平穏は程遠い
「いやーめんどくさい。メンドクサイ」
俺は盗賊団の連中が消えてから、氷漬けになった周りの環境を元に戻すのに時間がかかっていた。
自然が元に戻っていくのを眺めながら小一時間程かけて元の環境に戻した。(やろうと思えば数秒で元に戻せる)
やりすぎちゃったな。反省反省。ていうか襲ってこなければこんなことにはならないよな。
次来たら、消すか。
「クゥーン」
「ごめんね。時間かかっちゃった」
作業を終えるとハンちゃんがすぐさま飛んできた。期待に応えるように頭を撫でてあげる。
喜びを表現するように吠えた。もっともっとと言わんばかりにすり寄ってくる。
「今日のご飯の支度してないや」
「早く支度しないと………………………………は?」
ご飯の支度をしようと家に戻ろうとしたら、後ろに人の気配を感じた。
その気配を感じた瞬間、またかよとため息を漏らした。
「初めましてアルベル様」
「さようなら。帰ってくれ」
「そうは行きません」
振り返るとキッチリとした服装の男が立っていた。
盗賊団ではなさそうだ。物腰が柔らかく、敵対の意思は無さそうだ。
だが、今日はもう人間は懲り懲りだ。早急に帰って欲しい。
「私は魔法院所属のトリオンと申します」
「魔法院?そんなところが何の用だ」
「所長があなた様とお会いになりたいとのことで」
「知らねぇよ。そんな奴と会いたくもねぇし会う気もない」
魔法院という存在は知っている。冒険者時代、研究に協力してくれと何度も言われた。(もちろん断った)
懲りない連中だな。森の奥まで来るか。ほんっとにめんどくせぇ。
「そう……ですか」
「帰れ。もう用は無いだろ」
「最近、盗賊団の人間がギルドに捕縛されているのは知っていますか?」
「……は?」
「捕まった盗賊団の人間は皆記憶が曖昧かつ記憶の忘失が見られます」
「…………はぁ?」
「その症状を見るに
「………………何が言いたい?」
「あなたがやったのでしょう?」
確かに記憶を弄ってそこら辺の道に転がしていた。
俺の事喋られたら面倒くさいし、ちょっとばかし弄った。
「バレたら
「……」
「大丈夫です。我々はその秘密は口外しません。その代わりと言っては何ですが……」
「我々の研究に協力して頂きたいのです。私たちも記憶に関する魔法の研究を行っているのです。ですが、あなたが扱う魔法のようにはいかないんです。ですから、ぜひあなたの力を貸していただきたいのです」
「結局、それか。答えはNOだ。とっとと帰れ」
「……では、あなたの秘密を公に公開させてもらいます」
「勝手にしろ」
「!!
いま何と?」
「耳悪いのか?
記憶を操る魔法が禁断の魔術なのは知っている。知っててやってるんだ。
でも、廃人になる程まではやってない。少し経てば元に戻る。
それに善良な市民にやってる訳でも無い。偽善かもしれないが盗賊団の連中にしかやってない。
「そうですか……我々の見通しが甘かったようですね」
「先に言っとくが、お前らの研究とやらに加担する気は無い」
「あなたならきっと我々の
「次、訳の分からないことを言いに来たら容赦しないぞ」
「フフフ、ではまたお会いしましょう」
男は不気味に笑うと姿を消した。まためんどくさいのが来たな。
なんかすげぇ疲れた。早く寝たい。
――――――――――――
「
アルベルとの戦闘の後、アジトに撤退してきた
体の中まで凍っていないため死んではいない。だが、仮死状態のようになっていたため目を覚ますには時間がかかる。
「キリが無い……」
「フェル、いい加減休め」
「みんなを元に戻すまでは休めませんよ」
「……無理するなよ」
フェルはアジトに戻ってきてから時間が経つのを忘れて部下の治療に専念している。
ヴィネはフェルがいなければ部下は元通りにならないため無理にでも休ませるという手段を取れず、口頭で注意するしか出来なかった。
「クソ。次会ったらタダじゃおかない」
「フェル。気持ちは分かるが落ち着け」
「ですが!仲間をこんな目に遭わせた奴を野放しになんか出来ませんよ」
「まずはみんなが回復してからだ。中途半端な戦力ではあの男に勝てる筈もない」
「はい……」
「私も気持ちは一緒だ」
フェルは部下を酷い目に遭わせたアルベルを憎んだ。悔しさを発散するように強く手を握り締めた。
そんな様子を見たヴィネも心の中でアルベルに対して闘志を燃やしていた。
――――――――――
「リーマンさん!」
「なんだ?」
リーマンの部屋に受付嬢が慌てた様子で飛び込んで入ってくる。リーマンは動じず冷静に用件を尋ねる。
