竜と刀の黄昏
亜未田久志
第1話 黄昏に瞬く
俺は昔から「刀無し」って呼ばれてた。本名は
俺は知っていた。そこに刀があると知っていた。廃れた神社の本殿の奥、幽霊でも出そうなそんな廃屋の奥底に俺の刀が眠っていると信じていた。そしてそれは本当にあった。懐中電灯の光に照らされて煌めく装飾、それは刀の鞘や鍔についた金箔であった。思わず手に掴む。すると本殿が揺れ出した、今にも崩れようとしている、刀を持って駆け出した。本殿を出ると、その廃墟は崩れ去った。俺は思わずこの刀を抱きしめる、もうこいつは俺のものだ。こいつの銘は「黄昏」昏き黄金たる終わりの黄昏、神代から受け継がれて来た名刀の真打。これが欲しかった。俺の、俺だけの刀。終わった跡の神の社で俺はただ刀を振るった。その景色はどこか、いつもより色鮮やかに見えた。まるでこの世ならざる何かも一緒に視えてるかのように。まるで神経が冴えわたっているみたいだ。もう俺は刀無しなんかじゃない。誰よりも強くなる。強くなれる、確信めいた何かがあった。
翌朝、孤児院の部屋で目を覚ます、孤児院の中でも俺が最年長になってしまった。部屋には刀が置いてある。それをにやけながら見つつ時計に目をやると。
「やべ! 朝練に遅れる!?」
刀と薄っぺらな学校鞄(教科書等は学校においてきている)を持って、孤児院を出る。
「いってきます!」
「ああ……鳴、いってらっしゃい」
庭を掃除していた院長先生に声をかけて外に出る。その顔はどこかやつれていた。
登校中に朝食代わりのパンをくわえる、気分は少女漫画のヒロインだ。
その時、俺は見たんだ。確かに見たんだ。
四つ足に羽根、長い首を
思わず口からパンが落ちる、しばらくその竜の姿を目で追っていた。空を飛ぶ竜は学校の方へ飛んでいく、呆けていた俺は竜の姿が小さく見えなくなる頃には、パンが鳩の餌になっている事に気付く。仕方なくパンに「ごちそうさまでした」と告げてその場を後にする。学校に着くが竜の姿はない。当たり前だ、いたらパニックだ。
俺は靴を上履きに履き替え、刀術部の部室、通称「道場」へ向かう。
「よお、また遅刻か刀無し」
意地の悪い先輩から声がかかる。俺はその先輩に黄昏を突きつけた。
「もう刀無しじゃない」
すると先輩の表情がみるみる変わる、それは驚きというより、畏怖だった。
「お前、どこでそれを」
「教えない、でも俺の刀だ」
盗人猛々しいとはこの事だろうかと自嘲する。
「嘘を吐くな! だってそれは――」
何か、先輩の中で爆発的に「気」のようなものが変化するのが感じられた。何故か分からないけれど、それを受け入れている自分がいた。
先輩は息を整えて俺に向かう。
「いいだろう刀無し、それがお前の刀かどうか試してやる、斬り合おう」
斬り合い、それは防刃チョッキを着てヘルメットを被り刀で打ち合う文字通りの真剣試合の事だ。礼儀に則って足などを狙うのはご法度。
数刻後、先輩と俺、互いに鞘から刀を抜く、チョッキとヘルメットは装備済みだ。
「先に相手に刀を当てた方の勝ち、いいな」
「俺は負けない」
そして、最初の一太刀で空気が爆発した。互いの刀から謎の力場が発生し、道場を他の部員事吹き飛ばした。刀と刀がぶつかりあったそれだけで。鍔迫り合いになるすると俺の中で声が聴こえた。
『その身に竜を降ろす、覚悟はあるか?』
俺は間髪入れずに答えた。
「応ッ!」
瞬間、意識が反転する。視界が黄昏色に染まる。相手の姿が竜にダブって見えた。さっき見た者とは違う竜、こちらを睨む視線、そして俺自身にも竜がダブって見える。
身体が勝手に動く、竜と竜が互いに刀を振るう、異常、異常、異常がその場を支配する。
やがて俺達は翼を広げ道場の窓ガラスをぶち破り外に出た。
「その力! お前やっぱり!」
『黙れ小僧、竜神の前でほさくな』
「ッ!?」
俺から発せられた俺じゃない声。学校中の窓ガラスを割りながら、俺達は空を飛ぶ、ふとその瞬間、屋上のフェンスにもたれかかる長い黒髪の少女が見えた。今にも消えてしまいそうな、それを視界の端に収めた後、剣戟に戻る。中庭に落ちた俺達は互いに刀をぶつけ合う、しかし、黄昏があまりにも頑丈で、先輩の刀が折れてしまう、本来ならばそこで試合終了なのだが、先輩は爪を長く伸ばし、獰猛な肉食獣のようにそれを突き立てようとする。それを跳躍で躱し返す刀で斬り伏せた。衝撃で校舎の壁に叩きつけられる先輩は意識を失った。そこで俺も正気に戻る。屋上の黒髪の少女も、他の部活動の生徒も登校してきたばかりの生徒もこちらをひたすらに見つめている。そして、一つの拍手の音が近づいてくる。
「素晴らしい、そして、実に厄介だ。これについては用検討しなくてはな」
「理事長先生……?」
「ふむ、君は確か鴨井鳴くんだったか、君は……いや、なんでもない、これじゃ授業にならないな、生徒諸君! 今日は帰りたまえ!」
声を荒げる理事長、生徒達は言われるがまま下校の準備を始める。
「明日には工事の人が直してくれるから心配はいらない」
そんな事を言いつつ、こちらを見て、一言。
「君は今後の事について備えておくんだな」
と言った。
俺はただ屋上からの視線に意識を奪われていた。
間違いない、あの子が、登校中に見た竜だ、と。
その子が去るまで俺はその場に立ち尽くしていたのだった。
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