変わったということは、ニーナの未来も変えられるということだ。

 ニーナは王子に恋をしない。

 王子の想い人じゃないかと、思われるようなことにもならない。

 でも由華子さんが好きだったキャラたちを、数々のイベントを、間近で楽しむ学園生活を送るんだ。


 前世では年が離れすぎていると俺を見てくれなかった彼女は、今は同い年だ。

 幼馴染で一番の親友というポジションを守りつつ、絶対に振り向かせるよ。


(今世では絶対彼女を守るんだ)


 不幸な結婚をした末、病であっさり亡くなってしまった由華子さん。俺や姉ちゃんがどれだけ悔やんだか、あなたは知らないでしょう。


(でも、ここであなたに再会できたのは絶対運命だから)


 あなた自身の前世の記憶は思い出さないで。


「ニーナ。姉さまのところに行こう!」

「うんっ!」


 会場が開放されて、食事の用意されている庭まで卒業生が移動するのが見える。

 差し出した俺の手を、ニーナがキュッと握りしめた。


 さあ、運命を変えた二人を祝福しに行こう!


Fin

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婚約破棄された駄作令嬢ですが、バッサリ髪を切ったら本物の王子様に見初められたようです 相内充希 @mituki_aiuchi

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