第14話 【悲報】配信者レイナ、企業案件でおみまいしてしまう①
「玲奈、ちょっといいか?」
「んー? どしたの伊達ちゃん。打ち合わせ?」
「案件の事でちょっとな。上いこう」
「りょ。あーでもそろそろランチとか思ってたんだけど」
「んじゃ適当になんか作るわ」
「えへへ、やったっ」
限りなく昼に近い午前中。
武蔵野市にあるDF社のオフィスで動画の編集をしていたレイナに伊達が声をかけた。
最近は自分で動画を撮影しては編集作業をしてスキルアップに余念がない彼女だったが、案件となれば途端に玲奈からレイナへのスイッチが入る。
上、とは伊達の住む最上階の向かいの部屋の事だ。
彼のプライベートジムやスタジオがあるあの場所。
そんな感じで二人はエレベーターで上に向かった。
「レトルトって言ってもバカにできないねコレ」
「だなあ。最近はご当地系のレトルトカレーにハマっててな。悪くないんだコレが」
打ち合わせの前に二人は食事を始めた。
ライスだけは炊いてあったらしく、そこにレトルトカレーをかけて食べる。
ただレイナと伊達はそれぞれ別の奴に挑戦し、どっちも千円近くする物だ。
レイナの方は福岡のトンコツベースのカレーで、伊達のは北海道の甘エビをペーストにしたカレーだとか。
二人は満足気に舌鼓を打った。
そして食後、コーヒーブレイクと洒落込んでいたが――――
「それで、どんな案件が来てるの?」
「うーん……」
案件、いわゆる企業案件と言うのは、企業のマーケティングの一環として、知名度や影響力の高いインフルエンサーに宣伝を依頼する事で、配信者としては歓迎すべき仕事だ。
そして当然、影響力の規模に応じて依頼料も跳ね上がる。
レイナの場合はチャンネル登録者数が現在1200万人ほどだが、国内の割合が900万人なので、下手な芸能人よりも高い広告宣伝効果を見込んでいるため、単価も最上位だろう。
なのに伊達の歯切れが悪い。
「面倒な内容なの?」
「いや案件自体は悪くないし、玲奈のプロデューサーとしての目で見れば大歓迎だよ。クライアントは農業協同組合。まあいわゆる農協だな。内容はここ数年、農業の質が変わったが、それ関連のPR活動だな。彼らが焦っているのは、魔石肥料の台頭なんだよ」
「魔石肥料?」
うん、と頷き伊達がざっくりと説明する。
魔石肥料とは、ダンジョン産の魔石を燃料に加工する際に出てしまうクズを粉末にした物を肥料の成分と混合したものだ。
エネルギーを生み出す魔力の結晶が魔石だが、従来の化学肥料と合成する事で、化学肥料のネガティブな部分をオミットする効果が見つかった。
加えて魔石が持つエネルギーそのものが植物を活性化する事も判明。
結果、短期間の成長を促す事で、年間を通した収穫量が倍加した。
これだけなら歓迎すべき話だろう。
日本の食料自給率は2000年以降、下降曲線を描き、輸入に頼る面が増していった。
その事を思えば、収穫量が劇的に増えることは朗報なのだ間違いなく。
ただし、現実的な別の問題が浮き彫りになった。
それが農業従事者の減少だ。
少子高齢化も加速し、猶更その問題は
「つまりは農業をする人を増やす為の宣伝?」
「まあそうだな。彼らがアピりたいのは、農業は稼げるという部分。一般的な職業に従事する人がいないと世の中は回らない。社会に占めるワーカーの割合がこれ以上増え過ぎると、多分どこの国も機能不全を起こすんじゃないかな? 多分今のバランスが絶妙なんだよな」
現在の日本社会を見れば、一般職業に就くのが成人した大人のおおよそ8割。
ワーカーは1割未満だ。
とは言ってもだ、少子高齢化の影響もあって、いわゆる第一次産業への就労率は割と危険水域と言えるレベルだ。
そこで農協はレイナ達インフルエンサーを使い、その辺の誤解をまずは解消したいと考えた様だ。
まず前提として、労働力不足は既に解消されている。
それは魔法技術の副産物だが、ゴーレムを使役する魔法があるのだ。
とある農機具メーカーが農業に最適化したロボット部分を開発し、そこに必要なアルゴリズムを与えたAIを搭載。
ここにゴーレム使役の魔法陣を刻む事で、実際の人間が労働せずともに済む。
問題はこれを管理する人間がいないといけないという事。
術式を維持するためには、誰かがハンドラーとして魔力のパスを繋ぐ必要がある。
そして魔力とは万能ではなく、不可視であるがそこに在る物であり、距離が離れすぎれば当然意味がない。
けどこれらがクリアできるなら、初期の設備投資は農協と国が補助金を出すので、極端な話、身元が確かなら自己資金ゼロで始められる。
そして収益は約束された勝利間違いなし。
ただその為に、魔力を扱えること、つまりワーカーのNランクにならないと駄目という事。
これが興味はあっても踏み出せなかったハードルになっている。
そこでレイナというダンジョンワーカーを広告塔にするのは実に理に適っているとも言えるだろう。
