『泡沫の創造主、もしくはカッサンドラ』

小田舵木

『泡沫の創造主、もしくはカッサンドラ』

 しゅわしゅわとした泡が、コップの中を満たしている。

 私はその中に世界を見る。浮かんでは弾ける泡。

 世界はすぐさま消えていく。私が創ったモノ同様に。

 私は気づけば創造主で。思いつくままに世界を創り観測してきたが。

 何もかもが儚い存在であった。気がつくとこのコップの中の泡同様に消えてしまうのだ。


 コップを持ち上げて。私は炭酸水をあおる。

 私の中に世界は消えてゆく。ああ。詰まらない。

 私は神の孤独を知っている。神は孤独に世界を創り、孤独に世界を観測し、最後に孤独に世界を飲み干す。

 永劫えいごうに続く私の命は。退屈なモノだった。

 だから。私は世界を創り続ける。慰みというヤツだ。


 私は何度も世界を創り直し。世界を眺めては来たが。

 人間の頃と何も変わらない世界に絶望し、退屈を覚える。

 私の創造主としての力が及ばないから、こんな退屈な世界が繰り返されるのか?

 よくこんな事を考えるが。私とて万能の創造主ではない。

 元人間の卑小な存在なのだ。出来る事は限られている。


 …昔は。理想に燃えて世界を創っていた。

 だが。繰り返しても繰り返しても、世界は私の知る方向に収束していく。

 私は…本当は。ただ、幼馴染を救いたかっただけなのに。

 大きな力が与えられて。世界を創り替えれるようになって。


 最初は幼馴染を救えた事が嬉しかったが。どんどんと欲は強くなっていって。

 地球に訪れる超巨大質量の隕石の方向を変えようともがいたが。

 それだけは為せない。私の能力に余るらしい。

 だから。私は隕石の衝突の日を軸に世界を創り替え続けている。

 そして。世界で起こる物事を捻じ曲げ続け。まだ見ぬ未来を目指しているが。

 何度も日々を繰り返していく内に私の人間としての魂は摩耗し、疲れ果てていった。

 

                   ◆


 数万回…いや数百万回繰り返した日常。

 今日も朝が訪れる事に私は辟易へきえきとしている。

 ああ。死とは人に与えられた安寧あんねいである。最近は強く思う。

 人は永劫の命を生きるようにはできていない。精神が持たないのだ。

 脳はとかく飽きっぽい。繰り返される刺激にすぐ順応してしまい。そこに退屈を覚えるようになる。

 

 私はベットから起き上がり。部屋を出。リビングで朝食を取り。身支度を整え。学校へと出かけていく。

 私はこの高校生生活を何年送っただろうか。考えるだけで嫌になる。

 見慣れすぎた通学路。歩いていればその内…


「おっす。阿波野あわの」聞き慣れ過ぎた声。かつて私が救いたいと願った男。豊太郎ほうたろう

「おはよ」短く応答する私。

「今日も世界は詰まんねえって顔してるなあ」彼は私の顔を見ながら言う。

「実際。詰まらないのよ」私は率直に述べる。

「そうでもないけどなあ。世界は無限の可能性で満ちている」

「…世界はある程度の方向へ収束する。運命ってやつよ」私は反論をし。

「運命なんて切り拓くものだぜ?」彼は暑苦しい持論を展開する。

「出来るもんならやってみなさいな」私は意地悪く返す。アンタの運命を変えたのは私なんだ。死にゆくアンタを救ったのは私。でもそれは遠い昔の事である。

「こうやって。日々を生きることで。俺は世界を変えている」

「それだけで世界が変わるなら。今頃この地球は予想もつかない星になっている」

「それもそうかもな」


 私達は連れ立って学校へと急ぐ。

 

                   ◆


 日々は泡沫うたかたのように消えてゆく。人間、限られた時間の中に生きているものだが。

 私には無限の命が与えられており。

 私は世界を観測し続ける。そして世界を捻じ曲げ続ける。

 今日は。豊太郎が死ぬはずであった日で。私はいつも通り世界を捻じ曲げる。

 

