仙人

巳波 叶居

仙人




第12期仙人審査の合格通知が来たのは3月の終わり、まだ肌寒さの残る季節だった。

私は通知書を手にひとしきりその場で飛び上がったり叫んだりした後、同封されていた仙人証明書を握りしめて画材屋へ向かう。大きめのキャンバスに、何色もの絵具、珍しいメディウム、今までは高価すぎて手が届かなかったような画材も全てカゴに入れてレジに向かう。店員に「仙人割引でお願いします」と告げると、少し驚いたような顔をされて、誇らしい気持ちになった。


帰り道、近所の神社に立ち寄る。幼いころの遊び場だったその神社に、私は試験の合格を何度も願っていた。鳥居をくぐり、賽銭を入れ、柏手を打って礼を述べる。境内の桜はだいぶ花が開いていた。薄紅色の欠片がはらはらと落ち、浅く流れる川の水面で舞い踊っていた。



ものを作る人間は、とかくお金がかかる。貧乏ゆえに、才能がありながらも花開かぬまま消えてしまう者もいる。そうした人々を支援できないかと考え出されたのが、仙人制度だ。仙人は霞を食べて生きることができるから、食費は全くかからない。仙人証明書を見せれば、必要な素材や画材を格安で揃えることができる。仙人ならば無料で借りられるアトリエもある。これで、ほぼ心置きなく作品製作に打ち込める。2年に1回の更新試験を乗り越えれば、ずっと仙人で居続けることもできる。あとは本人次第というわけだ。


2年の時は長いようで短い。私は実家を出て借りたアトリエで、さっそく作品制作に取り組み始める。今まではとても手が出なかった高価な絵具をふんだんに使って、描くのは魚のウロコ。子どものころから幾度も繰り返し描いてきたモチーフだ。本物の宝石からしか作りえない鮮やかな色を、いつかこれに使ってみたいと思っていた。背景には買ったばかりのメディウムもいくつか混ぜてみる。波のかたちに盛り上げた絵具がうねる。朝は陽の光を、夜は月の光を受けてきらきらと光る。夢中で手を動かしていたら、2年などあっという間だった。見返してみれば新人仙人らしい、未熟だが勢いがほとばしるような作品となり、1回目の更新審査は難なく通った。


次の2年もあっという間だった。アイディアはいくらでもあったし、やってみたい技法もいくらでもあった。いつか写真で見た異国の寺院の、色鮮やかなモザイク画のことをふと思い出し、私は陶器やガラスの破片を集めて小さなモザイク画を何枚かつくった。できた作品はやはりどこか魚のウロコめいていて、自分はこういうものが本当に好きなのだなと自覚した。モルタルの扱いは初心者には難しく、いわゆる出来の良い作品にはならなかったが、新しい試みが評価され2回目の更新審査にも通った。


仙人5年目、突然にそれはやってきた。何かを作りたい気持ちが、不意に薄れた。ふんだんにある画材を見ても、アイディアを山のように描きためたスケッチブックを見ても、少しも自分の手を動かしたい気持ちにならない。白いままのキャンバスを前に、何もできない日々が続いた。


仙人6年目、思うように手が動かないままの私のもとに、高校の同窓会の案内が届いた。少しは他人と話した方がいいのかもしれない。そういえば、人に会うための服もろくに持ち合わせていないことに気づく。久しぶりに訪れた服屋で新しく服を買い、会場に向かう。懐かしい友人たちとの再会を喜べたのは、だが最初の10分くらいだった。皆いくらか歳を取っている。仙人は年を取らない。店員に勧められるままに買った新しい服は、本来もう少し若い世代に向けたもののようだった。レストランの窓ガラスには、6年前から変わらない自分の姿が映っている。「さすがいつまでも若いなあ」と、少々やっかみつつも口に出してくれた友人はまだいい方だった。無言のうちに向けられる、あからさまな羨望と嫉妬のまなざし。仙人は多くの人間にとって、そう快い存在ではない。私はそのことを理解し、予定よりも早く同窓会を切り上げた。


