花が咲く日に生まれる
木口まこと
全1話
「こっちよ」イマネの笑い声がした。「わたしを見つけて、アニリ」
陽射しがまぶしかった。腰まである緑色の細毛をかき分けながら、声がするほうに足を向けた。
「早く見つけて」イマネが言う。方向を見定めて、足を早める。くすくすと笑う声が少しずつ大きくなる。足を止め、しゃがんで手で細毛をそっと除けると、イマネと目があった。イマネがわたしの手を取った。
わたしたちは衣を脱ぎ捨て、柔らかい細毛の上に横になって抱き合った。イマネの小さい乳房を右手で包み込む。イマネの右手がわたしの腰のあたりをまさぐる。わたしは挿入器を作り出した。もう硬くなっている挿入器をイマネが握った。
イマネは空いているほうの手でわたしの右手を取り、自分の股間に導いた。没入器が現れていた。没入器の溝を指先でなぞると、湿り気を感じた。
わたしたちは陽射しの下でリャナリャズーを交わした。そのあいだじゅう、ふたりともずっと笑っていた。イマネとのリャナリャズーはいつだって楽しい。わたしたちはわたしの挿入器が柔らかくなるまで続けた。
リャナリャズーのあと、ふたりで寝転んだまま空を見上げた。イマネがわたしの手を取って、手のひらを自分のお腹に当てさせる。
「ほら」とイマネが言った。指先の繊細感覚器に気持ちを集中させると、イマネの鼓動とは別の微かな鼓動が伝わってくる。
「感じるよ」とわたしは言った。
しばらくすると空が暗くなって、大粒の雨が降り出した。わたしたちは手を握りあったまま口を開けて、雨が口に入るにまかせた。雨の味が心地よかった。じきに雨はやんで、また陽が射してきた。
濡れた衣を身にまとい、イマネと別れて住処に戻る。イマネの住処は隣の花だ。
「アニレ!」と声をかけると、窓からカムルルが顔を出した。
「アニレはすぐに戻るよ。イマネとリャナリャズーしてたの?」カムルルが言った。わたしはうなずく。「楽しかった?」カムルルが重ねて聞いて、わたしは微笑んだ。
カムルルはわたしを産ませたもの、アニレはわたしを産んだもの、ふたりは星を観るニョラーレだ。わたしはまだニョラールだからふたりと一緒に暮らしているけど、わたしより前にカムルルが産んだカムムレは、近くの花から来たタイリとニョラーレになっていくつか離れた花に移り住んでいる。カムムレとタイリは時々顔を見せて、わたしたちに人のからだの成り立ちについて新しくわかったことを教えてくれる。ふたりは人のからだを知る者だから。
カムムレとタイリのあいだにはふたりの子供がいる。最初の子供をカムムレが産んで、ふたりめをタイリが産んだ。ふたりともとても賢くてかわいい。カムムレとタイリはあと何人か子供を産むつもりでいる。イマネがわたしとの最初の子供を産むのは次に小花が咲く日だ。
わたしたちの集落は二十一の花が集まっている。花は大地から高く伸びた茎の先にあって、わたしがいる花には十の家族が住んでいる。隣の集落までは飛行機械でもふた晩かかる。この世界にいくつの集落があるのかはよくわかっていない。時折、知らない集落から飛行機械がやってくることがある。
花びらに暮らすわたしたちが大地に降りることはめったにない。大地は小さな獣たちのものだから。小花が咲くお祭りの時だけ、わたしたちは大地に降りて獣を狩る。いつも口にしている花の汁に比べれば、獣の肉はおいしくない。それでも、これはずっと昔から続いているしきたりだ。
小花が咲く時を予言するのは、星を観る者の勤めだ。もうじきわたしとイマネも星を観るニョラーレになる。イマネの家は歴史を知る者の家だ。歴史を知る者のあとを継ぐニョラーレはもういたし、星を観る者の後継者はまだ決まっていなかったから、わたしたちが継ぐことになった。
イマネと出会った日を覚えている。わたしたちはまだ小さかったけど、出会った瞬間にお互いを選んで、リャナリャズーを交わした。
「今日はイマネが入れて」細毛に寝そべって、わたしはイマネの股間を指でなぞった。イマネがふふっと笑って、挿入器を作った。わたしは没入器を作って、それからイマネの挿入器を握って硬くした。イマネがゆっくりと自分の挿入器をわたしの没入器に入れた。
わたしたちはイマネの挿入器がやわらかくなるまでリャナリャズーを続けた。
「お腹がずいぶん大きくなったね」リャナリャズーのあと、わたしが言った。
「小花はいつ咲くの?」イマネが聞いた。
「アニレは夜があと十回来たら、って」
「じゃあ、もうすぐ産まれるね」イマネが言った。
やがて、花びらのそこかしこに小花の茎が伸びた。身の丈ほどに伸びた茎の先で蕾がふくらみはじめる。
