第194話 熊人族の村への旅程

 コウは仲間達と一緒に、緩衝地帯を北上していた。


 エルダーロックの街から緩衝地帯の専用路を進んでボウビン子爵領に入ったら王都へ、というのがいつものコウ達一行の進路であるが、今回はそのまま、領地に入らず、さらに北上している。


 目的は熊人族の村だからだ。


 熊人族の村は、バルバロス王国の西の緩衝地帯となっている南北に連なるアイダーノ山脈の麓にある。


 エルダーロックの街が、バルバロス王国南西部の辺境に位置するのと違って、熊人族の村は西部の辺境といったところである。


 エルダーロックの街からそのまま北上すると一週間程度の距離だが、それはあくまで剣歯虎のベルとヤカー・スーに騎乗しての話であった。


 通常の馬車であったら、道なき道を進むことになるので、倍近くかかるだろう距離である。


 その足場の悪い険しい大地をベルとヤカー・スーは難なく進んでいた。


「ここまで緩衝地帯を進むのは初めてだけど、物騒なところも多いね」


 コウは、四日目辺りで遭遇した山賊や盗賊のことを暗に示していた。


 ちなみにその山賊や盗賊は徒歩の者が多かったので、追いつかれる前に引き離してしまったのであったが……。


「やっぱり、緩衝地帯は犯罪者が逃げ込むところになっているというのが、普通みたいね」


 ダークエルフのララノアが、嘆息する。


「エルダーロックみたいな土地が珍しいのよ。元々人が住むには適さない荒れ地だったわけだし。そんなところに好き好んで住む人はいないもの」


 街長の娘カイナが、フォローするように言う。


「ヘレネス連邦王国側の緩衝地帯も犯罪者が集落を作ることはあるみたいですが、その生活の維持は国境を越えて略奪することで成り立っているようですワン」


 コボルトのレトリーが、コボルトの村が収集した情報の一部を披露した。


「この辺りの山賊や盗賊もそんな連中だろうね。ヨースから貰った賞金首リストも緩衝地帯に縄張りを置く連中が多かったから。帰りにまた遭遇するようだったら退治する?」


 コウは追いかけてきた山賊達の様子から見るに、大した連中ではないのはわかっていたのでそう提案する。


「そうね。今回かかる旅費を取り戻すのに丁度良いかも」


 しっかり者のカイナが、今回かかるであろう旅費を頭で計算するとそう告げた。


「ふふふっ。今回は移動と野宿だけだからほとんど旅費かかっていないじゃない」


 ララノアは、カイナの言葉が面白かったのかツッコミを入れる。


「でも、タダではないでしょ? それに、賞金首を退治すれば、その分、エルダーロックの評判が上がるわけだし、一度で二度おいしいわよ?」


 カイナはいたって真面目な顔でララノアに答えた。


 カイナの言う通り、緩衝地帯の賊の討伐というのは、領境で被害を受けている村やその領主である貴族からも喜ばれるのだ。


 当然ながら、それらの賊討伐には費用が掛かるし、必ず退治出来るかというと、そうでもない。


 緩衝地帯はアイダーノ山脈が連なっているということで険しく入り組んでおり、そんなところに逃げ込まれると、土地勘のない討伐隊は深追いできないからだ。


 だから、そんなところの賊を進んで退治してくれると、賞金を支払うだけで済むので感謝されるのである。


 実際、エルダーロックの街は、緩衝地帯にあるということで、賊の類も専用路が通るところまで遠征してきて旅人を狙うことがあった。


 しかし、専用路一帯はエルダーロックの警備対象範囲であるから、すぐに対応して討伐することも度々あったのである。


 その度に、賞金を貰い、近隣の貴族からは喜ばれていたので、辺境貴族にエルダーロックの評判は悪くないのであった。


「はははっ、そうそう。そういうことで、帰りはそういうことにしようか」


 コウもカイナの意見に賛同する。


 コボルトのレトリーは英雄コウがそう言うのなら、反論するつもりはなかったので、すぐに承諾した。


 ララノアも友人のコウが言うのなら反論するつもりはないようである。


 こうして、熊人族の村の近くまで、危険なことも起きず、到着することが出来たのであった。


 ちなみに村の近くだとわかったのは、道らしきものが整備されていたからだ。


 整備といっても、石ころが取り除かれ、馬車が通る轍が出来ていたぐらいであったが、ないよりはマシという感じである。


「もしかして、うちのマネをしているのかな?」


 コウがその道? を進みながら、みんなにそう聞く。


「どうかしら? エルダーロックの専用路はしっかりした石畳で馬車の轍が出来る前に張り替え整備するから、それと比べるのは可哀そうよ?」


 ララノアがその差を指摘する。


「でも、熊人族はうちの街まで来て専用路も見ているから、マネしようとした可能性はあるかもね」


 カイナは冷静に言う。


「しっかりした道がないと、村を作っても不便だから当然か」


 コウがそう答えていると、丁度、熊人族の村の方からやってきたと思われる兎人族の一団に遭遇した。


 馬車二台に荷物を満載し、御者以外は徒歩の二十人近い集団だ。


 見た様子では旅の途中という印象だったので、熊人族の村では住むことを拒否されたのだろうか?