アトリエでは白いままのキャンバスが私を待っていた。せっかく作りたいものは全て作れる身になれたのに。欲しい素材もいくらでも手に入るのに。何故この手は動かないのか。いや、もしかしたらそれが良くなかったのか。いっそ仙人にならなかった方が良かったのか? ああ、でもそれは嫌だ。仙人でなくなるのは嫌だ。描くこと以外、私は何もしたくない! ぐちゃぐちゃと混乱した気持ちのままキャンバスに絵具を叩きつけ続け、出来上がったのは抽象画くずれの絵とも呼べないような絵。だがそれが、なんと3回目の更新審査に通った。〆切に間に合っただけの駄作だ。こんなものでよいのだろうか。よいはずがない。私は少しも満足などしていないのに。


仙人7年目、相変わらず作りたい気持ちは薄れたままだ。特に買うわけでもないのにふらふらと画材を見て回っていると、店内のラジオからどこかの国で戦争が始まったというニュースが流れてくる。世界は変わっているのか、何も変わっていないのか、わからなかった。


仙人8年目、相変わらず意欲は戻らない。4回目の更新審査をどうしたものかと思っていたら、以前作った作品が高値で売れたと知らせがあった。どこかの富豪があの抽象画くずれの絵をお気に召したらしい。仙人が作った作品が売れた場合、その代金の9割が仙人協会のものとなる。協会に渡った金は仙人制度維持のために使われるのだが、とはいえあまりの取り分の少なさに嫌気がさして、名が売れたら仙人を辞める者も多いとは聞いていた。協会からも、取り分について問題なければ同意書を送るよう通達が来た。同意書を送れば、4回目の更新審査は免除されるという。


私は同意書を送り、仙人であることを選んだ。金を得てあの世界に戻ったところで、もう自分の居場所はないような気がしていた。


仙人9年目、旅に出ることにした。海外にも仙人協会指定の宿があり、そこに泊まれば費用は格安で済む。アトリエが併設されている宿なら、旅先での制作も可能だ。あの絵はかなりの額で売れたので、取り分1割といえども旅行の資金としては充分だった。世界の東から西へ、北から南へ。最初は著名な美術館や建築物を回った。いつかのモザイク画も現物を見た。だが途中、不意に思い立って立ち寄った自然保護区の光景に心打たれ、そこからは同様の場所をめぐるようになった。人の世界から切り離されたような森と、流れる川のどこまでも透明な輝き。異国の地であるのに、それはどこか懐かしい心地がした。


仙人10年目、旅先の宿で同郷の仙人に出会った。仙人協会指定の宿とはいえ、仙人の数自体そう多くはなく、これはなかなか珍しいことだ。涼やかな目をした青年で、聞けば名前に覚えがあった。同じ第12期生と知って、意気投合した。彫刻を専門とする彼のする話は、新鮮な刺激に満ちていた。立体を立体のまま表すこととは。あえて平面に落とし込むこととは。写実。抽象。色彩。素材。意味。お互いの作品を見せ合いながら、そんなことを語り合う宵を幾度も過ごした。旅先から協会に送った作品で、私と彼は5回目の更新審査を受け、そして通った。祝杯を上げようと宿の近くのレストランに行き、二人でシャンパンを開けた。久しぶりに、普通の人間が食べるような食事を口にした。美味いなと笑いあった。滅多にしない故郷の思い出話に花が咲いた。夜空には満天の星が輝いていた。賑やかな宴の翌朝、彼と私は宿を引き払い、それぞれ別々の場所へと旅立った。


それからもしばらくは旅が続いた。作品は描けば売れるという状態になり、仙人協会から当面は更新審査は不要だと通達が来た。それをいいことに、私は旅をしながらの作品制作に没頭した。世界は広く、題材にも素材にも事欠かなかった。仙人になって何年経ったかもよくわからなくなっていた。そんな時、母が亡くなったという知らせが届いた。


もう実家にはずっと帰っていなかった。棺の中の母は見知らぬ老人だった。葬儀に参列した親戚は、顔もろくに覚えていない人間がほとんどだった。それでも何人かは親しげに声をかけてきて、作品のことなど聞いてきたが、売上の大半は仙人協会に入っているのだと知ると、みな会話を適当に切り上げて去って行った。自分よりもはるかに老いた姿の弟が、どこか化け物を見るような目でずっと私を見ていた。仙人になって40年以上の時が経っていた。


