022 狼煙の真相★

 

「良い音だ」


 ロランは切り開いた森をバイクで颯爽と駆け抜ける。

 エリクシルは後ろのコンテナに腰掛ける形で乗っていた。

 彼らの進む道はロランが歩いた轍をバイクがならし、新たな道を作っていく。

 木の根や盛り上がった地面もバイクは軽々と走破する。


 崩れた石が散乱する開けた場所を抜け、巨大な苔むした木々を巧みに迂回していく。

 特に大きな洞を持つ巨木の前では、ロランは速度を落とし慎重に通過した。


「相変わらず薄気味わりいな……」

{エーテル濃度が著しく高いようです。日中であっても、内部を調べるにはいささか不安がありますね}

「どうせろくでもねえもんばっかだ……」


 ロランは短く吐き捨て、再びバイクの速度を上げた。

 やがて、なだらかな丘が視界に入ってくる。


「もうすぐ白花の丘だな」

{白花の……丘ですか?}

「そうだ、白い花がいっぱいだったからそう呼んでみたんだけどよ」

{……ふふ、素敵ですね。白花の丘}


 エリクシルは笑うと、新たな名付けられたロケーションを確かめるように繰り返した。


{それなら、先ほどの森は"不気味の森"ですね}

「はははっ! 言えてる! 名前を付けるのも楽しいもんだ」


 ロランは空を仰ぎながら、満足そうに笑った。

 その様子を見たエリクシルも優しく微笑んだ。


{そうですね、とても楽しいですよ、ロラン・ローグ}


 バイクが丘を乗り上げバランスを崩すも、そのまま乗り越える。


「おっと!エリクシル大丈夫か?」

{はい、びっくりしましたが、大丈夫です}


 バイクはそのまま白花の丘を駆け上がる。

 エリクシルはロランの腰にしっかりと掴まっているように見える。

 なにとなしにロランはエリクシルの手に触れると、ホログラムが歪みノイズが混じった。


「……そういや、心配する必要はなかったな」


 ロランは少し寂しそうに言った。

 彼はエリクシルがホログラムであることを忘れて、ちゃんと掴まっているのかを確認していたのだ。

 エリクシルに実体がないことが、まるで嘘のように感じるロラン。


{でもすごく嬉しいです。心配していただけるのが……}


 丘にある白花が、風を受けて散り散りになる。

 風に押された白い花弁の降る中を、バイクの速度を少し緩めて進む。


「エリクシル、感情持つって……いや今どんな気持ちだ……?」

{今はとても楽しいです。風を感じます。とても爽やかで、ふふ、風がわたしをくすぐっていますよ}


 ロランは少し無理するように口角を挙げて笑う。

 何かを思っているようだが言わなかった。

 エリクシルもそんなロランを不思議そうに見るが、特に何も言わなかった。


 やがてバイクは20分ほどで丘の高台に到着し停車する。

 ロランは深い森の方を指差した。


「狼煙のあった方角は……あそこらへんか?」

{はい、方角をマークします}


 ロランの拡張現実ARデバイスに方角がマークされる。

 狼煙の場所はセンサーの範囲外だが、船と山のセンサーの範囲内であれば座標をマークできる。

 彼らはその方向に10分ほど進むと、森に少し開けた場所があり獣道のようなものが見えた。


「……ここだな、誰かさんもここを通るらしい」

{そのようですね}


 ロランは木陰にバイクを停め、コンテナからカバーを取り出してバイクを覆う。

 さらに近くの小枝や葉を集めてカバーを隠すように上から被せた


「よーしっ、行こうか」


 彼は獣道から少し離れた場所から森に侵入する。

 森の奥でロランは立ち止まり、強化服の手首にあるコネクタからケーブルを取り出して腕輪型端末に接続した。


《無声通信……あぁ、キーワードはいらなかったな。エリクシル、強化パルスを50メートルの距離で1回、生命反応だけを検知してくれ》

{{承知しました。……生命反応ありません}}


 ロランは強化服のバッテリーを利用して、強化索敵モードを強行した。

 このモードは電力消耗が激しいが、より精度が高いという特徴がある。


《もう一度》

{{……反応ありません}}


 ロランは50メートルごとに索敵を繰り返しながら進み、30分ほどで狼煙の発生地に近づいた。


{{……生命反応を検知しました。1時の方向です }}


 2つの生命反応の大まかな位置がマークされる。

 ロランは周囲を確認し、一旦後退してから、大きな木の近くでバックパックを降ろした。

 そして燃料電池の束を取り出し、センサーに接続する。


《センサーの確認》

{{接続中……イグリースとのリンクが成功しました。近辺のスキャンが可能です }}


 ロランは約10メートルの高木に登り、センサーをテグスで巻き付けて固定した。


《スキャン展開、マークの位置を更新してくれ》

{{……位置を特定しました。マークを更新します }}


