この街で私は

どうしてこの街はこんなにも綺麗なのだろう。


もう人など住んでもいない、水没した街。今でも水面の上にあるビルからは、生活の面影を感じられる。


私はこの街の探索を続けるべきなのだろうか?それとも、もうやめるべきだろうか?


あまりに長い期間続けていれば、この船も壊れるかもしれない。命を落とすかもしれない。


だが、私にはやめることはできなかった。


私は、この美しさに心を奪われてしまった。


もう、戻ることはできない。


それでも後悔はしない。


ビルの隙間から覗く青空が、深い水面みなもに反射する。


水から舞う光の粒が、透明な空へ吸い込まれる。


水を泳ぐ魚たちの陰が、私の船の下を通っていく。


どこからか聞こえる美しいピアノの旋律が、私の心を見透かしていく。


きっと私は近いうちに死ぬだろう。


だが不思議と怖くはない。


この手記はもういらないだろう。


これからは、気ままに探索することにする。


もし、この手記を手に取りこの文を読んだ人がいるならば、伝えてほしいことがある。


それを伝える人は、だれだっていい。家族でも、友人でも、恋人でも。


ただ、真摯に伝えてほしい。



——「愛している」と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一人一人の日常世界 ロクボシ @yuatan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画