第4話 新世界より

 うちの団地では朝の十時と夜の十九時にチャイムが鳴る。何かの曲らしいが、この度市長が変わり、ドヴォルザークの新世界よりに変わった。


 そうは言っても不気味なのは間違いない。子どもたちが帰ることを急ぐようにという意図があるらしい。そんなので税金を使うなよ。


 不気味なのはそれだけではない。うちの団地は基本は鍵付きの格子こうしの部屋にいれていれば、ごみをいつでも出せる。もっとも生ごみは歓迎されないので本当に自由ではない。


 五番地というのが僕の住む区画だ。五番地のゴミステーションには一週間前から集積不可しゅうせきふかのゴミがある。ゴミではなく、日本人形なのだが、それがかなりぞわぞわする。

 一体ではないのだ。その数見えるだけでも十を超えている。しかも人形の額には人間の名前が書かれていた。



 夕暮れだと一層引き込まれそうだ。だから、このステーションを通る時にはステーションから目をそむける。きっと意味は無いだろうけど。


「ただいま」


「今日は早いわね」


「部活が会議で」


「そう。今日はお父さんリクエストの唐揚からあげよ」

 母さんはテキパキと準備をすすめている。


「えー、昼唐揚げだよ」


「いいじゃない、唐揚げ天国で」


「あの、ステーションの人形」


「それがどうしたの?」


「いつまであるんだろうね」


「そのうち回収されるわよ」

 勉強するというと、明日は台風たいふうかしらと言われた。


 明日から台風が上陸する。

 暴風警報で休みになった。ラッキーと思えたが、同時にあの人形は大丈夫か心配になった。


 見に行くと人形は無くなっており、あった気配すらなかった。

 暴風の中、持って行ってくれたことがありがたい。


「人形、無くなっていた」


「良かったわね。回覧板、上の越谷こしたにさんに」

 越谷さんは介護ヘルパーをしている五十歳くらいの女性だ。

 インターフォンを鳴らしたはずなのに反応が無い。そもそも気配がしない。


「越谷さん、いなかったよ」


「当然じゃない、昨日引っ越しったんだから」

 は? 母親は変なことを言っている。


「じゃ、回覧板」


「隣の山下さんよ」

 いない。


「下の階の田中さん」

 いない。


「一階の田辺さん」

 いない。


「回覧板。変ね、みんな引っ越したのね。なんでうちに回覧板があるのかしら、明日管理事務所に行ってくるわね」


「僕が行ってくるよ」

 管理事務所が空いているとは思えなかったが、確認したいことがあった。あったやっぱりだ。

 

 越谷、山下、田中、田辺。そう頭に貼られた人形が鎮座していた。


「あんたも人形になりたいのかい?」

 小さなおばあさんが後ろからぬっと現れた。


「なりたくないです」


「やっと三割だ」


「え?」


「やりがいがある」

 おばあさんの気配がすっと消えた。そうだ、なんでこんなところで油を売っているんだろ。管理事務所に行かないと。


 管理事務所に行くと、僕の住んでいる五番地にはちゃんと住民は住んでいると事務員は言っていた。

 個々の住民のことを尋ねると口調が怪しくなり、「あれ、おかしいな。やっぱりいや」と、言いだし帳簿ちょうぼを持って来た。


「変だけど、帳簿上では昨日、五番地の磯部さん以外、みんな転出していますね」


「みんな?」


「鍵が返っていないから荷物はそのままかもしれない。回覧板かいらんばんの話ですよね」


「はい」


「五番地ではもう回覧板は使いません。代わりにお知らせは直接、投函とうかんに行きます」



 どうなっているんだ。いや、何がどうなっているのか。我が家以外は引っ越しをした。それだけでいいじゃないか、うちは快適で取り壊しの予定もないみたいだ。ソワソワして落ち着かない。


 はたと気づいた。これから仲間と一緒に過ごすのだ。


 越谷さんは少し太かったな、山下夫妻は少し細身で、他は中学生の息子さんもいたけど見なかったな。


「帰ってきたかい。どうだい、人形になる覚悟はついたかい」

 あの気持ち悪いおばあさんだ。何が人形だ馬鹿らしい、こいつは精神的に病んでいるのだろう。だからこういう矛盾が生まれる。


「今日はチキン南蛮なんばんらしいので、帰ります」

 家に帰るとかけっぱなしの油のフライパン、危ないなと思って火を切った。父さんもいない。


 インターフォンが鳴った。はい、と出ると。


「さぁ、みんなで家族になろう」

 と、おばあさんの声がした。そうか、とうとう仲間になるんだ。


 僕は玄関を開けた。

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怪奇四話 ハナビシトモエ @sikasann

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