弐:斬撃

畳の大部屋の中心に移動した勇樹と火織は、互いに向かい合う。

誰も邪魔するわけでも、外の物音が聞こえる訳でもないので

部屋の中には静寂が広がり、神経を研ぎ澄ますには十分すぎる環境だ。


ゆっくりと、火織は緋赦の鞘を抜き構え始めた。

陽炎の様に煌めく紅い刃は美しく、思わず見惚れてしまう。

暫く呆然と勇樹は緋赦を見つめていた。


「やっぱり、火織の妖刃いつみても綺麗だね」


「当たり前だろ、だって此奴は俺の恋人かたなだからな」


褒められたのが嬉しかったのか、火織は表情を綻ばせた。


「まあいい、お前も早く抜けよ。じゃないと始まらん」


「…分かったよー」


勇樹は、手に抱えていた刀の鞘を抜いた。

瑠璃色の刃は、妖しい光に満ち緋赦の紅い刃を反射させていて

赤紫のような青紫のような何とも言い難い色合いをさせた。

その刃をゆっくりと、勇樹も構える。


「じゃあ行くぞ。」


火織のその一声で、”鍛錬”は始まった。

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「行くぞォ!」


火織は勇樹目掛けて素早く、駆け寄ってくるとともに緋赦を振るった。

大太刀をいとも容易く素早い勢いで打ち込んでくるので勇樹は困惑気味だ。

打ち込んでくる刃に順応するように刃で対応するがその素早さに追いつけず


キィン、キイン と刃をぶつけ合いながら若干押され気味だった。


「っ!」


勇樹の妖刃と比べて、火織の刀はリーチが長くまた斬撃も重い。

ただでさえ脆弱で華奢な体をしている勇樹にとっては、重く斬ってのしかかる

火織の戦闘スタイルと緋赦が振るう斬撃を受け止めるのが苦手だった。

気づけば、壁元まで追い詰められていた事に気が付き背中に汗が滴り落ちる。


「どうした!?受け止めてばっかじゃつまらねぇぜ!」


火織が声高々に叫ぶ。その声にぴくりと眉を動かし、力を入れて押し返そうとするが

素早い打ち込みで疲弊したせいなのか、手にうまく力が入らない。


「うぅ…」


勇樹は情けない声を漏らして、構えていた妖刃を下す。

それを見た火織は緋赦を下し、呆れたような目で勇樹を見た。


「お前さあ…、なんでそんな受け身なんだよ。これじゃあ鍛錬にならねぇぞ」


自信なさげに肩を下し、俯く勇樹は泣きそうだった。

気づけば下した妖刃の輝きは失われてしまっている。

何も言い返せずまた泣きそうになっている勇樹をみた火織は舌打ちをした。


「…ぼ、僕向いてないんだよ。こういうの」


そういった瞬間、火織が勇樹の襟元を掴んだ。

きゅっと勇樹は目を瞑り、火織から目を逸らそうとする。

それも気にせず火織はがなり立てるように声を上げた。


「自分の弱さを正当化して、逃げようとするな。」


がつ、と額に頭突きをしながら火織はそう唱える。

勇樹の目から、一筋の涙が滴り落ちていく。

鼻を啜る音が部屋に響き渡る。


「だって…」


手で顔を覆って涙を拭い、言葉を返そうとするが

声が詰まってうまく言いたいことが吐き出せない。

この何とも言えない感情に勇樹は更に嫌気が指して地面にしゃがみ込んだ。

火織も握っていた襟元から手を離ししゃがみ込む勇樹を見下ろしていた。


「…こんなんじゃ、護りてぇもんも護れねえだろうが」


吐き捨てるように火織は言葉を吐いた。

勇樹から離れ、鞘に刀を収め手際よく竹刀入れにしまい込んでいく。

立ち上がれず沈みこむ勇樹をみようともしない。


「…なんか、萎えたわ。帰る。」


竹刀入れを担ぎ、扉の突っ掛け棒を外し引き戸を開けた火織が外に出ていったが

勇樹は追いかける気力もなく座っていた状態から崩して畳に寝転がる。


「…僕が、こんな卑屈じゃなきゃ変わってたのかな」


涙交じりに、そう唱えてみるが答えは返ってこない。

呆然とした静寂だけが、部屋に広がるのみ。

横に置いてあった妖刃を彼は見つめる


「ねえ、翠仙。答えてよ。僕は、このまま…戦えないままなのかな」


泣いているのか笑っているのかわからない、そんな声色で彼は言う。

するとその突然、どこからか声が聞こえてきた。



「…甘いな主」



それは、低く冷たい声だった。

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