久しぶりに見る故郷の町並みはだいぶ変わっていた。画材屋は潰れていた。神社の鳥居も色が褪せていた。幼い日に遊んだ川は濁りきっていた。土色の水面には変わらぬ自分が映っている。私はもう、ここに帰ってくることはないような気がした。さりとて中断した旅を再開する気にもなれなかった。あの青年に会いたかった。だが、同じくらい会いたくなかった。


気がつけば、手元にはそれなりの額の金があった。それで私は、山をひとつ買った。辺鄙だが、かつては鉱山を中心に小さな集落があったところで、水や電気は直せば通る状態だった。廃屋のひとつを修繕してアトリエとして整え、私はそこを拠点に制作を続けた。世界をめぐるのは楽しかったが、やはり旅先では大掛かりなものは作りづらかった。巨大なキャンバスを何枚も並べて、私は時に踊るように筆を滑らせ、時に絵具を叩きつけ、時に細く裂いた布や紙を貼り付け、時に磨いた小石を埋め込む。腰を据えて大きな作品に取り組める楽しさに、私は没頭した。終わりは見えず、また、終わりなど無くてもよかった。


他人に会う機会は極端に減った。必要な画材は宅配で多めに取り寄せることが増えた。出来上がった作品は仙人協会に連絡すれば引き取りに来てくれた。それでもごくたまに、買い出しのために自ら車で街に降りることもあった。だが街は、降りるたびに様子が変わっていた。前回行った店が別の店に変わっていることなどざらだった。なじみの顔などできようはずもなかった。寝て起きて、どれくらいの時間が経過したのかも段々とおぼろげになっていた。街と山をつなぐ道には広々とした川が流れていて、行き帰りの道行きで、時折私は車を止めてそれを眺めた。陽の光を受けて輝く水面だけが、常に、変わらず美しかった。


そんな風に時間の感覚なく制作を続ける日々が長く長く続き、ある時さすがに見かねたのか、仙人協会の職員が作品を引き取りがてらデジタル式のカレンダー時計を持ってきた。太陽光で充電できるタイプなので、日当たりのいい窓際に置いておけば半永久的に使えるでしょうと言った。家の周りや車の定期的なメンテナンスも手配しておくと言い、また半年に一度協会が発行している冊子を郵送するようにしておくとも言った。どこか手慣れた様子が気になって、ほかの仙人もこんな感じなのかと職員に尋ねてみた。職員はあいまいに頷き、似たような感じではあるけど、ここまでのことをしたのはあの人以来です、と答えた。あの人?と問うと、職員は知った名前を口にした。


「確か同期でいらっしゃいましたよね。あの、彫刻家の方。彼も長く仙人で、まあ似たような感じでしたよ。亡くなってしまったのは残念ですね。5年前でしたっけ。そうだ、次号では彼の追悼特集をやるんですよ」


そこから先のことはよく覚えていない。職員が去った後、どこかのタイミングで意識が途切れた。気づいた時には郵便受けに数冊の冊子が入っていた。私は荒々しくすべての封を開き、中身を出し、彼の名前が表紙に書かれた冊子を見つけ出して手に取った。


ページを開くと、変わらぬ彼の姿があった。涼やかな目で穏やかに笑っていた。作品に囲まれアトリエに佇む彼の姿に、あの異国での日々が鮮烈に思い出された。時系列に沿って紹介される彼の作品は、時に他人を無言で拒絶し、かと思えば時に跳ねるように踊るように語りかけてきた。どれも夢中で作り続けてきたのがわかるものばかりだった。だが、最後の作品は、いささか様子が違っていた。普段は読みもしない解説文を、この時ばかりは目で追った。彼もあの後自前のアトリエを持ったものの、旅にもよく出ていたという。そしてある時、ある国の突然の内乱に巻きこまれたという。滞在していた村に閉じ込められ、水や食料も十分に確保できない状況で、彼はその調達に尽力したという。時には村の子供たちの慰めになるようにと、小さな彫刻を作ったり、作り方を教えていたりしたという。そうしてそれが、仙人資格の規約に触れた。仙人は無償の奉仕活動をしてはならない。仙人の不老不死の体が悪用される事態を防ぐための規約だった。彼はなんとか帰国はできたものの、規約違反で仙人資格を剥奪された。人道に鑑みてその判断はどうかという議論もあったようだが、彼自身は反論しなかったという。そうして、彼はただの人間に戻った。その後新たな作品に取り組み始めたそうだが、長年離れていた人間の体に慣れなかったのか、数年のうちに亡くなった。最後の作品は未完に終わったという。