 本来なら豊太郎は。17歳で死を迎える。それは出かけた先でたまたま無差別殺人に巻き込まれるからだ。

 人間だった頃の私は。彼が死ぬ光景を目の前で見せられ。

 そして殺人鬼に殺された。

 殺された時に。私に『』が起こった。そして。世界を創り替えれるようになってしまった。

 そこに大きな事件はなかった。大いなる存在に力を分け与えられた訳でもなかった。

 私は―創造主に生まれ変わった。

 

「豊太郎。今日は試験勉強するわよ」私は出かけたそうな豊太郎に告げる。

「…街に服見に行くんじゃなかったのかよ?」彼は怪訝そうに応え。

「気分が変わった…と言うよりは。アンタ。勉強しないと数学で赤点取るわよ」私は未来をある程度予測出来る。当たり前だ。世界を創り直し、観測し続けているのは私だから。

「…何で俺が数学でコケるのが分かるんだよ?」

「最近。小説を書くのに必死でしょう?」

「うわ。お前に黙って書いてたはずなんだけどな」

「私には隠し事は通用しない」

「おっそろしい女になったよな…阿波野」

 

                    ◆


 世界は私の思う通りに創り変えられていく。

 豊太郎を救うのはその一環で。

 私は目の前で数学の問題と戦う豊太郎を眺める。

 私が救いたいと願った男はまだ。生きている。だが。これは私の業の一部でしかない。

 

