167 コアの奪取★

 

「でも、うまくいけばダンジョンを管理できるはず。それに、コアを移植してみて鉱山に変化が起きなければ、その場でコアを破壊して報酬を得ればいい……試す価値はあると思うんだ!」

{初めにも伝えましたが、鉱山がダンジョンになる保証はありません。ですが、もしこの予測が当たった場合の将来的な利益は計り知れません……!}


 コスタンはしばらく考え込んだ後、静かに口を開いた。


「……目先の富よりも、そちらの方が良い事はわかります。実現すれば村にとっても大きな利益になり、去っていった村人も戻ってくるかもしれませんな……」

「うまくいけば、村は町になるかも、もっと大きな街にだってなるだろうね」


 ラクモは希望を見出したようだが、コスタンは慎重に続けた。


「ですが、そう上手くいくのか……ですな。ダンジョンコアを移植する、そもそも持ち出せるものなのか、ダンジョンが復活するのかもわかりません。そして今一番の懸念はさっき触れた時に……」


 コスタンの言葉を受け、エリクシルが心配そうに口を開く。


{わたしもそれは不安です。なにか計り知れない力を持った、異形の者に見られていたのを感じました……}

「村にどんな影響をもたらすのか……」

「……でも、こうやって俺は意識を取り戻せたんだ。エリクシルがいれば俺は大丈夫だと思う」

{終わってみれば被害という被害はなかったわけですが……}

「仮に持ち運べたとして、このダンジョンはどうなっちゃうんだろね」


{全くの未知数です……。異形の者の怒りを買うことは間違いない気がしますが……}

「うむ……」


 コスタンは目をつむり、深く考え込む。

 村長としての重大な局面に置かれていることを感じる。

 周囲の静寂が彼の思考を一層鋭くする。


 今まではロランたちを信じ、すべてが上手く運んだ。

 幸運だったと言えばそれまでだが、ロランの持つスキル『幸運』の効果もあるのかもしれないと、彼は思う。


『幸運のロラン』、彼に託すことが最善の選択だと確信したコスタンは心を決めた。

 なれば、精一杯の助力をするのみだ。

 彼はゆっくりと目を開き、ロランに向かって深々とお辞儀をした。


「……コアの移植、手伝わせてくだされ」


 ロランは満面の笑みを浮かべ、胸をドンと叩いた。


「よーし、そうと決まれば……」

「どうやるかだよね」

「それ、ですな」


 ロランは首をぽきぽきと鳴らすと、待ってましたとばかりに助走をつけた。


「……こういうのは実戦あるのみ! おりゃあぁっ!!!」


 ロランは飛び、身体を水平に保ち、異形の者に対する仕返しとばかりにダンジョンコアにドロップキックを決め込んだ。


 ドカァッ! ミシシッ……!

 ロランの予想外の行動に、エリクシルが慌てて叫ぶ。


{あぁっ! なんてことをっ……!}


「勇気あるなぁ……」

「はっは、見習いたいものですな!」


{そんなこと言っている場合ではありませんよ!}


 エリクシルの心配をよそに、ロランは何も起こらないことを確認すると今度は手で触れてみた。


「お、ちょっと下の方に亀裂入ったっぽい! 今度は、大丈夫そうだな……」

{もう少し慎重になってください……}


 か細い声で呟くエリクシルの横で、ロランは水晶を両手で抱きかかえると、強化服の出力を最大にした。


{ちょっと! ロラン・ローグ!}

「案外こういうのが一番いいんだよ! アナログってやつ」

{それを言うなら原始的です!}


 エリクシルの突っ込みを涼しい顔で聞き流したロランは、腰を落として更に力を込める。

 強化服の人工繊維が異音交じりにギチギチ、ギシギシと音を立てる。

 影の鱗蛇アンブラルスケイル戦のオーバードライブの後遺症による出力低下感は否めないが……


「なんとか、いける気がする……!」

{……}


 エリクシルが心配そうに手を口に添えて見守る中、ロランは全身に力を込め、ダンジョンコアを根元から引き抜こうとする。

 ギシギシ、ピシッ……ピシシ、バキ……と結晶と地面の接合部が割れていく。

 強化服のパワーに耐え切れなくなった結晶は、やがて根元からバキンと折れ、一部が塵となって消えた。


「すごい力だ……」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 ラクモが驚嘆の声を漏らしたその瞬間、ダンジョン全体に大きな地震が起こった。