「もうじき小花が咲くよ」わたしは手のひらをイマネの大きなお腹に当てた。もう繊細感覚器を使わなくても、子供が元気よく蹴り付けてくるのが感じられる。
わたしとイマネはどちらの住処からもちょっと離れた花を選んだ。そこには十二の家族が住処を構えていて、わたしたちを迎えてくれた。太茎のあちこちから生える太毛を刈って、住処をこしらえる。今のイマネは力仕事ができないから、その花に住むみんなが手伝ってくれた。子供が産まれたらここに移り住んで、イマネとふたりで子供を育てながら、星を観るのだ。
それから何度か夜が訪れて、朝、小花たちの蕾が一斉に開いた。
祭りだ。この日だけは花を見る者でなくても集落の真ん中に咲く祈りの花に足を踏み入れるのが許されている。二十の花に暮らす人たちみんなが集まってきた。イマネと手をつないだわたしは、カムムレとタイリの姿を見つけて手を振った。
イマネと同じように大きなお腹を抱えた若者たちが何人もいる。
祈りが始まった。みんなが一斉に踊り出す。それに応えるかのように、あちこちの小花から強い匂いがする霧が一斉に噴き出した。あたりは小花の匂いでむせ返るようだ。
匂いがイマネを産気づかせる。わたしはイマネの腰を支えて、ゆっくりとひざまづかせた。イマネがわたしに抱きつく。
見回すと、そこかしこで産気づいた若者たちがひざまづいて抱き合っている。
イマネの衣の裾を開くと、二本の脚の付け根に大きく口を開けた没入器が現れた。しばらくして、そこから小さな頭が覗いた。イマネの腕に力がはいり、口から小さな声が漏れる。それから二本の手が現れ、お腹が現れ、足が現れて、柔らかい花びらの上に落ちた。わたしはその子を抱き上げて、軽くお尻を叩いた。子供が大きな泣き声を上げた。
そこかしこから泣き声が聞こえ、人々の歓声が上がる。
「がんばったね」イマネに声をかけた。イマネは子供の頬に手を当てて、涙をこぼした。そして、自分の腕で子供を抱いて、初めての乳を与えた。子供は小さな口で必死になって乳を飲んだ。この子の名前はイマリリだ。そうなる決まりだから。
やがて日が暮れると小花はしぼみ、祭りは終わった。足もとの花びらが発する淡い光の中で、人々は子供を産んだ者たちのまわりに集まっている。
カムルルとアニレがきた。「星を観るためのいちばん新しい知識をあげよう」カムルルが言って、自分の額をわたしの額にくっつけた。知識が流れ込んできた。わたしがまだ知らない知識だ。アニレはイマネに知識を与えている。わたしたちは新しいニョラーレとして、今得た知識にこれから新しい知識を加えていくのだ。
わたしは産まれたばかりの子供を抱き、イマネの手を引いて、三人の新しい住処がある花へ向かった。
わたしたちは花の汁を飲み、細毛で衣を作り、リャナリャズーをして、日が暮れると星を観た。時折、ほかの花に住む星を観る者たちと集まって、新しく得た知識を交換する。もちろん、カムルルとアニレも姿を見せる。
「立派な若者になったね」とアニレが笑う。
乳を飲んで眠るだけだったイマリリはやがて這うようになり、自分の足で立つようになり、乳の代わりに花の汁を飲むようになった。
イマリリがずいぶんとよく喋るようになった頃、わたしたちは次の子供を産む時期がきたのを感じた。
それは特別なリャナリャズーだった。わたしたちは住処の裏に生えている細毛を丸く刈って、そこに敷き詰めた。衣を脱いでそこに向かいあって座ると、イマネが両方の手のひらでわたしのからだをゆっくりと撫でた。わたしは没入器を作り出す。イマネの指先が没入器の溝を優しく何度もなぞって湿らせた。わたしがイマネの股間に手を当てると、イマネは挿入器を作り出した。わたしはかがみこんで、挿入器を口にくわえた。それはわたしの口の中で硬くなった。
顔を上げるとイマネがうなずく。わたしはイマネの膝に乗って、すっかり湿った自分の没入器にイマネの挿入器をあてがった。
わたしたちはきつく抱き合いながら、長くゆっくりとしたリャナリャズーを続けた。わたしたちの口から、時々小さな声が漏れる。やがて、イマネが大きく息を吐き、挿入器が柔らかくなって、わたしのおなかには子供の種が宿った。わたしとイマネは顔を見合わせて笑った。
小花が咲いた祭りの日、小花の匂いが満ちる中で、わたしはイマネに抱きついてアニネを産んだ。わたしの足の間から産まれたアニネをイマネが抱き上げて、わたしの腕に抱かせてくれた。乳首をくわえさせると、アニネは夢中で吸った。わたしの目から涙がこぼれた。