「眉間に皺寄せてどうした阿波野?俺間違ってるか?」ノートに目を落としていたはずの豊太郎は言う。

「…これから。やるべき事を考えていた」私は述べる。さて。この世界をどう捻じ曲げれば隕石の衝突は防げるか。

「やるべき事?」

「私の双肩に世界の行く末がかかっている」

「大げさな」

「そうでもない」 

「もっと気楽に世界に対そうぜ?世界はカオスなんだ。お前一人のやることで世界はそうは変わらない」

「バタフライ・エフェクト」

矮小わいしょうな入力が巨大な出力をもたらす。うん。それはあるかもしれんが」

「私はね。私の出来る範囲で世界を創り変えていかなくちゃならないの」

「…遅めの中2病を発症したか?」

「そう思うならそれでも良いけど」

「悪い。意地悪を言っちまったな。世界を変えるねえ。阿波野は何を変えたいんだ?」

「運命?」

「でかく出たな。お陰でお前が何を考えてるのか分からん」

「…地球に。隕石が度々飛来してるのは知ってるでしょ?」

「そういや。白亜期末の大絶滅は隕石が原因だったっけか」

「チクシュルーブ衝突体。あれと同じ規模の隕石が―未来に落ちるかも知れない」

「…まさか。もしそうだとしても。今や観測技術が発展してる」

「観測できたとて。その隕石を消す事は出来ない」

「お前はそんな、極々ごくごく小確率の物事をどうにかしたい、と?」

「そう」

「…JAXAにでも就職すれば?」

「もう。それはやった。なんならNASAやESA欧州宇宙機関に居た事もある」私は思いつく限りの事をしている。世界を創り直す度に。

「うわお。お前の未来はバラ色だあ」なんて真剣にとってくれない豊太郎。

「でも。私がどの国の宇宙機関に居ようが。隕石を迎撃することはできない。ただ。隕石の衝突を見守るだけ」

「軍だな。ミサイルで迎撃する」豊太郎は考えこんで言う。

「…アメリカの空軍に居たことも、ロシアの空軍にいたことも、航空自衛隊にいたこともある」

「…そのどれでもダメなのかよ」

「足並みが揃わないのよね。最後の最後で」

「どうしようもないんじゃねえか?」豊太郎は呆れて言う。

「まったくね。どうしようもない。だから私は辟易してる」

「…マジなの?この話。勉強の合間の与太話じゃないの?」

「信じなくて良いわよ」私は言う。幾度か豊太郎に正直に話した事があるが。彼は最後まで本気でとってくれない。結果として私は一人でうごめくハメになる。

「信じてやりてえのは山々だが…そういうのって人のことわりからハズレてんだよ。俺は物語書きだから、話に乗ることはできるが。本気で信じてやる事はできない」

「…別に良いわよ」

「拗ねるなって」

「そりゃ拗ねたくもなるわよ」せっかく救い出したというのに。

「…機嫌直せ。サイダーやるから」豊太郎は机の上のペットボトルからコップにサイダーを注ぐ。

「炭酸の泡を見てると。シニックな気分になるから嫌い」なんて言いながらも私はそれを受け取り。飲み干す。

「詩人だな」

「いいや。ただの創造主よ」

 

                   ◆


 私は創造主を自称するが。

 与えられた力は。世界が滅ぶ日を軸にした世界を創り直せるという力。

 世界とは。どうやら人の脳の副産物であるらしく。

 隕石で地球が滅べば。のだ。

 私はそれを防ぐことができるだけ。弾けた泡の近傍きんぼうの世界に遷移せんいさせる事ができるだけ。

 どういう力が働いているのかは分からない。別に世界はヒトという種が居なくても存在出来るような気がするが。らしい。

 

 私は今日も生きている。なんとはなしに。

 最近は隕石の衝突をどうにかするのも面倒くさい。

 いい加減、疲れてきたのだ。繰り返される世界の終わりに。

 

「阿波野?」私の前の豊太郎は言い。

「はいな?」私は応える。

「どうした?いつもの妄想。聞かせてくれよ」

「妄想って…いや妄想みたいなモノだけど」

「世界が滅亡する…良い小説のネタになる」

「現実は小説よりも奇なり」

「俺は。ぞ」

「…アンタは。将来小説家になりはするが。成功はしない」私は小説を書き続けた先の豊太郎を知っている。

「嫌な予言するなよな」

「しょうがないじゃない。知ってしまっているのだから」

「んじゃあ。どうすれば良いんだよ?」

「私と世界を変えようよ」

「どうやって?」

「分からない」

「…お前は全てを知っているんじゃないのか?」

「全てなんて。いくら創造主でも観測しきれないの」

「神も万能ではないってか」

「そういう事。

「世知辛い」

「私は疲れてきている」

「世界を観測し続ける事に?」

「そう。いくら創り替えようが。運命に滅ぼされる」

「甘受しようぜ?」豊太郎はシニックな笑みで言う。

「…アンタは死ねるから良いわよね」

「…阿波野は死なないのか?」

「創造主、もとい観測者である私は。永遠にこの世界に囚われているの」

「そいつは孤独だな」

「そうよ。こんな与太話に付き合うのもアンタくらいのモノだしね」

「そりゃ。創造主でございます、って人間が現れてだ。信じる馬鹿が居るものか」

「…そうよねえ」問題点はここにある。私は幾度も世界を創り替えてきたが。その度に中にいる人間には信じてもらえない。精々カッサンドラ扱いされるくらいだ。

「ま。俺は。お前の幼馴染だから。ある程度は付き合ってやるが」

「感謝してるわよ」私の精神がギリギリのところで壊れずに済んでいるのは、豊太郎のお陰だ。

「感謝してるなら。優しくしてくれよなあ…悲惨な未来を予想するだけでなく」

「…幾度か。アンタの創作を手伝った。だけど。豊太郎、アンタは才能がないの」

「マジで?」

「大マジ。アンタの創る物語では。人々の心を鷲掴みに出来ない」

「…小説書くの止めようかな」

「アンタはウケる為だけに小説を書いているの?」

「…そうでもないが。書くならウケたいのが人情」

「ま。頑張って続けなさい。私は私の仕事を成す」

「世界の変革。隕石の衝突回避…ううむ」

「出来れば手伝って欲しい」

「…才能のない作家崩れにか?」

「アンタは。人を騙くらかす才能はなくもない」

「小説では人を騙せないのに?」

「そう。前に宗教家としてなら成功している…」

「ゾッとしない事言うな」

「今度はカッサンドラたる私が手伝う。そしたら。隕石の衝突を人々に信じ込ませる事が出来るかも知れない」

「お前がご本尊になるってか?流石に面倒くさい、と言うか。俺のやる気が起きねえ」

「いい案だと思ったけど…」

 