形容しがたい感情が、私の中を駆け巡った。それは激情には違いなかった。だが怒りなのか悲しみなのか。悔しさなのか寂しさなのか。誰への何の感情なのかわからなかった。ふらふらと部屋の中を動いていたら、足元に転がっていた絵具を踏みつけた。チューブの切れ目から絵具が飛び出して、足と床を何色かに染めた。私はそれを手で拭い、目の前にあった描きかけの絵に叩きつけた。ここに何を描こうとしていたのかなどどうでもよかった。私はそこからキャンバスに絵具を叩きつけ続けた。手で。筆で。ナイフで。口からはわけのわからない叫び声が漏れていた。目からも何か流れていたかもしれない。私はそうして何度も、何度も、何度も、同じことを繰り返し、そしてまた、意識が途切れた。



どれほど眠っていただろうか。眩しい光が瞼を焼いて、私は目を覚ました。よろよろと体を起こすと、さっきまで絵具を叩きつけていたはずのキャンバスが姿を消していた。そこには「未完成品かもしれませんが、差し押さえさせていただきます」という手書きのメッセージと、仙人協会職員の名刺が残されていた。どちらも少し色褪せている。どうやらよほど深く、そして長く寝入ってしまっていたらしい。作品を収める時期になっても連絡が来なかったので、協会の職員が直接来て作品を回収していったのだろう。見れば、ほかにもいくつか作りかけの作品がなくなっている。さすがに連絡した方がいいだろうと、私は電話の受話器をとった。


だが、電話は動かなかった。ボタンを押しても音もしない。故障だろうか。部屋の明かりをつけようとスイッチを押すが、それも反応がない。停電? あまりに長い時間放置してしまったようだから、インフラにも不具合が出ているのかもしれない。気は進まないが、街に出て電話を借りるのが最善かもしれない。私は車のキーを持って家の外に出た。そこで私は息を呑んだ。


風景が変わっていた。年月が経って木や草が伸びただけではない。山から見える地形そのものが変わっていた。形を変えた川。存在しなかった崖。あるはずのない湖。天変地異が起こったとしか思えなかった。郵便受けの近くには、入りきらなかった大量の冊子が積まれ、崩れ落ちている。私は部屋に引き返し、仙人協会の職員が置いていったカレンダー時計を見た。年号を示す数字の、百の位が変わっていた。カレンダーが不具合なく動いているならば、私が仙人になってから200年近く経ったことになる。最後に職員が来た日からは何年経ったろうか。世界にどれほどの変化があったのか、もはや想像もつかなかった。


幸いなことに、車はまだ動くようだった。だが、そもそも近くに街は残っているのだろうか。山の上から見られる範囲で探してみたが、それらしいものは見当たらない。いくつか建物らしきものも見えるが、人がいるような気配が感じられない。私は夜を待ち、暗くなってから明かりが灯る場所がないかを探してみた。だが、目を凝らしても明かりはどこにも見当たらなかった。手に持ったランタンだけが、暗闇の中で皓々と光っていた。


翌朝、私は山積みになっていた協会発行の冊子をかき集め、片端から開封していった。確かいくらか時事ニュースのようなことも載っていたはずだ。発行年を確かめては、順番に並べていく。100冊以上あったそれを並べ終え、最も発行が新しい号を手に取る。発行年は、カレンダー時計が示す年号より50年は前だった。いくつかの作品紹介や、作家のインタビューなど定番の記事が続いた後に、詩人と天文学者の対談企画があった。このころ、宇宙のそう遠くない場所で超新星爆発が起こり、その観測に成功したのだという。そのニュースをネタにして、星の死というものについて天文学と文学の視点から語り合おうというものだった。星の爆発の影響としてガンマ線バーストによる生命の死滅、地磁気の減少による環境変化、あるいは爆発した星の残骸が隕石として追突する可能性もある、などとサイエンス・フィクションのような言葉が並んでいたが、「実際はほとんど影響はないだろう」と述べられていた。


