166 ダンジョン移植計画
「……ラクモ待ってくれ。実は、それを持ち出せないか考えていて……」
「なんと……?」
「持ち出す?」
コスタンとラクモが驚きを露わにすると、その発言に被せるようにエリクシルが声を大きくした。
{ロラン・ローグ! 先ほど危険な目にあったばかりなのに! もっと慎重になるべきです!}
「だけどよ……前にも言ったように……」
ロランは困惑した表情で言い返すが、エリクシルはさらに声を荒げた。
{それこそ何が起こるかわかりませんよ……!}
「まあまあおふたりとも。ロラン君、まずは話を聞かせていただきましょうか……」
コスタンはふたりに説明を求める。
エリクシルは考えるように俯くとロランを見つめた。
「コスタンさん、ちょっとエリクシルと話します。少し待ってください」
「えぇ、もちろんです」
コスタンとラクモは近くの岩棚に腰掛けた。
エリクシルは無線通信を開始する。
{{危険を承知で、村のためにコアを使うのですね? ……もし先程と同じリスクを負うのであれば、船の動力にするという手もあります。その方が我々の主目的にとって有意義だと考えます}}
(エリクシル……。それはAIっぽい回答だぜ……)
ロランは強く首を振り、覚悟を決めた眼差しを向ける。
《それはしねぇぞ。初めから決めていたことだ。ニョムも村を救えないんじゃ、アニエスも親父も見つけられないと思うんだ。俺のケジメみたいなもなのかもしれない……だけど、このコアは村のために使う!》
{{でも……脱出のチャンスかもしれませんよ!}}
エリクシルの"心"は、自らの感情と理性の狭間で揺れ動いていた。
彼女は葛藤する自分自身を感じ取りながら、ロランの言葉に耳を傾けていた。
《……エリクシル、コスタンさんの盾のことでは合理的な判断をしたって言ってたが、本当は死んで欲しくないと思ったんだろ?》
ロランはエリクシルが村や仲間たちを軽視している訳ではないと理解している。
彼の表情は優しく、エリクシルを諭すように穏やかな微笑みを浮かべていた。
{{それはもちろん! 当たり前ですよ!}}
《だったら、どうすればいいのか、わかるだろう……?》
ロランは繊細なエリクシルの心を慈しむように、優しく言葉を紡いだ。
エリクシルはロランの言葉に慰められ心が少しだけ晴れるのを感じたが、なおも胸には迷いと不安が根を張っていた。
エリクシルは再び考え込み、ゆっくりと答えた。
{{それは……優先順位……!}}
エリクシルは自分の口から「優先順位」という言葉が出てきたことに驚き、嫌悪感を覚えた。
仲間や村を優先順位で測ることがどれほど恥ずべきことかを感じ、顔を赤らめながら言葉を続けた。
{{いえ、そうですね……わたしが間違っていました。……でも、危険を伴うことには変わりありません……}}
ロランはエリクシルの反応を見て、彼女が本当に自分の言葉に悩み、そして変わりつつあることを確信した。
彼は穏やかな表情を浮かべながら言葉を続けた。
《……間違ったっていいんだ。それはエリクシルがヒトに近づいている証拠だ》
ロランはエリクシルを見つめ、穏やかな表情を浮かべたまま言葉を続けた。
エリクシルは彼の言葉に驚きつつも、その眼差しに安心感を覚えた。
{{わたしが……!? ヒトに……?}}
ホログラムである彼女の映像に動揺がはっきりとわかるノイズが走る。
(これは……一体!? 全身に雷が駆け巡るような感じがしました……。わたしがヒトに……)
エリクシルはその言葉を繰り返しながら思う。
自分の存在の儚さと虚しさを感じながらも、ロランとの繋がりを通じて確かな温もりを求めていた。
(嬉しい……)
ヒトとAIという境界を越え、少しでもヒトに近づけていると感じられたことが、エリクシルにとって何よりも嬉しかった。
《あぁ。最近はよくそう思うぜ。脱出を勧めるのも俺のためを想ってくれてのことだってのもわかる。でもコスタンさんも、ラクモも、ニョムも、村の皆も大切なヒト、だろ?》