                   ◆

 

 泡沫の世界は私達を置いて進んでいく。

 私は日々に埋没する。今回は何を為してやろうか?

 もう。宇宙機関や軍はまっぴらだ。硬直したシステムが支配する団体は柔軟性に欠ける。

 では?私は預言者として生きれば良いのだろうか?

 いや。そうでもない。突飛な事を予言する私は精々カッサンドラ扱いされるだけだ。

 

 ああ。八方塞がりの未来。ただ。弾けるだけの世界。

 それを永遠に観測する乙女。それが私の呪い。

 自殺をしてやった事も何度もある。だが、その度に私はこの世界に戻ってきてしまうのだ。

 この世界をどうにかしない限り。私の永遠の責苦は続いていく。

 空を眺めれば蒼。透き通るようなスカイブルー。その先の宇宙の深部に巨大な隕石がある。

 私はそいつをかち割りたい気分になる。我先に宇宙に飛び出して、隕石を消す。

 それが出来たら、どれだけ気分がスッキリするだろう。

 

 私はそんな妄想をし終えると、日々に戻っていく。

 もう何回繰り返したか分からない日常に戻っていく。

 

                    ◆


 日々は過ぎていき。

 私はなんとはなしに大学生になる。なんとはなしに航空宇宙学科に進み。

 私はまた。宇宙機関か軍に進もうとしてしまっている。

 もう懲りたはずなのに。

 

 同じ大学の別の学部には豊太郎。私の家庭教師が成功し。何とかこの大学に滑り込んだ。

 

「…宇宙機関や軍は懲りたんじゃないのか?」豊太郎は問う。昼間の学食で。

「とは言えね。私に出来る事なんて限られているのよ」

「カッサンドラも大変だ」

「運命は変えられないのかしらね」

「…お前次第なんだろ?」

「そうは言えど。私は私に出来る事をやり尽くしてる気がして」

「…それはお前一人が思い込んでいるだけじゃねえか?」

「そうだと嬉しいけど」

 

 大学生活を平穏に過ごす。この時期だけは何度やり直しても楽しい。

 大人の年齢だけど、責任は大して負ってない時期。

 この時ばかりは世界に無限の可能性を感じる私がいる。

 

「なあ。阿波野。お前は世界を観測し続けている」かたわらで酒をむ豊太郎は問う。

「そうね」私はシェリー酒を飲みながら応える。

「辛くないのか?」

「辛くない訳ないでしょうが」

「だよなあ。お前の言うことを信じるなら。お前は何度も世界が滅ぶ様を見てきてる」

「ありとあらゆるパターンでね。まあ。終わりは隕石が地球に落ちて文明が滅ぶんだけど」

「…たった一人の観測者。お前は世界にリアリティを感じれるのか?」

「…感じれない。私が創り替えてるんだもの。になる」

「ああ。言われてみりゃそうだな。創作と世界の創造は似てる」

「作者が孤独である点を含めてね」

「作者は創った世界に没入できない」

「…いつもどこか冷めた目線で世界を見ることになる。どうせ。ああなる、そういう予測が成り立っちゃうとね」

「…お前の孤独は俺の孤独と似ている」豊太郎は。文学部で小説を書き続けている。

「理解してくれて何より」

「…まあ。表面上の理解だけど」

「それでも。完全に孤独であるよりはマシ」

「そうかい」 

 