リーマンの堂々とした姿を見て落ち着きを少し取り戻した受付嬢が1つ呼吸をして息を整える。
「行方不明になっていた。冒険者グループが見つかりました!」
「それで今どこにいる?」
「全員ひどい怪我を負っていたので病院にいます」
「そうか。なら良かった」
この冒険者グループというのはアルベルが返り討ちにしたあのグループである。
他の冒険者グループがたまたま見つけ、そのまま保護された。
発見当時、男二人が命に別状は無いものの意識不明で女は死人のように全く動いていなかった。
「それで気になる情報があったんですが」
「気になる情報?」
「はい。精神が回復した女性の冒険者が言うには森の奥に人が住んでいたとの事で、その人に突如襲われて怪我を負ったと」
「あの森に人が住んでる?しかも奥にだと?」
「女性の方はまだ精神が安定していないので正確な情報では無いかもしれませんが、一応リーマンさんの耳にも入れておいた方が良いとの事でして」
大嘘である。女性の記憶は曖昧で正確には覚えていない。アルベルにやられた記憶が強く残っており、それが記憶改変を招いていた。アルベルからすればとばっちりもいいところである。
リーマンは受付嬢の話を眉をひそめながら聞いていた。もし仮に事実だとすれば、ギルドからしてみれば冒険者の主戦場である魔物の森に不審者がいるのは見逃せない事である。
「そうか。分かった」
「では失礼しました」
リーマンはまた1つ悩みの種が増えて右手で頭を掻いた。鍵のかかった引き出しの鍵を開けると中に入っているたばこの箱を取り出し、たばこを吸い始める。部下に禁煙を勧められ、禁煙をしていたのだがストレスが溜まると吸い出す。
「ハァー、問題が山積みだな」
口からたばこの煙を吐いて、独り言を呟いた。誰にも聞かれる事なくたばこの煙と共に消えていった。
「とりあえず、真偽を確かめるためにも調査が必要だな。あいつらに連絡するか」
「アイツ面倒なんだよなぁ」
リーマンはたばこを灰皿に捨てるとため息をつき、面倒くさそうに受話器を手に取り電話を掛け始める。
――――――――――
「はい。こちら治安部隊」
「リーマンだ。アイツに繋いでくれるか?」
「ポリエスさんですね。分かりました」
リーマンが掛けたのは治安部隊。この世で言う警察のようなものである。
女性の冒険者の言う事が本当なら、その人物がやってることは犯罪である。
ギルドに犯罪者を取り締まる権利は無いので不審な人物がいた場合、治安部隊に連絡して連携を取らなければいけない。
盗賊団の人間が禁断の魔術を使われているという情報も共有はしているが、証拠などが何もないため治安部隊は動いていない。
「あーもしもし」
「リーマンだ。要件伝えるぞ」
「おっ!リーマンさんじゃないっすか!今度久しぶりに飯でも行きましょうよ!」
「魔物の森で不審者がいるかもしれないとの事だ。調査頼むぞ」
「いやー元気にしてました?最近元気無いってギルドの人が言ってたから心配で」
「被害者も出てる。早急に頼むぞ」
「あ、そうだ。最近家買ったんですよ。今度遊びに来ませんか?」
「人の話を聞け!!!!!」
「もー何ですか?久しぶりに話してるのに、それは無くないっすか?」
リーマンの突然の大声にポリエスは思わず受話器を耳から遠ざけ、苦笑いする。
治安部隊の隊長であるポリエスという男はいつもこうなので堅物のリーマンはあまり話したくない。
こう見えても仕事はしっかりやる人間である。(じゃなきゃ家なんか買えないし、隊長にもなってない)
「つまり、不審者の取り締まりでしょ?」
「まだ疑惑の段階だ。被害者も精神が安定してなくて発言の信憑性に欠ける。まずは調査だ」
「どれくらいの人出してくれるんですか?」
「さぁな。調査の任務を受けてくれる人数による」
「まぁいいですよ。僕等だけで片付くと思うんで」
「そうか。頼もしいな。冒険者たちも頼んだ」
「任せて下さい」
ポリエスは電話が終わると受話器を置いた。久々のギルドとの仕事なのでテンションが上がっている。
意味深に口角を上げると早速任務の事を考え始めた。
「さぁて、どういう風に歓迎してあげようかなぁ」
「楽しみだなぁ」
冒険者ランク1位になったけど掌返ししてくる奴らのせいで人間不信になったので冒険者辞めて隠居します in鬱 @kauzma
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