「理屈は分かったけどさ。何が駄目なのかよくわかんないんだけど?」
「うーん、まあそうだな。じゃあ玲奈は受ける方向でいいんだな? 要は新人クラスの勧誘動画みたいなモンだが」
「全然いいよ。ぶっちゃけ少し長めの休養取りたかったから、Dアタックしないで普通の配信者みたいな活動でお茶を濁したいってのはあったし?」
「わかった。じゃ俺の方で企画は纏めておくよ。詳しい事はある程度話が確定した段階で共有する。んじゃ俺はケツがあるから行くわ。お疲れ様、玲奈」
「うんっ。おねがいね? あたしも作業あるし」
そんな感じで伊達は先に部屋を後にした。
レイナはまだ暫くいるようで、コーヒーを沸かし始める。
さてレイナの休養の件は、別に何かあったという訳ではない。
例の蔵王連山のダンジョンだが、結局はティアー3クラスに上方修正された。
つまり中野Dほどではないが、東京YDに匹敵する危険なダンジョンという事。
これをレイナは自身の研鑽の為に使った。
例の生配信とは関係なく、伊達に主導権を渡し、采配を取らせながら彼女はその下で戦った。
結局水岡氏も含めて有志が日替わりで参加し、D自体は地下100層まで攻略が進んだ。
そこにダンジョン協会の職員が適当な階層に転移の為の結界を施したりなど、一般公開できるところまで持って行った。
そうしてレイナはエレメンタルナイトのスキルや魔法の習熟に成功した訳だ。
ただしAランクが帯同しないと無理な難易度を100層まで付き合ったレイナは、流石に精神的に疲れたらしい。
あくまでも伊達の庇護の中で戦ったにせよ、油断すれば危険なモンスターの群れと対峙しているのだ。
ゲームならパワーレベリングの一言で済むが、これが現実となれば手の込んだ自殺と紙一重とも言えるだろう。
なんにせよ、レイナがリフレッシュのために暫く地上にいたいと言うのは伊達も理解している話であった。
「農業かー。いっそあたしも畑をやって……だ、伊達もいっしょに……はっ!? 今何考えてたあたし!? うーわきっしょ、あたしきっしょ……と、トレーニングしようっと!」
突然始まった妄想に盛大に赤面したレイナは、おもいっきり自分の頬を張るとジムの方に消えていった。
忘れられがちだが、これでも一応年頃の乙女である事は留意すべきだろう。
◆■◇■◆
「ねえ伊達」
『なんですかレイナさん。もう配信は始まってますよぉ?』
「いや……分かってるけどさぁ……どうしてあたし、こんな場所にいるのかなって。お前フル装備で来いって言ったよね? だから着て来てたよ? エレメンタルナイト用で新しく仕立てた鎧と桜色のローブ。かっこよくね? けどどうしてあたし、こんな荒れ地に突っ立ってるわけ?!」
『(笑)』
「笑ってんなしっ! お前……またやっただろ!?」
それほどに酷い絵面である。
彼女が立っているのはかなりの広さのある荒野。
そしてその周囲は山林に囲まれている。
レイナの背丈はありそうなボーボーの茂みだらけだ。
彼女は今朝、伊達Dにより「例の案件の配信をしますよぉ」とだけ告げられ、言われるままフル装備になった。
そして伊達の転移魔法でここに来た訳だ。
最近はお馴染みになった配信中の読み上げは伊達Dにより切られているので、彼から言われるまで、彼女は配信がスタートしていた事すら知らない。
ただし、何か担がれたというのは理解できたらしい。
:いや草
:初手安定の騙し
:迫真の表情は草を禁じ得ない
:つかマジでここどこ?
:何かしらの企画をやるとは聞いてたが
:何かしらってなんだよ
:何かしらは何かしらだろっ!
:草
コメント欄も混乱している様だ。
つまり理解しているのは伊達Dのみという事。
『さてでは企画をご説明しましょうか』
そんなノリで伊達Dによる企画説明が開始された。
まずは農協からの案件である事。
食料自給率が上げられる可能性があるのに、農業従事者が少ない事。
実際は自己資金ゼロで始められる、約束された高収入である事。
ただし現在住んでいる場所から田舎に引越す必要がある事と、Nクラスワーカーになる為に、ダンジョン協会の講習が必須である事。
そう言った前提条件をまずは開示した。
:なるほど
:え、それマジ? ニート脱却できるなら歓迎なんだけど
:↑がんばれよ
:いや俺じゃなくてうちの息子・・・・
:・・・・涙拭けよ
:急に闇ぶっこむのはNG
『そんな訳で、ですねえ。レイナさんに皆さんにこの事を認知してもらう為に啓もう活動をしてほしいというオファーなんですよ。やはりワーカーとしての能力は高いレイナさんですし、彼女が分かりやすく行動で示す事でハードルが下げられる、そう言う意味で彼女に白羽の矢が立ったわけです』
「はぇー……」
:お前のことやぞwwwww
:他人事で草
:レイナちょっと飽きてるやんwwwwちゃんとしろwww
:はぇ~じゃねえからw
:伊達Dの口調がいつになく真面目・・・妙だな?