アニネを初めて見たイマリリはおそるおそるその頬を撫でてから、わたしを見て「やわらかい」と言った。
「やわらかいね」とわたしは答えた。
アニネが言葉を覚え始めた頃、祈りの花の真ん中に種が生まれたのを花を見るサナルが見つけた。花を見る者たちはそれをみんなに伝えた。別れの時が近づいている、と。
わたしは星の動きからその正確な時を予想して、ほかの花に住む星を観る者たちと話し合った。みんなの予想は同じだった。
「いよいよだね」とカムルルが笑顔で言った。
「まだもう少し」とわたしは答えた。
花を見る者たちが種の様子を毎日伝えてくれる。種は日に日に大きくなり、やがて二十人が手をつないでも半分も囲みきれないほどになったという。
それぞれの花に住む旅立つ者の中からひとりずつが選ばれた。わたしの花からはわたしが。わたしたちは力を合わせて、種に穴を開け、旅立つ者みんなが入れるほどの場所を作った。旅に必要なものをそこに運び入れる。種の中には甘い匂いが満ちていた。別れの祭りの日はもうすぐだ。
わたしにとって初めての別れの祭り、それはこれまでに見たことがない大きな祭りだった。
みんなが祈りの花に集まった。旅立つ者たちは大きな種のまわりに、残る者たちはそれを取り囲むように。
みんなが一斉に踊り始めた。わたしは右手でアニネの手を握って、イマネと手をつないだ。イマリリの手はイマネが握った。アニネとイマリリは大人たちの真似をして踊っている。種のまわりで、産んだものと産ませたものとその小さな子供たちが手をつないで踊り続けた。
それを囲んでいるのは年老いた者たちだ。残る者はみな年老いている。カムルルとアニレもいる。年老いた者たちもみんな笑顔で最後の踊りを踊っている。
二度日が暮れて、空がぼんやりと明るくなった頃、踊りが終わり、人々は思い思いに集まった。
わたしはカムルルとアニレと抱き合った。カムルルはわたしと額を合わせて最後の知識を伝えてくれた。それから、カムルルとアニレはかわるがわるアニネとイマリリを抱き上げ、そしてイマネと抱き合った。
「よい花とよい世界を」カムルルが言った。
「ふたりによい最後を」とわたしは答えた。
わたしたちはイマネを産んだ者と産ませた者にも会って、別れの言葉を交わした。
旅立つ若者たちは種に乗り込んで、その時を待った。花に残る年老いた者たちは種の回りから見つめている。
やがて大きな音がして、からだに振動が伝わり、わたしたちの乗る種が花を離れたのがわかった。外を覗くと、わたしたちが暮らしていた花がどんどん遠ざかっていく。それから、種は先端を横にするように向きを変え、じきに花は見えなくなった。
「ほら、あれ」しばらくして、イマネが下を指差した。黒い大きな塊が半ば大地に埋もれていた。
「きっとあれが船よ」わたしは言った。「わたしたちの始祖はあれに乗ってこの世界にやってきたの」
「いつかきっと、わたしたちの子供たちの子供たちのそのまたずっと先の子供たちは、またこの世界を出ていくのよ」イマネが言った。
「そうね」わたしはイマネの手を握る。「その日のために、わたしたちは星を観なくては」
「あれはなに?」イマリリが聞いた。
「船よ」イマネが答えた。
「船ってなに?」
わたしたちの種がどこに向かうのかは分からない。行き先は種が決める。種はどこかの大地に降りて根を張り、そこから何本もの茎を伸ばして、花を咲かせる。わたしたちはその花の上に住処を築いて、新しい暮らしを始めるのだ。
わたしたちがあとにした花はじきに枯れる。花に残った年老いた者たちも花と一緒に命を終える。それがさだめだ。その命を受け継ぐのがわたしたちだ。
新しい花に落ち着いてしばらくしたら、今度はまたイマネが子供を産むだろう。わたしたちはそうやって家族を少しずつ増やしていく。それから、子供たちはそれぞれが出会った相手と子供を作って、小花が咲く日にニョラーレになる。
やがてまた大花が種を作る時が訪れて、子供たちは旅立っていくだろう。すべての人は別れの祭りを二度経験する。自分が旅立つ時と自分が残る時だ。二度目の別れの祭りが終わって大花が枯れる時、わたしとイマネは花と一緒に命を終える。その時まで、わたしたちは星を観続けて、その知識を子供たちに伝える。そうやって、命は受け継がれていくのだ。
わたしはイマネの肩を抱き寄せた。わたしたちの種はどんな色の大花を咲かせるだろう。
花が咲く日に生まれる 木口まこと @kikumaco
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