No.7独りの実力
人に言えない秘密は、誰にでもあるものだと思う。
もちろん、私にもある。
私だって、みんなに言えないような数え切れないほどの秘密を隠しながら、毎日を過ごしている。
きっと、紗雪さんも例外ではない。
「はい、これが私だよ。言わなくても分かったでしょ?」
ドラムの音が消えた楽器庫の中から、まるで何事もなかったかのように落ち着いた様子の紗雪さんが出てきた。
両手にはドラムのスティックが握られており、しかも、器用にくるくると回していた。
「今の演奏って……さゆっちがやったんだよね!?」
「うん、そうだけど」
「めちゃくちゃ上手じゃん!パワフルだし、リズム完璧だし、とにかくすごいよっ!」
「はいはい、うるさいうるさい」
キラキラした目を向けて興奮する世奈ちゃんを軽くあしらう紗雪さん。
そんな様子を見ていた私には、一つの大きな疑問が残っていた。
紗雪さんの演奏は、ドラムのことをよく知らない素人の私でも分かるぐらいかっこいい演奏だった。
だけど、これだけすごい演奏ができるのに、なんでドラムを遠ざけるような言い方をしたんだろ……。
「(聞いて良いのかな…?)」
「……」
「(こ、こんなこと聞けるわけないか…)」
いくら理由が気になるからと言っても、私からこんなことを聞けるわけがない。
私がもしそんなことを聞いたら……考えただけで恐ろしい。
「さゆっちって、元々ドラムやってたの?」
なかなか聞けずにソワソワしているだけの私なんかよりも、に口を開いたのは、世奈ちゃんだった。
「一緒にバンドやってた先輩に教えてもらった」
「ば、バンド…!?」
紗雪さんの「バンド」という言葉に、私は反射的に反応してしまった。
"一緒にバンドやってた"ってことは、紗雪さんもバンド経験者の一人。
あれ?もしかして、この中でバンドやってない人って、私だけなんじゃ……。
「私って、やっぱり場違いなんですかね……」
「ひ、姫ちゃん?急にどうしたの?」
バンド経験者に挟まれた私の頭の中は、何が正しいのか分からなくなっていた。
「確かにバンドはやってたよ。でも、私が入ってたバンドは今はもうないし、みんな解散して、ドラムを教えてくれた先輩たちが今どこで何してるか分かんないよ」
まるで後悔するような言い方をする紗雪さんを、私はじっと見つめていた。
「分かる、分かるよその気持ち。私もあの頃のみんながバンドをやめてから、今何してるのか気になるもん」
「勝手にアンタと一緒にしないで」
「なんでっ!?」
世奈ちゃんのツッコミに無反応な紗雪さん。
「ん?」
すると、急になにか思い出したかのようにピクッと紗雪さんの体が動いた。
「さゆっち?どうかしたの?」
すると、世奈ちゃんの方へと無言で近づいていき、世奈ちゃんのギターを見つめていた。
「これってさ、あやなんのギターの色違いだよね?」
「「えっ!?」」
世奈ちゃんと私の驚く声が奇跡的にハモった。
「知ってるの!?あの『universe』を!?」
「うん、先輩が好きだったから」
「私たち以外にも知ってる人いたんだ!姫ちゃん良かったね!仲間増えたよ!」
「意外と…知ってる人いるんですね」
「ふーん、二人も知ってるんだ」
「もちろん知ってるよ!『universe』と言ったら、私の昔からの憧れだし、あと、私と姫ちゃんが仲良くなるきっかけだからね!」
世奈ちゃんの言葉に、私は大きく頷く。
『universe』の存在は、私と世奈ちゃんにとって大きくて大切なものだから。
「ふーん、そうなんだ。てことは、まさかアンタたちも『universe』に憧れてバンドをやり始めたの?」
「まぁ、そうだね。姫ちゃんはそうでしょ?」
「はい、紗雪さんの言う通りです……ん?」
私はふと違和感に気づいた。
「アンタたち"も"ってことは……紗雪さんもそうなんですか?」
もし、私の思っていることが正しいのであれば、紗雪さんも私たちと同じように『universe』に憧れを持ってて、バンドをやりたいという思いを持っているはず。
「……まぁ」
でも、返ってきたのは思ってた反応と違っていた。
私はてっきり寝袋の話をしたときのような高いテンションで返ってくると思っていた。
