第2話 黄昏に眩む


――起きろ、少年、起きないと。

――喰らう

「ハッ!?」

 そこは地平線まで広がる黄昏の大地だった。校舎も無い、我が家たる孤児院もない。俺は何処に。

 すると巨大な人型が俺に影を差す。

 俺は思わずソレを見上げる。

 二足歩行のトカゲ、いや立派な羽根が生えている、ならばそれは竜と呼べるのではないか?

『起きたか、少年』

「あんたは!?」

『そう驚くな、傷つくだろう』

 案外、繊細らしかった。そんな事はどうでもいい。現状の異常を察して辺りを見回す事しか出来ない。

『そうきょろきょろするな、喰らうぞ』

「こえぇんだよ、その脅し文句!」

『む、すまんな幼子にはこれが効くとばかり』

「幼子ってこれでも高校生……じゃなくてあんたはなんなんだって聞いてんだよ!」

 すると竜が顎を手の爪で掻くような動作をする。しばし思案した後、答えた。

『我はこの黄昏に招かれた竜神が一柱、名前は、まあいいだろう』

「竜神、様?」

『それでいい』

 竜神とやらはこちらをその爬虫類特有の瞳孔で見つめると値踏みするような目つきになる。嫌な視線だ。何度も体験してきた里親候補たちの視線。俺を値踏みして将来自分の役に立つ子供に育つか品定めする目。俺はいつもそうするように睨み返した。すると竜神は目を丸くする。

『クッハハ! 胆力があるな、我を睨み返すとは』

「こうやって生きてきたんでね」

 俺は竜神に向かって中指を立てた。その意味を分かりかねたのか竜神は首を傾げながら。

『お主が器に相応しいのか、正直、分からん、なんにせよ、若すぎるのだ。これまで老練な仙人共がこの刀を振るったが、お前みたいな幼子が黄昏を握るのは初めての事なのだ』

「だからなんだ、俺は俺らしく生きる、そのための刀だ!」

 竜神がピタリと動きを止める。刀というワードに反応したらしい。こちらを見つめ、おもむろに二足歩行から四つ足に体勢を変える。

『よかろう、ならば試してみよ! お前の刀が、そうであるという証を立てろ!』

 咆哮、空気が振動する。俺の目の前に一振りの抜き身の刀が現れる。俺はその柄を握ると竜神と対峙する。

『人の身で竜の上に立てると思い上がるなよッ!』

「思い上がらせてもらう!」

 竜の爪が飛ぶ、斬撃と化し、大地を裂く。

 それを紙一重で躱すと一息に駆け出した。

『心意気やよし、だが足りん』

 もう一本の腕で俺の身体は真っ二つに引き裂かれた。

「ハッ!?」

 べたつく冷や汗をべっとり掻いて、布団を濡らした俺は孤児院の自室で目を覚ます。

「夢……?」

 身体を見回すと腹の辺りに傷痕が残っていた。

「嘘だろ? 夢じゃないってのかよ……」

 ただ息を荒くして、なにもかも忘れるように布団を被った。だけど一睡も出来なかった。日差しと共に朝がやって来る。俺はただ震えていた。ドアがノックされる。

『鳴? もう朝練の時間だろう?』

 院長先生の声。やっと少し落ち着いた俺は、顔のくまを手で隠すようにしてドアを開けた。

「……どうかしたのかい?」

「なんでもない、ちょっと悪い夢を見ただけだ」

「そう、か」

「朝練行って来る」

 刀と薄っぺらの鞄を背負い学校に向かう、その時、初めて自分が学生服のまま眠っていたのだと気づいた。

 眠気に襲われながら辿り着いた校舎の窓ガラスは全て直っていた。そして、目の前には。

「その様子じゃ、飼い慣らせなかったみたいね」

 黒髪のあの子がいた。

 そう。

 竜のあの子だ。

 怖い、怖い、それでも憧れて、手を伸ばし続ける。

 刀に手を伸ばす。

「なぁ、あんたも竜なんだろ――」

「――だったら?」

らせろよ」

「随分と、情熱的な告白だこと」

 校門の前で、二人は対峙する。

 片や竜擬き、片や正体不明アンノウン

 斬った惚れたの激戦や如何に。

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