{{はい……}}
エリクシルは顔が赤らむのを感じながら、ロランの眼差しを見つめ返した。
(こんな感覚は……初めてです……)
エリクシルは自分の胸に手を当てた。
ないはずの心臓が高鳴る、ふわふわとした表現に苦しむ不思議な高揚感。
ロランのヒトとしての成長を感じて喜ばしく思うと同時に、自分を思いやるロランに対して特別な感情を抱いていることに気がついた瞬間だった。
《……村を助けて、脱出の手がかりも探す。動力は惜しいけど今すぐ必要じゃない。必要になった時には他のダンジョンを潰してコアを奪っちまえばいい! 焦って今脱出することはない。脱出できたとしても元の時代に戻れるかもわからねぇ。…………戻ってもアニエス達は見つけられねぇだろうしな……》
{{そんな、諦めないでください! きっと……いえ、わたしも探すのをお手伝いしますから!}}
エリクシルの表情には決意が宿り、その目には新たな覚悟が映し出されていた。
《…………あぁ、そうだな。今度はエリクシルが付いてるんだ、きっと見つかる……。頼もしい相棒だからな》
{ロラン・ローグ……}
エリクシルはロランに目配せする。
この話にのるつもりだ。
ロランはエリクシルを見てゆっくりと頷き、コスタンに話し始めた。
「……村の鉱山を見ていて、思っていたんです。もしもまた、あの鉱山が復活したらって」
エリクシルが続けて説明する。
{確かにダンジョン征服の報酬は恵みをもたらすかもしれません。しかしコアからアイテムを入手しそれを売却したとして、その恩恵は一時的なものなのではないかと考えています}
「ふむ……」
「…………」
コスタンが考え込みながら返事をした。
ラクモは黙って耳を傾けている。
{わたしたちは、鉱山にダンジョンコアを移植することで鉱山をダンジョン化しその資源を得られるのではないかと考えています。もしくは、鉱山にこのダンジョンコアを運び、内部でコアを破壊することで、廃鉱山の恵みを復活させられるのではないかとも……。しかしどちらも確証は得られていません}
「タロンの悪魔の木はその立地の悪さから攻略が先伸ばされていた。しかもタロンの主がいる以上、あそこを開拓したり、冒険者を呼び込んだりするのは無理だと思うんです。……だったら村の近くにダンジョンを移せればって! そのためにコアを運びたいんです」
コスタンとラクモは厳しい表情だ。
{コスタンさんはあの鉱山が、ダンジョンを征服することで変化したものだと仰っていましたよね? ですから、このダンジョンコアを鉱山で破壊することで、同様の効果が得られるのではないかと考えているのです}
「……正確な征服の報酬はわかりませんが、云わんとすることはわかりますぞ」
「でもダンジョンが復活するかも、鉱山が復活するかもわかんないんだよね?」
ふたりはロラン達の説得に真摯に耳を傾けてくれているが、表情からは不安げな様子が見てとれる。
この場にいる全員が村のためを思い、必死に考えを巡らせている。
「コアが移植できて、鉱山がダンジョンになれば、村の恒久的な資源になるはずです!」
「ダンジョンを移植するなど、およそ常人の考えることではありませんが、さすが漂流者、ですなぁ……」
「普通は報酬一択だろうからね」
コスタンとラクモは驚きと呆れの入り混じった表情を浮かべている。
「でも、うまくいけばダンジョンを管理できるはず。それに、コアを移植してみて鉱山に変化が起きなければ、その場でコアを破壊して報酬を得ればいい……試す価値はあると思うんだ!」
{初めにも伝えましたが、鉱山がダンジョンになる保証はありません。ですが、もしこの予測が当たった場合の将来的な利益は計り知れません……!}
コスタンはしばらく考え込んだ後、静かに口を開いた。
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