第3話 黄昏に微睡む
――少年は、はっきりとした死の匂いを感じた。
今朝見た悪夢より強烈な死の香り。
それは目の前にいる女から漂っていた。
その血の色の瞳からは殺気は感じ取れず。
ただ亡羊とした雰囲気がそこに在った。
「集中しろよ」
「そっちこそ
挑発行為、あえて乗る。
俺は刀を鞘から抜く。途端、魂が身体から離別する感覚。竜神が代わりに身体の主導権を握る。対する女はただ一つ動作をした。手を少し動かしただけだ。ただそれだけで――辺りに強烈な暴風が巻き起こった。
『面白い、羽ばたきだけでこの威力か』
「あなたが本体でしょ? 楽しませてよ」
『よかろう、この黄昏、誰を相手にしても容赦をした事はない』
暴風の中を俺は――俺の身体は――疾駆する。
すると女の背後、何かが煌めいた。
光線が迸る。刀でそれを斬り伏せる俺の身体。
その光線は、おそらく、彼女の竜としての本体が出した物。
ならば予測はしやすい。
背後に警戒すればいい。
『面白い技を使う』
「そっちは使わないの? 面白い技」
『ならば少し、本気を出そうか』
刀を虚空で振るった。するとその剣閃が鎌鼬のように空を飛んだ。そこで初めて女が回避行動を取った。
横に飛びのいただけ、しかし、そこには緊張は見えない。
『ふむ、この身体は反応が鈍いな、今までの器なら、二倍、いや十倍は速く剣閃が飛んだのだが』
「へぇ、面白いね、じゃあこんなのはどう?」
すると女の背後から光線が乱舞する。俺の身体を囲うようにして放たれたそれは逃げ場というものを作ってはいなかった。
なので、黄昏という刀はそれら全ての光線を迎撃した。
斬って捨てたのだ。
そこで口笛が吹かれる。関心の意だ。女は黄昏の実力を認めたらしい。
「あなたになら、本気を出してもいいかもしれない、受け止めてくれる?」
そこで、その瞬間だけ、意識が黄昏から俺に戻った。
そして俺はこう答えた。
「応」
一瞬見えた、竜の幻影、女から放たれたのは極光。
俺の身体を飲み込んで余りある威力のそれに黄昏の竜神は真っ正面から立ち向かう。
「開放、一の業、
両者の大技が激突する。
その余波で校門がひしゃげる。
そして、爆炎と煙が巻き起こる。
しばらくして爆炎が晴れる頃には、決着が着いていた。
倒れ伏す俺の身体。黄昏から竜の気配は消えている。
対する女は無傷。
「大口叩いてこんなものなのね」
「……もう一回……!」
「その身体じゃ無理ね」
「クソッ! クソッ! 俺は……やっと刀を手に入れたのに!」
女はそんな俺を見て相変わらず亡羊とした様子でこちらを見やる。
「でもその刀はあなた自身の力じゃない。本当に私に勝ちたいなら、その刀を調伏してみなさいな」
夢の中、巨大な竜と戦った事を思い出す。あいつに勝って、この刀を真に俺の物にして、そして、こいつに勝つ。
俺に、奪われ続けた人生だった俺に、目標が出来た。
「やっぱりあんたの事、好きだ」
「告白?」
「ああ」
「悪いけど、私より弱い男は嫌いなの」
それだけ言って少女は去って行く。
俺は地面に倒れ伏したまま仰向けになる。
「――勝ちてぇなあ、なにもかも」
その言の葉は虚空に響き霧散した。
竜と刀の黄昏 亜未田久志 @abky-6102
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