第12話

 「その後わしは、その女性が同盟軍の参謀になった事を知った。わしはその女性に少しでも近づきたくて、軍人になった。じゃがその人は、遠い遠い雲の上の人じゃった。わしは二度とその人には会えず、戦争は終わった」

 「ユウ様を連れて行こうとした人って、一体誰だったの?」

 幼い頃の自分を思わせる少年が、好奇心一杯の顔で尋ねる。

 老人は思い出したようにパイプ煙草を銜え、ふっと一息吐いた。


 「さあ、今でも分からん。じゃがわしは、こう信じておる。あれはきっと、サラ女王とインシャ将軍じゃったと・・・。サラ女王達は、ユウ様を直接説得する為に、危険を承知で追っていたんじゃろう。サラ女王は男装の名人でな、様々な名前を持っておったんじゃよ」


 サラ女王が男装して、同盟軍の将として戦っていたのは有名な話だ。

 ダンドリア国王、ロイヤに仕えていた英雄が、実はオスリアのサラ王女だったと知った時の民の驚きは、それはもう大変なものだった。

 統一戦争が終結したその日、サラは崩御されたロイヤ王の遺言通り、統一された国の女王となった。そして、女王として彼女が告げた最初の言葉が、

 『今ここに、貴族制度の廃止を宣言する。これからこの国は、民によって治められる国となるだろう。私は王位を返上し、国を治める権利は民の選んだ者に譲る』

 と言うものだった。

 民は言葉通り、新しい王としてサラを選んだ。


 新しい世の始まり。それを現実にしたのは、サラ女王と統一戦争の英雄達だ。

 しかし後に、サラ女王は人々にこう告げている。

 全ての仕掛け人は、たった一人の女性だったのだと。


 ラ=ス=ユウは、ラクレス信者達に神の御子と信じられていた守人と、カライマ国第三王女との間に生まれた娘だった。

 清らかな者という意味の、ラを頭に頂く者。

 だが、彼女の人生は、名とは裏腹に運命に翻弄され続けた激動の人生だった。

 彼女は何時も、神に祈りを捧げる為の静かな日々を望んでいた。が、守人と王家の血が平穏な暮らしを彼女に許さなかった。


 人々はユウに神を求め、王家の血筋を求め、知恵を求む。そして何時も、そんな人々が彼女を、静かな暮らしから血みどろの世界へと引きずりだしてしまう。

 やがてユウは、戦いの中で一つの事を望むようになった。


 特別というもののない、平等な世界だ。


 貴族制度の廃止、大陸における民主主義の確立、王を決める国民投票制、それらの基盤を整えたのは、ユウと彼女の考えに賛同した多くの若者達だった。

 彼らはみな、貴族も平民も、その身分を越えてユウの考えに傾倒していた。

 サラ女王も、ダンドリア国のロイヤ王も、その中の一人だったのだと言う。


 ス=ユウが頻繁に人々の口にのぼるようになったのは、統一戦争が終わって十年も過ぎてからだった。ラクレスの化身と言われ、サラ女王と並ぶ程の英雄になったのはそれからだ。

 しかしその時には、既にユウはソニール大陸にはいなかった。

 彼女は新しき国アルダスを、豊かな発想を持つ若い者達に託し、まるで風のように消え去ってしまったのだと言う。

 その後は、誰にも分からない。


 ただ、幾つかの噂だけが残った。


 尚も戦乱が続く地へ赴いて、そこで活躍していたという話や、ファーメットが起こった地で、死者を弔う為に祈り続けていたという話や、また影のようにユウに連れ添っていた、リオ=チャクラという人物と幸せに暮らしていたと言う話も・・・・。


 中には、やはりユウはラクレスの化身で、大地での役目が終わると、本当のラーザが待つ天に帰ったのだというものまであった。

 ・・・が、それは全て噂話の域を出てはいない。


 「すごーい」

 孫娘が、目を輝かして喜ぶ。

 老人はそんな孫達を見つめながら、これで自分は幸せだったのだと思った。

 ユウの事は、思いでの中に大切に仕舞ってある。

 歴史に残る程の女性が初恋の人だったのだ、思い出としては最高ではないか・・・・。

 パイプ煙草を燻らせながら、老人は何時までも何時までも、日が沈むまで暮れる夕日を眺め続けていた。



                  END

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夕暮れの人 しょうりん @shyorin

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