                    ◆


 世界は繰り返される。

 私はJAXAに就職し。豊太郎は小説家としてデヴューをし。

 あり得る可能性に収束していく世界を私は創造しようとしている。飽きもせずに。

 隕石の衝突は。後十年以内に起こる。それまでに私はJAXA内である程度出世しなくてはならない。

 コレを思うと憂鬱だ。日本特有の硬直したシステムに支配される宇宙機関で出世をしていくのは至難の技である。

 まあ。創造主かつカッサンドラの私には簡単な事だけど。

 

「ういっす。カッサンドラ」久しぶりに会う豊太郎。今日は彼の小説の取材に付き合う予定で。

「ハロー。創造主さん」私はシニックな挨拶を返す。

「俺達はあり得る未来に進んでいるか?」

「進んでるわね。残り時間は後10年。私のやり直しまで後10年。残された時間は限られている」

「後。10年の命か。俺はどれだけ作品を世に問えるんだか」

「2、3ってトコかしら。私の経験上」

「2、3だけかよお。飯食っていくのも大変なんだぞ」

「精々キリキリ働きなさいな」

 

「んで。今日はどういう取材をしたい訳?」

「…お前自身をネタにしてやろうかと」豊太郎は言う。

「私をネタにしたところで。SF扱いされるのが関の山」

「だが。創作物の形でだが。お前の予言を世間に問える」

「…カッサンドラの予言。そんなモノを信じる大衆はいない」

「だが。お前は運命に抵抗したいのだろう?」豊太郎は私の目を覗き込む。

「抵抗したところで運命は変わるのかしら?私はもう数万回はやり直してる。ありとあらゆる可能性を経験してきた…まあ。豊太郎の小説のネタにされるのは初めてだけど」

「やってない事にチャレンジしてなんぼだぜ?」

「…」私は考え込む。小説で私の予言…やり直しを問う。フィクションの力は侮れない…

「さあ。カッサンドラ、もしくは創造主。語れよ」

 

                  ◆


 私は豊太郎に今までの経緯を語る。どうせ語ったところで隕石が落ちてしまえば。彼は忘れるだろうから。いいのだ。神に近似した私の所業を語っても。

 

「本当は17で俺は死んでいる…」豊太郎は眉をひそめながら言う。

「あの時に君は私をかばって死んだ。まあ。その後に私も殺されて。創造主に成り代わるのだけど」

「いやあ。信じるには重すぎる真実だぜ」

「真実というものは得てしてそういうものなのよ」幾度にも渡る創造を経てきている私は軽々と言える。

「コイツは。大衆には重すぎるぜ」

「それを咀嚼そしゃくしやすい形に成形するのが調理人たる君の勤め」

「まあ。やるだけやってはみるが。あんま期待はするなよ」

「…いや。期待させてもらう。私の運命をアンタがどう描写し、人々に届けるか」

「止めろ。今から纏める俺の身になれ」

「精々苦労しなさいよ」

 

                 ◆

 

 豊太郎の執筆は数年に渡った。

 その間に私はJAXA内での出世を目指す。

 

 運命の時は粛々と迫ってくる。

 豊太郎からの連絡はない。

 

 今回のJAXAは地球に迫りくる隕石を観測する事に成功した。

 私がその観測プロジェクトに従事していたお陰である。

 だが、上層部はそれに対して抜本的な対応をすることはなかった。

 皆信じきれないのだ。後数年で世界が滅ぶなんて。

「あの隕石は確実に地球に向かっている…米国と連携して対応しなければ」私は上層部に直訴するが。

「まだ。地球に近づいていないだろう?」

「それはそうですが」ここで。私が予言を押し通せば。カッサンドラになってしまうのは確実で。

「…残念ながら。君のプロジェクトに資金は回せない。最近はウチも厳しい」

「まあ。あり得るかも知れない事に大金を回すのは正気の沙汰じゃない」

「その通り。君は眼の前の仕事をこなしていれば良い」

「…はい」私はうんざりする。何万回このような会見をこなした事か。

 

 私はオフィスに戻る。そして炭酸水を呑む。

 弾ける泡。世界もこのように滅びるしかないのだろうか?