「なんて奴らだ。あんな村、こっちからお断りだぜ」


 先頭を歩く兎人族の男性が、仲間にそう愚痴を漏らす。


 それが気になったコウは、止まってその一団に会釈する。


 先頭の兎人族はコウ達に気づいて、会釈をし、


「あんたらも、もしかして旅人か? この先には熊人族の村しかないぞ。行くつもりなら止めておけ。あいつら、俺達移住者からお金を搾り取ることしか考えていないぞ」


 とコウ達に警告した。


「それはどういうことですか?」


 コウは、興味を持って聞き返す。


「俺達は平等な扱いをされるそんな場所と噂を聞いてここまで来たが、とんでもないところだったよ。到着して村の手前の検問所でまず、通行料を取られる。それを払って村に入ろうとすると、次は荷物検査だ。それで金目の物をどのくらい持っているか調べられる。そして、多額な移住税というものを要求されのさ。これが酷い。あまりに高額だから俺達が出し渋っていると、荷物検査の手数料も支払えって言われてな。それで、揉めると熊人族の警備隊と名乗る連中が、出てきて脅すのさ。『ここでお前らを賊として討伐することも可能だぞ。それが嫌なら、黙って支払え』ってな。これで、噂は嘘だったとわかり、手数料だけを払って引き返してきたというわけだ」


「それは酷いですね……」


「こっちは、あの村を当てにして元いた場所から逃げてきたのに、とんだ災難だよ……。きっとうちと同じように、行く当てがここしかなく多額の移住税を支払って村に入った連中もいるのだろうが、俺はみんなの代表としてあんなところは当てにできないと判断したよ……。と言っても、この後行く当てがないんだがな……」


 兎人族の代表の男は、歩き疲れている仲間を見渡しながら、溜息を吐く。


「……それなら、エルダーロックの街に行ってみてはどうですか?」


 コウは兎人族の人々がかわいそうになり、そう助言する。


「エルダーロックの街、……か。噂しか知らないが、あそこの評判はかなり悪いんだよ。ここと同じように、弱みに付け込んでくるらしいぞ。なんでもドワーフと大鼠族が絶対で、あとの連中は奴隷みたいな扱いをされるとか……」


 兎人族の男は、絶望的な表情で、そう漏らす。


「それは嘘ですよ。エルダーロックの街は確かにドワーフによって作られましたが、他種族が自由に暮らせる良いところです。熊人族はそこで好き勝手やろうとして拒否されましたけど」


 コウは、酷い噂を信じる兎人族の人々に事実を伝えた。


「そうなのか……? 確かにこっちの村の良い噂は真っ赤な嘘だったしな……。──みんな! これからエルダーロックの街に行ってみたいと思うのだが、いいか?」


 代表者の兎人族は、コウの言葉に藁にも縋る思いで、仲間と協議をする。


「あ、それと、ここから緩衝地帯をそのまま南下するのは避けてください。僕達も遭遇しましたが、山賊や盗賊が徘徊しているので」


 コウは話し合いをする兎人族の人々に、さらに助言をした。


「そうなのか!? ……わかった。貴重な情報をありがとう。──みんなも聞いたな? 一度、バルバロス王国内に戻って南下するぞ! ──俺はラビという。ここで君らに会えて良かったよ。本当にありがとう」


 ラビはそう感謝の言葉を告げると、コウと握手を交わし、バルバロス王国へと引き返していくのであった。


「……熊人族の村か……。みんな貴重品は僕が全て魔法収納に預かるよ。そうすれば荷物検査の時に、足元を見られないと思うから」


 コウはそう言うとララノアやカイナ、レトリーの貴重な装備品やお金の一部を預かり、ヤカー・スーはベルと共に、途中の森に待機させることにするのであった。

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転生!底辺ドワーフの下剋上~半人前だった少年が小さな英雄と呼ばれ、多種族国家を建国するまでの物語~ 西の果てのぺろ。 @nisinohatenopero

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