だけど、実際に返ってきた反応は、少し寂しそうであまり元気がなかった。
「あの…何かあったんですか?」
「いや、別に」
すると、紗雪さんの雰囲気が一変した。
「あと、私から一つだけアンタたちに言うことがあったのを思い出した」
すると、紗雪さんは持っていたドラムのスティックをピアノの上にそっと置くと、また私たちに顔を向けた。
「私のことを、アンタたちのバンドに誘おうと思ってるのなら、諦めて」
「……え?」
「な、なんで?」
「私がバンドをやめたときから、もう二度とバンドなんかやらないって決めてるの。悪いけど、私にバンドの話なんかしないで」
突然言われたことに、私も世奈ちゃんも驚きを隠せず、ただ紗雪さんの言葉を聞くことしかできなかった。
あんなドラム演奏をした紗雪さんからそんなことを言われるとは、全く思ってなかったからだ。
「さ、さゆっち…?」
「あと、その呼び方もやめて」
「なんか私だけ扱いひどくないっ!?」
世奈ちゃんに対する紗雪さんの扱いはアレだけど、それよりも私は紗雪さんのことが気になって仕方がなかった。
「それじゃ、私は帰るから。明日からはもう邪魔しないで。分かった?姫乃」
「あ…はい…」
床に置いてある寝袋を拾い上げると、「それじゃ」と言って紗雪さんは出て行ってしまった。
名前を呼ばれてつい返事をしてしまったけど、私の心の中には大きなモヤが残っていた。
でも、去り際に言った私の名前には、きっと何か意味がある気がする。
「さゆっち、どうしちゃったんだろ?」
「分からないですけど……きっと、何か隠していると思いますよ…多分ですが……」
「やっぱりそう思うよね?なんか、バンドの話を始めたところからさゆっちの様子がどんどんおかしくなったし……」
「なら、紗雪さんが所属していたバンドで何かあったんじゃないですかね…?」
「そうそう。私もそうだと思ったよ」
私の想像の話になってしまうけど、あの紗雪さんの様子からして、きっと紗雪さんにとってなにか不都合なこと、もしくは事件が起きたことには間違いないと思う。
「うーん……でもさ、いくら私たちが悩んだとしても、さゆっちのこと分かるわけないよね」
「そうですよね……でも、紗雪さんのドラムは…ほんとにすごかったです」
心のどこかで、私は紗雪さんがバンドに入ってくれるものだと勝手に思っていた。
ちょっと怖いときもあるけど、紗雪さんは真面目で悪い人じゃない。
だからこそ、ドラムのような心強い存在になってくれると思っていたのに……。
「よしっ!分かんないなら私たちだけでさゆっちのこと調べちゃおうよ!」
「ですが……ふぇっ!?せ、せなちゃん…?」
すると、急に世奈ちゃんは私の頬をぎゅっとつまんできた。
「なに〜?その顔は〜?姫ちゃんがそんな悲しい顔してると私まで元気なくなっちゃうんだよ?」
「で、でも……」
「さゆっちのこと諦められないんでしょ?私も同じだよ!」
その言葉を聞いた途端、私はハッとした。
あんなことを言われて、もう諦めるしかないと思っていた私を真っ直ぐ見つめる世奈ちゃんの目は、すごいやる気に満ち溢れていた。
「せっかく有力なメンバー候補を見つけたのに、黙って諦めるなんて、私は嫌だよ!」
「私だって諦めたくはないですけど……どうふれば……」
でも、今の紗雪さんに簡単に近づける気がしない。
「ならさ、さゆっちの邪魔せずに私たちで勝手に調べちゃえば良いって話じゃない?」
「まぁ…たしかに、邪魔さえしなければ紗雪さんを困らせることもないですし、良いかもしれませんけど…あ、あの…そろそろ手を……」
世奈ちゃんの考えはとても良いかもしれないけど、そろそろ手を離して欲しいかな。
あんまり頬をつままれると伸びちゃう気がする。
「さゆっちには悪いけど、あんな演奏を聞かせてもらった以上、簡単には諦められない」
「えっと……せなちゃん…?」
「だから!何としてでも!さゆっちをバンドに誘う!そして、一緒に演奏したい!」
「そ、そろそろ離してぇ…!」
だけど、私の願いは世奈ちゃんの熱い思いにかき消されてしまった。
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