 スキャン機能が強化され、精確な生命反応の位置が割り出される。

 ロランは木から降り、LAARヴォーテクスのセーフティを解除し、構えたまま前進する。


 拡張現実ARが示す生命反応の位置に近づくと、4倍スコープで覗いた先に、例の生物が見える。


 《……コブルか。すぐ後ろに集落があるな……やけに原始的だ。他に反応はないか?》


 頭を掻くコブルの背後には木製のアーチがあり、その先には掘っ立て小屋がいくつか見える。

 小屋は粗末で、藁葺きや革製の簡素な造り。

 集落を囲む柵もまばらで、明らかに高度な文明は持っていない様子だった。


{{……確認できた生命反応は、そのコブル1体だけです}}

《門番っぽいけど……》

{{一応、警備のようなものかもしれません}}


 ロランはしばらくコブルの動きを観察していたが、突然低い角笛の音が響き渡ると、コブルは音の方へ歩き出した。


《なんだ!?》

{{センサーの範囲内に多数の生命反応が出現しました。マークします}}


 集落の外から出現した生命反応は、集落の中心に向かって進んでいく。


《近づいて確認する》


 ロランは集落を迂回し、別の位置に移動して様子を伺う。

 集落の奥からは、6体のコブルが何かを引きずりながら広場に戻ってくるのが見えた。

 引きずられていた物体を広場まで運ぶと、コブルたちは門番と合流し、再び奥へと消えていった。


《……あれは? ヒト人類種族か?》 


 スコープを通して確認すると、引きずられていたのは犬のような耳を持つ、毛深い少女だった。

 まだ幼いことがわかり、ロランの胸に怒りが込み上げる。


{{コブルとは異なる亜人類でしょうか}}


 少女は首輪を引かれ、門番に脅されながら、やがて檻の中に押し込まれた。

 周囲には人骨らしきものが散らばり、くすぶる煙が立ち込めている。


《あれは狼煙じゃなかったんだ……!》


 ロランは煙が、焼かれたヒトの油が燃えて発生したものだと悟った。


《どうする……門番一体なら、始末して助けられるかもしれないが》

{{救出した後、どうしますか? 意思疎通が困難かもしれません。慎重に考えるべきです}}

《そんなことは助けた後に考えればいい! あの子が何をされるか、見過ごせるかよ!》


 ロランは少女を助ける決意を固め、LAARヴォーテクスを胸に戻すと、静かにハンティングナイフを手に取った。

 銃声を避けるための選択だ。


「短期決戦で終わらせる」

<強化服・起動> Reinforced clothing, activated.

「ふぅーーー…………」


 深呼吸をし、彼はこれまでに倒したコブルたちのことを思い返す。

 正当防衛であったとしても、無駄な殺生を好まない彼にとって、戦うことは決して軽い決断ではなかった。

 しかし、今は犠牲となった者たちのためにも行動しなければならない。


 少女がどんな残酷な運命を迎えるかが脳裏に浮かび、ロランはためらいを振り払った。


「行くぞ」


 コブルが背を向けている隙を突き、ロランは一気に距離を詰めた。


《その素っ首そっくびもらう!》


 靴が地面を蹴る音に気が付いたコブルがロランの方を見る。

 しかしもう遅い。

 大股で一気に駆け寄ったロランは、飛び掛かり首を狙う。

 強化服のカーボンナノフィラメントと人工筋繊維がギチギチと音を立てて収縮する。


 ヒュバッ! カッ!

 ロランの一撃は、風を切る音とともにコブルの頸椎を瞬時に断ち切った。

 コブルは驚愕の表情を浮かべ、膝から崩れ落ちて絶命した。


 周囲に脅威がないことを確認したロランは、強化服のパッチに触れた。


<強化服・停止> Reinforced clothing, deactivated.

「つまらぬものを切ってしまったな……」


 ロランは、震える手でハンティングナイフをしまおうとすると、エリクシルが声をかけた。


{……この前見ていた映像作品のセリフですか……?}

「いちいち言わなくていいよ」


 ロランはエリクシルの言葉を聞いてそっぽを向くが、その手の震えは治っていた。


 脅威が去ったことを確認し、ロランは檻に向かう。

 そこには犬耳の少女がツタの首輪に繋がれており、無数の骨が散乱していた。


《大量の骨……》

{{……ヒト人類種族以外のものもありますね}}


 彼は檻の中を確認した後、少女に静かに声をかけた。


「……大丈夫か?」


――――――――――

檻に囚われた犬耳の少女。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16817330667965611915

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