片羽の蝶
ハナビシトモエ
たからもの
「あれは何かな?」
「とんぼたん」
「あれは?」
「ちょちょたん」
「ちょうちょさんでしょ?」
「ちょちょたん、ちょちょたん」
三歳の息子とのお出かけが最近楽しい、夜に虫の
息子の
そうあの時までは。
お散歩に出ても虫に興味を持たなくなった。子どもだし、関心がいかないこともあるわよね。絵本を読み聞かせるのもいいかもしれない。大作家になるかもしれない。
ある大雨の日、
気になっていたことがある。
夫が教えたのだろう。可愛い字でおたからと書いた紙を貼り付けたアルミ製の箱がある。
男の子は何をたからものにするのかと興味があった私は部屋の隅にある。アルミ製の箱の
思わず小さく悲鳴が漏れた。
たくさんの虫の
しかも全部真ん中で
「ママ、だいじょぶ?」
心配した息子が後ろから抱きついてきた。
本来であれば愛らしく
「男の子って、そんなもんだよ。俺だって蝉の抜け
「でも、気味が悪いわ。明日、
「気にしすぎだって、明日早いから風呂入って寝るわ」
夫は
次の日は晴れてとても暑かった。こんな日に外に出ても
今日は家の中でアニメを見させようと思った。機関車のアニメを見せている間に洗濯物を干す。昨日は大雨だったが、今日ならすぐに乾くだろう。
バルコニーから居間に入った。最近、
何かあったのか、何かケガをしたのか。
「たかりゃもの、あかない。たかりゃもの」
あの死骸が入ったアルミ製の箱だった。
この機会に
私は覚悟と我慢をして、箱を開けた。道に落ちていたものを拾ったのか。中の死骸は
お散歩の帰り道?
保育園で?
もしかしてバルコニーで?
様々な
「虫さんちぎると痛い痛いするよ」
「いたいいたい?」
「そらちゃんも頭ぶつけると痛い痛いでしょ?」
「うん」
「虫さんも一緒だよ。お墓作りに行こ、虫さんも死んだらお墓作るのよ」
「いないいない?」
「そう、いないいない」
「や! いない、や!」
「どうして、やなの?」
「ぜんぶママ。パパいないいない」
「パパいるよ。もう少ししたらお家帰ってくるよ」
「パパいないいない、や! パパいない、や!」
私は非常に困ってしまった。
保育園の先生か。
小児科の先生か。
保育園は通い始めたばかりでゆっくり慣れてもらおうと先生が
小児科は今日は休みだ。
「ぜんぶママなの? そらちゃんは?」
「そらちゃん、これたからもの。これ」
アルミ製の箱を指差した。
子どもは
夫の帰りは遅いらしい。息子は夫の帰りを待てずに寝てしまった。
玄関が静かに開いた。
「ただいま、そら寝た?」
「うん、ぐっすり」
「そうか。起きている姿を見たかったよ、小児科は?」
「今日は休みだったから、そういえばいつもとにおいが違うね。どこでお風呂入ってきたの?」
「あ、あぁ。仕事帰りに
「へぇ、サウナって何個もあるのね」
私は夫の会社の近くにサウナが一つしか無いのを知っている。
「ご飯は?」
「起こしたら悪いと思って」
「今、正直に話してくれたら
「何の話?」
とぼけているのだろう。夫の表情は
「シャツは誰がちゃんとたたんで、インナーシャツはどこの家の洗剤かしら?」
うちでは取り込んだシャツはハンガーにかけっぱなしだ。
「コインランドリーで」
どんどん余裕が無くなり、夫は早口で話し出した。ごまかす時のクセだ。
「お金を使わずに家で洗濯出来るのに? 水道代は一緒だから変わらないわ」
天気予報では夜も晴れると言っていた。
「今、正直に言ってくれたら許してあげる」
夫と
子どもは本当に恐ろしい。
片羽の蝶 ハナビシトモエ @sikasann
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