023 犬耳の少女★
エリクシルの言葉通り、側頭部に短い角が生えた頭蓋骨や、鋭い歯を持つ獣のような骨もあった。
ロランは檻の中を確認した後、少女に静かに声をかけた。
「……大丈夫か?」
少女は震え、俯いたままだ。
ロランが近づこうとすると、少女はびくりと体を震わせ、彼は手を引っ込めた。
年は10歳前後か。
薄汚れ、体には小さな傷がいくつもある。
耳をぴったりと伏せ、怯えているようだった。
顔はヒトというよりも、犬に似た獣の風貌を持っている。
「犬の亜人か……?」
ロランは距離を取って少女に腕輪をかざす。
ピピピ、ピー、音が鳴り、スキャンが終了した。
{顔の形状、耳、尻尾、毛深さなどの特徴からして……}
「尻尾があるのか!? ああ、本当だ!」
ロランが驚いて叫ぶと、エリクシルが続けた。
{獣人類、カニス族かと思われましたが、DNAは異なっています}
「カニス族って、もっと毛深かったよな?」
{長い航行生活で毛の手入れを怠った個体でしょう。本来は毛並みが美しい種族です}
「…………■■■■」
少女はロランに向かってか細い声で何かを言おうとしていた。
「……何を言ってるか分からないな。エリクシル、翻訳は?」
{言語プログラムには登録されていませんが、言語としての認識はできます }
ロランはその言葉を聞いて安心した。
友好的な可能性を持つ種族との出会いに心が震えた。
しかし、その瞬間、少女はエリクシルを見て驚き、怯え始めた。
「……エリクシル、ホログラムが見慣れないのかもしれない。少し離れてくれるか?」
{ ……承知しました }
ロランは少女に近づき、安心させるためにボトルの水とチョコバーを取り出した。
飲み方を示してから、少女にボトルを手渡すと、少女は恐る恐る飲み始めた。
続いてチョコバーを渡すと、目を輝かせて一気に食べてしまった。
「ははは……ゆっくり食べろよ」
ロランは少女が食べ終わるのを見守っていた。
すると少女はコブルの死体を見つけ、突然怒り狂い、何度も蹴り始めた。
ロランはその姿に驚きながらも、じっと待っていたが、少女はついに力尽き、座り込んで泣き始めた。
ロランが慰めようとしたその時——
{ロラン・ローグ! コブルたちが7体こちらに向かっています。その内1体はエーテル濃度が突出しています! }
「犬っころ! 逃げるぞ!」
ロランが泣いたままの少女を担ごうとすると、少女はびっくりしてもっと泣きわめいた。
「■■■■!!! ■■■■!!!」
少女は暴れてロランをひっかく。
「静かに! 暴れないでくれ!」
ロランが声を潜めて伝えるが、少女は暴れ続ける。
{すぐそこまできています!}
ロランは強引に少女を担ぎ上げ、上腕のパッチに手をかざした。
<強化服・起動> Reinforced clothing, activated.
彼は猛スピードでその場を離れた。
背後から、コブルたちの叫び声が響く。
「ゲギャギャ! ギャーー!」
コブルにバレた、迫ってきていることは見なくても分かる。
ロランは振り返り、エーテル濃度が突出している個体を確認した。
6体のコブルに加え、もう1体、ひと際大きな個体が目に入る。
歪な体躯に蓑をまとい、頭には頭蓋骨の飾りをつけ、木製の杖を持つその姿は異様な雰囲気を醸し出していた。
「■■■■! ■■■■■、■■■■■■■■」
{……怯えていますね}
彼らはロランのスピードに追いつけないと悟ると、立ち止まり、悔しそうに声を上げた。
まるで今夜の食事を逃したかのように怒り狂っている。
森を抜けたロランは少女を下ろし、バイクの準備を始めた。
少女はグスグスと泣きながら縮こまっている。
彼女が背負っていた恐怖は、追ってくるコブルたちの姿が頭から離れないのだろう。
ロランはバイクを押して歩き、少女に近づいて声をかけた。
「犬っころ、おいで」
少女は驚いた表情でロランを見上げた。
ロランがバイクに跨ると、エリクシルが現れ、荷台に座ってロランにしがみついた。
少女はその様子を見て、困惑して後ずさりする。
「大丈夫だ、怖がることはない」
ロランは穏やかに少女をなだめ、そっと背中をさすった。
やがて少女は落ち着きを取り戻し、恐る恐る近づいてきた。
ロランは手を差し出し、少女がそれを握ると後部座席に乗せた。
少女はバイクの乗り方が分からず、ロランが彼女の両手を自分の腰に回させようとしても、戸惑った表情を浮かべていた。
「■■??」
エリクシルがホログラムで見本を示すが、少女は驚き、「キャン!」と声をあげて怯えてしまった。
それでも、何も起こらないことに気づいた少女は、恐る恐るロランの服を握りしめた。
ロランは少女の手を強く握り、その手を放さないように促した。
そして、バイクのエンジンをかけるため、不要になった強化服を停止させる。
<強化服・停止> Reinforced clothing, deactivated.
ブロロロロォオォォン!
バイクが音を立てて走り出す。
少女は「クゥン!」と小さな声をあげ、終始不安そうだった。
エリクシルが優しく微笑みかけるも、少女はロランにしがみつき、顔を埋めてしまった。
白花の丘に差しかかると、風に乗って白い花びらが舞い散る。
少女は依然としてロランの腰にしがみついて目を閉じていたが、ロランが声をかけると徐々に目を開き、バイクに慣れ始めると、不安そうに周囲を見回す。
丘の風景が広がり穏やかな空気が漂う中、エリクシルが再び姿を現し、紙吹雪のエモートを伴って「ばぁ!」と笑顔を見せた。
少女は一瞬驚いたが、今度はおずおずと笑顔を返した。
その様子にロランも緊張を緩め、エリクシルにコブルたちの動きについて報告を求めた。
「……エリクシル、センサーに反応は?」
{集落に7体いましたが、エーテル濃度が高い1体ともう1体は奥に移動しています}
「その2体は何をしに行ったんだ?」
{応援を呼びに行った可能性も考えられます}
「そうか……」
ロランは納得した様子で運転に集中し、丘を下って森に入ると、バイクの速度を緩めた。
再び"不気味の森"に入り、根元に大きな洞を持つ巨木の前を通り過ぎようとした時、少女が怯えた様子で何かを叫んだ。
「クゥン、クゥン……■■■■■■、■■■!!!」
「やっぱり現地民も何か感じるんだな」
{彼女は酷く怯えているようです。すぐにここを離れたほうが良いでしょう}
エリクシルが少女の様子を伝える。
ロランはバイクの速度を落とさず、森を抜けるように走り続けた。
苔むした巨木を避け、崩れた石が散らばる開けた場所を通り過ぎれば、もうすぐ船に到着する。
* * * *
「……ふー、着いたな」
行きも帰りもバイクならとても早い。あっという間に船に到着だ。
ロランは船の前にバイクを停めると、少女を降ろした。
「……まずは犬っころを綺麗にしないとな」
{傷がたくさんあります。洗浄と感染症の予防が必要ですね}
少女の汚れた姿をみてロランは言うと、とエリクシルが処置を提案した。
少女はそんなロランたちには目もくれず、巨大な船をみて口をポカンと開けている。
―――――――――――――――
檻に囚われた犬耳の少女。
https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16817330667965611915
カニス族について。
https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093075674599604
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