:あっ(察し)
:お前の様な勘のいいガキは嫌いだよ
:あーなるほどねえ、どうりでねえ!
リスナー達の期待値が増す(レイナにコメントは見えていない)
そして伊達Dの声が響いた。
『レイナさん、やりましょう』
「…………えっ?」
『日本の未来の為に、若手ナンバーワンワーカーのレイナさんがやるんですよぉ!』
「あ、えっと、うん? 分かったわ、やってやろうじゃない!」
『それでこそお嬢様です……』
「お、お嬢様っ!? ……ふふん、みんなの為に見本を示す、このあたしにピッタリよね。でしょう? 伊達」
『イエスマイロード……』
:wwwwwwwwwww
:何この茶番wwwww
;あーあレイナ自ら期待値上げてってるwwww
:この後に待ってるカタルシスよ
:伊達Dノリノリで草
:飽くまで執事みたいな口調しやがってwww
そしてカメラがレイナの顔にパンされた。
『はい、という訳でレイナさんにはこれから農業従事の為にワーカーとなる皆様にアピールをしてもらいます』
「ええ、分かったわ。で、何をするの?」
『それはですねえ、頑張ってお仕事をした果てに、その仕事を頑張ったからこそ得られる悦び、それをレイナさんに味わってもらいます。例えばワーカーの貴女ならば、この前のヒュドラを討伐しました。つまりそれだけの経験を積んだからこそ、あの強敵に勝てた、そう言うドラマが生まれますよね。どうでしたか? レイナさん。ヒュドラを倒した瞬間の事は!』
「ええ、あれは確かに今のあたしには強敵だった……けれどあんた達のフォローがあったにせよ、あたしは自分の成長を感じられたわ。ええ、そうよ、凄い達成感だったわね……」
『そう言う事です。これはワーカーだけじゃなく、どんな職業でも同じことが言えます。ですから貴女には農業においての達成感を味わってもらいましょう』
「ほほう、具体的には何をするの?」
『それは料理です。ここでリスナーの皆様に補足しますと、レイナさんは普段ウーパールーパーみたいな顔してますが料理は上手なんですよぉこれをね、皆さんに披露していただきたい』
「なるほど、料理ね、それなら任せてっ! ……ん? ウーパールーパーってなに?」
:急にぶっこんでくるのやめろwww
:ウーパールーパーwwwwww
:ウーパールーパー 別名メキシコサンショウウオ アホロートルとも呼ばれる
:薄っすらピンク色してた気がするwwww
:なるほどアホ面しているって言いたいのか
:wwww
「まあいいわ。料理ね、やるわよ。けど伊達、案件で料理とか言うなら現地の農家の人とか、JAの人とかがいて、野外キッチンみたいなセットとかあるもんじゃないの?」
『何を言ってるんですかレイナさん。当たり前じゃあないですかぁ。後ろ見てくださいよ。こんな場所でやる訳じゃなじゃないですかぁ(笑)』
「そ、そうよね? じゃ、じゃじゃじゃあ、どうするのよっ!?」
『だからさっきから言ってるじゃないですかぁ。農業従事者がやがて得られる悦びをレイナさんにも体験していただくと』
そこでようやくレイナの顔に変化が。
具体的には凄い勢いで目が泳ぎ出した。
伊達Dのニヤニヤ、その意味がここに来て漸く点と線が繋がったというところか。
「待って伊達、まずは落ち着こう? ね? あたしは料理を作って周りのエキストラがウマーって言えばいいじゃん?」
『何を言ってるんですかレイナさん。僕ぁ貴女がそんなことを考えるなんて悲しいですよぉ。違いますよね、レイナさんはいつだってチャレンジャーだった筈です。その貴女が一生懸命足掻く姿を見て、ファンの皆様は推してるんですっ!』
:当たり前だよなあ?
:正論
:そう俺たちは頑張るレイナが見たいんだ!(愉悦)
:ド畜生だらけのインターネッツやめろ
そして伊達Dはたっぷりと溜めを作った上でこう言った。
『レイナさん、野菜作りましょうか。ここの土地全部使っていいそうです。さあ画面の向こうの皆さん、レイナさんがねぇ、立派な畑を作りますよぉ! 収穫した暁には、レイナさんご自慢のね、料理の腕を披露してもらいますからねぇ。いやぁ楽しみだなぁ! ええ、ええ、僕ぁそう思いますねっ』
福島県南部の僻地に、レイナの絶叫が響き渡った。
悲しいことにその声は、周囲の山林に吸収されて消えたのであるが。
レイナは慌てて逃亡を図るも、近距離転移を繰り返して先回りした伊達に捕獲され、この企画は開始されたのであった。
彼はそれでも裏方だと言い張る 漆間 鰯太郎【うるめ いわしたろう】 @iwashiumai
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