「なっ、なんだ!?」

「すごい揺れだ!」


 突然、足元の地面が激しく揺れ始め、壁や天井から土や小石が崩れ落ちてきた。

 地鳴りが轟音となって耳をつんざくように響き渡る。

 鍾乳石や石筍せきじゅんが不安定に揺れ、一部は地面に落ちて砕け散る。

 水たまりの水面にも大きな波紋が広がり、細い水流が激しく乱れながら流れ続けた。


「これはまずいですな」


 コスタンは焦りの表情を浮かべている。


{コアを引き抜いたからに間違いありません。このままではダンジョン崩落の危険があります!}


 エリクシルの警告通り、壁や天井が音を立てて崩れ始める。

 一同は崩落に巻き込まれないように出口へと駆けだした。


「急げ、黒の聖廟から脱出しねぇと!」


 ロランが声を張り、一行は階段を駆け上がり出口へと向かった。


「あぁよかった、黒い扉はそのままだ、脱出できる」


 ラクモの言う通り、幸いにも出口は空いたままになっており、脱出すればダンジョン前に出るはずだ。

 一行は次々に扉に飛び込んだ。


 *    *    *    *


 ――『タロンの悪魔の木』 前


「これはっ……!」

{一体何が起きているんですか!?}


「魔素嵐です……! しばらく天気が安定しているとは思っていましたが……」

「魔素嵐……!?」


 ダンジョンを無事に脱出したかと思えば、深緑の森は見事に姿を変え、嵐の中心地となっていた。

 時刻は夕刻前だが空は重い黒雲に覆われ、雷鳴が轟き、風は怒涛のように吹き荒れる。


 ゴォォォ……!ゴロゴロ……ビリビリ……と音が響く中、濃密な魔素を含んだ嵐が狂気じみて荒れ狂い、視界は闇に包まれ、空気は鋭く刺すような冷たさで満ちていた。

 暴風は木々を容赦なく叩きつけ、異常なエネルギーが辺り一帯に渦巻いている。


{この異常気象、さっきまで観測されていませんでした……}


「これもコアを取ったからだって言うのかよっ!?」


 ロランの悲痛な叫びは嵐に掻き消される。

 その時コスタンの視界の片隅に、『タロンの悪魔の木』の洞が割り裂かれ、漆黒の触腕が飛び出すのが見えた。

 触腕は黒々とした影を引きずりながら、異常な速度で周囲に伸び、うねうねと蠢く先端はまるで生き物のように動き回っている。

 空間そのものを引き裂くような音が響き渡り、漆黒の触腕はまるで森の闇そのものが具現化したかのようだった。


「皆さん下がってください!」


 コスタンが叫ぶが、その声も嵐に飲み込まれる。

 触腕は何かを探すように周囲を蠢き回り、その姿は見ているだけで恐怖を煽り立てた。

 触腕の数は増え続け、まるで生き物が集合しているかのようにうねりながら、ロランに向かって集まっていく。


 触腕がロランを標的に定めると、一斉に膨らみ、まるで巨大な蛇の束のように絡み合いながら襲い掛かってきた。


「うわっ!」


 ロランは間一髪で回避し、その場を離れる。


「ダンジョンが……! 何が起こっているの!」

「わかりません!」

{あの異形の者がコアを取り戻そうとしているのではっ!?}


 この異常事態に一同はパニックに陥っていた。

 心臓が高鳴り、冷たい汗が背中を流れ落ちる。

 触腕の動きはますます激しくなり、恐怖と緊張が全身を支配していた。


「わからねぇっ!」


 ロランはコアをわきに抱え、迷わず片手でLASRタイダルウェイブをぶちかました。

 50口径弾が黒い触腕を一切の手ごたえなく通過していくのを目の当たりにする。


「効いてねぇっ!?」


 しかし触腕は怯むことなくうねうねと蠢き続け、再びロラン目掛けて突進してくる。

 ロランは再度避け、背後の樹木に触腕がドバァッと当たると、瞬く間にその樹木が萎れ枯れていった。


「アレに当たったら死ぬぞっ!」


「ロランくん、撤退するべきです!」


 その異常な能力を目の当たりにしたコスタンが必死に叫ぶ。

 ラクモもショットガンベルバリン 888を数発撃つが全く意味をなさず、彼の額には冷や汗が浮かんでいた。


「うん、撤退しかない」


「皆! バイクへ!」


 ロランがバイクへと駆けだすと、巨大な触腕は力をため込むようにさらに膨れ上がった。

 触腕は脈動し、闇の中で不気味に光りながら、限界を超えて膨張していく。


 その異様な姿は、まるで今にも破裂しそうな黒い風船のようだった。


 そして、緊迫感が最高潮に達したその瞬間。


 ドガァァアアッ!!!

 突如、巨獣が木々を砕いて飛び出した。


――――――――――――――

黒い触腕。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093085882514138

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