誰がうちの娘の裸を見たがったのか?

浅賀ソルト

誰がうちの娘の裸を見たがったのか?

娘がかなり規模の大きなミスコンに出るということで、心配ながらも傷つかなければいいなと思っていた。優勝すれば本人の誇りにもなるだろう。しかし敗者の方が世の中には多いわけで、結果はどうあれ、うちの娘は親にとっては最高の娘なんだよと、まあ、月並だがそんなことを思ってもいた。

事件は最悪の展開をたどり、水着審査のあとに、審査員がではここで全裸になっていただくという話をして、半信半疑なまま次々に参加者は全裸になってそのまま撮影もされた。中途半端に協賛の企業も大きく、名前もあったので、みんなが戸惑いながらも、ここで脱がなければいけないという雰囲気になってしまったそうだ。

絶対にそんなミスコンがあるわけがないのだが、それでも「嫌です」とはその場で言えなかったのだろう。それに、関係者やスタッフがやけに堂々としていたらそいうものなのかもしれないと思うのも無理はないと思う。

雰囲気というのはとにかく怖いものだ。

その後に参加者からの告発があり、スタッフと関係者などが逮捕・起訴された。どこかの誰かが大きい声で、裸体審査も必要だと断言すると、そんなものなのかとみんなも思ってしまうのかもしれない。

繰り返すが、雰囲気というのはとにかく怖いものだ。

さて、私の関心は、その大きい声でその場でそんなことを言い出したのは誰なのかということだ。

私は刑事裁判の成り行きを見守った。

ミスコン大会主催者、審査委員長、イベントプロデューサー、ミスコン企画委員長、構成ディレクター、そんな感じの人間が何人も証言台に立った。

ミスコンがどのように開催されるかは分からないが、それでも想像することはできる。

まず開催しましょうという言い出しっぺ。協賛企業を集め、お金を集め、審査員などを集めるとりまとめ役。あと、具体的にミスコンを監督する人——これはタイムテーブルとか照明や音響などの会場でコンテストが問題なく進行することを仕切る人だ。女の人を集める人も必要だろう。こういうのはそういう事務所にオーディションの案内を出して集めないといけない。

この中の誰かはちょっと美人を集めて全裸にしてカメラ撮影しようと企んでいて、ほかの何人かは普通のミスコンだと思っていたのに騙された人だ。

観念して自白する人もいた。違和感があったが流れに流されてそのままやってしまったという人もいた。そして何人かは自分は知らなかったと証言した。騙されたと。

全裸審査は最初から予定の中にあって、自分はその通りに進めただけだという清水という男がいた。

同じように最初から予定の中にあったと証言する増田という男がいた。

大会プログラムにも最初から組み込まれていたと証言する斎藤という男がいた。

どれも全裸審査は最初から予定にあったと証言したが、何もないところからそのような項目が生まれるはずがない。じゃあ誰がこのような審査を言い出して、みんなで賛成したんですかという話になる。

私もそれが知りたかった。

みんなが自分じゃないと言っていた。

「今回のミスコンには全裸の審査があるということだったので、そのようにしたのだ。誰が決めたのかは知らない」

知らないと言われても納得はできない。誰かが決めたのだ。誰かが命令し、そのようにしたのだ。

「じゃあ次は脱衣による審査です。みなさん裸になってください」

確かにそう司会者が言い、そして私の娘も含めた女性が次々に裸になっていったのだ。

会場はもちろん関係者しか入れなかったが、決して少人数でもなかった。

ミスコンの会場の観客席に座っていた人も証言した。

「最初の女性は震えていたし、戸惑っていたと思います。司会者は明るい声で『さあ、気にせず大胆に』と言っていました。女性は周りを見て助けを求めていたようにも見えましたが、審査員が、『さあ、どうぞ』と言うと、覚悟を決めたように脱いでいきました」

「私も会場を見回しました。私と同様に『え? いいの?』という感じにキョロキョロしている人もいました。しかし、みんなじっと見るだけで、それ以上の行動はありませんでした」

「女性はスポットライトを当てられてステージの上で完全に裸になっていました。胸を張って堂々としていました。だから私も、こういうものなのかな、と」

やがて時系列がまとめられて、もちろん最初の予定では全裸審査などなかったことが確かめられた。

ある時点——9月1日から12日までのどこか——に審査のスケジュールに全裸審査という項目が加えられた。

決定事項として伝えられ、みんなも、よく分からないが決定というなら決定なんだろうなということで、そこから異が唱えられることなく組み込まれた。

何度か確認もあった。

清水という男も、「『この全裸審査というのはなんですか?』と増田さんに聞きました」と証言した。「増田さんは、『そのままの意味です。全裸になって、そのプロポーションを審査します』と答えました」

増田という男は、「聞かれたから答えただけです」と証言した。「全裸審査とあれば、それはそういうものだと思ったので。私が決めたわけではありません。質問されたから答えただけです」

斎藤という男は、「確かに最初から審査項目にあったというわけではないですね。普段着、水着、自己アピールといった中に、何かの会議中に、全裸審査という話が出てきて、なにかとくに誰というわけではないですが、それではその審査もしましょうということになったと記憶しています」と証言した。「そういう審査のあるミスコンもあるんだな、と思いました」

会場には、もちろん音響や照明、警備や受付といったスタッフもいる。たまたま現場にいればスマホで撮ってしまう。SNSには上げないまでも、友達には送ってしまう。受け取った友達もやはり別の友達に送ってしまう。

そもそも会場にはもっと高性能な専門の記録用カメラがあり、全裸になった女性たちを完全に高画質の動画で記録していた。

証言ではバックアップなどはすべて破棄したという話だった。

娘はまだまともに外に出ることもできない。

誰が決めて、誰がうちの娘を傷つけたのか。

それが知りたくて裁判のたびに私は傍聴席から関係者の顔を睨んでいる。

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