明るいうちにもう一度、周囲の状況を歩いて確かめる。家のまわりは硬い石が地層に含まれているためか、あまり大きな変化はなかった。道の舗装も大きく崩れてはおらず、山の下まで車で下りることができそうだった。川の位置は変わってしまったが、陽の光を受けて昔と変わらずに輝いている。眺めていれば静かに風が流れていく。世界は変わったのか、変わっていないのか。わからなくなってくる。


家に戻った私を、床に並べられた仙人協会の冊子が出迎える。表紙を飾る、数多の仙人たちと作品たち。あの青年。彫刻。よく見れば私が作った作品もある。いつかの抽象画崩れの絵。どこか自嘲するような気持ちでその号を手に取り、ぱらぱらとページをめくると、ふっと彼の名前が飛び込んできた。彼の記念館が作られたという記事だった。生前の彼の意向で、未完に終わった最後の作品もそこに展示されているという。所在地を見て目を見張る。故郷の山だ。私の記憶が確かならば、試験の合格を願ったあの神社のすぐ近くだった。


行きたい、と思った。見なければ。そして確かめなければ。何を。わからない。でも、行かなければ。強烈な衝動に駆られて、私は準備を始める。埋もれていた旅行用のリュックを引っ張り出し、冊子、地図、コンパス、カレンダー時計、役に立つかもしれないと思えたものをとにかく詰め込む。画材の類も車に積めるだけ積み込んだ。山の外はどうなっているのかまるでわからない。ここに戻ってこられない可能性も考えるべきだと思った。荷を積み、夜明けを待って、私は車のエンジンをかけた。


山を下りると、眩しい光で満ちていた。晴れている。空が広い。青い。そして水が多い、と感じた。川か、湖か、視界を覆う水の面積が増えている。全体的に水位が上がったという印象だった。道の状態は思ったよりも悪くなかった。故郷の山は特徴的な形をしており、やや距離はあるがそれほど複雑な道を行く必要もない。山の形さえ変わっていなければ、遠くからでもそれとわかるはずだ。車を進め、半壊した建物が群れを成す場所を抜けていく。時々訪れていたふもとの街のようであったが、確証はなかった。人の姿は見当たらなかった。風の音。水の音。木々のそよぐ音が耳をかすめるばかりで、生き物の存在さえ感じられなかった。やがて、見覚えのある山並みが見えた。私はアクセルを踏み込む。道に散らばる小石や砂が、思い出したように車を揺らした。


周囲の様子はいくらか変わっていたが、故郷の山は形を変えることなくそこにあった。冊子に書かれた案内を頼りに車を走らせれば、山の中腹ほどにその記念館はあった。鬱蒼と茂る木々の中に佇む、大きくはないが頑丈そうな白い建物。ここにもやはり人はいなかった。自動ドアのガラスは割れていた。中もいくらか荒れていたが、奥に行くほど荒れ具合も減った。【展示室】とプレートのあるドアを開けると、数点の彫刻が置かれていた。ああ、彼の作品だ、と一目でわかった。ひとつひとつを確かめたい気持ちになりながらも、私は目的のものを探して足を進める。そして、奥にもうひとつ、小さな扉があることに気がついた。木彫の装飾が施された、両開きの扉。取っ手に手をかけて開くと、やや抽象的なオブジェのような作品が置かれていた。彼の最後の作品だった。