「スッポコペンペンポン…ポンポポ」私のプライベートな端末に連絡が入る。

「はい。阿波野」

「よお。豊太郎だが」

「ああ。創造主さん。進捗はどう?」

「さっき。一次稿を編集者に渡したところだ」

「リジェクトされないと良いけどね」

「出来は悪くない」

「そ。私の方は。隕石への対策プロジェクトがリジェクトされたところ」

「運命は粛々と近づいている…後は神話があれば良い」

「その神話を。アンタが創りあげる」

「後少しだ。待ってろ阿波野」

「事態が好転すればいいけど」

 

                   ◆


 豊太郎の小説。『泡沫の創造主、もしくはカッサンドラ』は刊行され、一部の読者には受け入れられたが。

 運命というものは過酷だ。

 豊太郎の物語、変形された私の予言はSFとしては受け入れられたが。大衆を動かす力にはならなかった…

 

「まったく」豊太郎はため息をこぼす。

「まったくね」私はそれに同意する。

「最近の宇宙事情はどうよ?」

「相変わらず。数年前に観測した隕石は地球に迫りつつあるのに、どこもかしこも日和見ひよりみを決め込んでいる…人は圧倒的な事実を前にすると動けなくなるモノなのね」

「…お前は数万回目のやり直しに放りこまれ直そうとしている」

「もう。慣れたモノだけど。疲れてきているのは事実」

 

「俺は。

「…アンタ。私を救おうとしていた訳?」

「そりゃさ。お前の話を信じるなれば。お前は俺の命の恩人で。出来る範囲で助けてやるのが人情ってもんだろ?」

みるわね」

「感謝しろよな。ま、大した結果は出せなんだが」

「…今回も地球は滅びて。私はそれを創り直す。まるでシーシュポスの心境よ」

「徒労」

「まさしく。創造主としての私を指し示す言葉」

「あーあ。後、2、3年で世界は滅ぶのか」

「そしてそこを起点に私は世界を創造する」

「世界を創り直すってどんな気分なんだ?」豊太郎は問う。

「…小説を書くのと似てるんじゃないかな」

「俺は想像力で何処にでもいけるが?」

なのよ。人の脳はそこまで高性能じゃない」

「そして人が生み出した神の概念もまた」

「その通り。

「ったく。世知辛いねえ」

「…そうね」

 

                   ◆



 時は来たりて。

 私は豊太郎と結婚している。JAXAは寿退社した。あの組織に居ても。私に出来る事は何もない。

 

 世界が滅ぶ日。隕石が地球に衝突し、六度目の大量絶滅が起きる日。

 私は家のリビングで。豊太郎と向き合って。炭酸水を囲んでる。

 それは世界のメタファー。浮かんでは消える泡は世界を指し示す。

 

「来ちまったな」豊太郎は炭酸水のグラスを眺めながら言う。

「しょうがない」私は至極冷静で。炭酸水をゆっくりと飲み干す。

「…次の豊太郎をよろしく頼むな?」

「アンタとは別個体の豊太郎の幸せを願うの?」

「まあ、俺の仲間みたいなもんだろ?」

「それはそうかも知れないけど」

 

 なんて会話を交わしている内に。

 世界に轟音が鳴り響いて。

 世界という泡は弾け。消える。

 その中から私は―飛び出して。

 

 世界ではない何処かに浮かぶ。

 透明なそこには無数の泡が浮かんでいて。

 私はその内の一つを選んで、世界を創り直す。

 

 また。私は世界に戻る。

 何度も繰り返されるカルマ。

 無数に生じる泡の中で私はもがく。

 いつか開放される日を待ち望みながら。

 

                   ◆


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『泡沫の創造主、もしくはカッサンドラ』 小田舵木 @odakajiki

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