その作品は人のようであり、椅子のようであり、テーブルのようでもあった。底面から丸みを帯びた棒が何本も伸び、重なり、不可思議なフォルムを作り出していた。それは得体が知れない雰囲気もあったが、どこか愛らしく、幸福そうでもあった。部屋の天井は低く、小さなドーム状の空間になっていた。壁には新品のキャンバスのような白い壁紙が貼られていたが、この作品が未完成であることをかえって強調しているようだった。キャプションがあったので読んでみたら、この展示方法は彼の意向だという。この、白い壁紙も。正式なタイトルはないが、彼はこの作品を『星空』と呼んでいたという。彼が仙人になって10年ほどの頃に長期滞在した、異国の空をイメージしたものだという。


それを見た瞬間、あの宴の夜が脳裏を焼いた。眼前にその光景が広がった。人。椅子。テーブル。賑やかな食卓。尽きることのない会話。故郷の思い出話。星空。星空。


私は車へと駆けてゆき、手に持てるだけの画材を持って展示室に戻った。何度かそれを繰り返し、絵具とパレットを足元に広げ、膝をついて天井を見上げる。星空。星空。あの国。彼が決めた記念館の場所。いかにも何か描き足さねばならないような壁紙。躊躇いは一瞬だった。私は今まさに眼前に広がる光景を、そのまま部屋の壁に描き始めた。筆を使い、ナイフを使い、手を使い、あの日の空を描いていく。いくらか積んでおいたモザイク用の素材も貼り付ける。星が輝く。魚が跳ねる。店のランタンの明かり。交わしたグラスの輝き。笑顔。どれほどの時間が経っただろうか。ドームの壁が色彩で埋めつくされ、彼の最後の作品は人になり、椅子になり、テーブルになり、星空に手を伸ばす二本の手になった。完成した、と私は思った。そして、そこで力尽きて意識を失った。



目が覚めた時、外は薄明るかった。夜明けか、夕暮れか、どちらだろうか。扉の外から差し込む光が、ドームの中を照らし出す。光を受けて星空が輝く。勝手にこんなことをして、彼は怒るだろうか。笑うだろうか。そんなつもりはなかったんだけどな、と言うかもしれない。わからない。だが、美しい作品ができた。それだけは認めてくれるだろうと思った。


ふらふらとした足取りで、外の空気を吸いに出る。空は夜明けのようだった。そのまま少し道なりに歩くと、朽ちて倒れた鳥居らしきものが木々の合間から見えた。あの神社だった。近づいてみると社も朽ちて崩れており、ご神体であっただろう鏡があらわになっていた。鏡も倒れて少し欠けていたが、形はおおむね保たれていた。表面の泥を拭き取れば、仙人になった時と全く変わらない自分の姿が映し出される。


ああ、自分は人間ではないのだと、改めて思い知らされる心地がした。私は仙人なのだ。いくらかの霞さえあれば生きられてしまう不老不死。他人のために生きることを放棄して、作品を作り続ける人でなし。黙って私を送り出してくれた母。幼い頃は目を輝かせて私の描いた絵を見ていた弟。ただひとり友と呼べるはずだった青年。もしかしたら生きてた世界すべても失ったのかもしれない。協会もまだあるのかどうかわからない今、私もいつまで生きられるのか。それでもどうやら今はまだ、ただひとり仙人としてここに居る。


空はだんだんと明るくなる。淡い朱色、藤色、藍。光を受けて、社の隣に立つ朽ちた大木の樹皮が、細かな陰影をつくりだす。それは境内にあった桜だと気がついた。よく見ると、樹皮の合間から樹液の塊らしきものが見える。陽の光を受けてきらきらと輝いている。良い素材になりそうだ、と反射的に思った。絵の中に埋め込もうか。絵自体をモザイク画にしようか。こうなると止まらない。モチーフは桜にしようか。木か。花か。それとも魚。ああ、魚。魚がいい。幼いころに故郷の川で目にした、陽の光を受けてきらきらと輝く川魚のウロコ。あの、世界のすべてが凝縮されたような美しさを、まだ私は表現できてない。


樹液に触れれば、まだ柔らかい。琥珀として加工できるようになるまでは、もう少し時間が必要そうだった。私はポケットに入っていたモザイク用のガラス片を取り出し、賽銭代わりに崩れた社の前に置く。柏手を打って一礼する。運よく樹液が琥珀になる頃まで生きていたら、またここに来るとしよう。きっと、美しいものが作れるはずだ。








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