飛梅と小説家《薄氷奇譚》10


   余



 さて。

 少々長くなったが、此処までが、生起せいきに至りし経緯である。


 しかしながら、情報を1つずつ丁寧に整理して思い返してはみたが、結局、現在私の眼前に広がりたる悲惨な光景を脱する策などは1つたりとも閃かなかった。

「私にどうしろというのか……」

まさしく、万事休すだ。

「このような事態、予想外が過ぎる」

 私は、殊更長い溜め息をいて、部屋の惨状を眺めつつ、ようよう頭を抱えた。

 あやかしまでは予想の範囲内だ。何故ならば、彼らの来訪は毎度のことゆえ。

 だが、書斎が再起不能となってしまうことなど誰が予想できただろう。

 まるで嵐が通り過ぎたようである。

「驚くべき……驚くべきことが展開しているぞ」

 嫌々ながらも再度辺りを見回す。


 濡れて破れた白紙の原稿。

 妖と共に元の容量を遥かに超えて吹き上がった茶の為に、辺り一面がびしょ濡れになり、全ての家具がひっくり返ってしまっている室内。

 彼奴きゃつがごね続け暴れた際に抜かれた天井板に、2つ3つに割られた数枚の畳。

「もう『相撲の練習』じゃ誤魔化せん気がする」

 そうこうしている内に、書斎へと近づく家人の足音が聞こえてきた。

 彼女にも小早川君にも、私達との縁を結ぶ言霊など与えておらず、妖の姿は見えない。

 つまり、彼らの中では、これは全て私の仕業ということになるのである。

 恐らく彼らは激怒をすることだろう。だが、人より体格が良いが為に常から誤解をされやすい私は、熊ならともかく人と争うのは好まない。


 ポンと膝を打ち、窓を見た。


 覚悟を決める。


「よし――! 急いでこの家を出よう!」


 であるならば、話は早い。

 窓枠に足をかけグッと力を込めた。

 が、次の瞬間、足元の窓枠にこぼれ滴る茶が目に入る。

「既視感!!」

「せっ、先生?!」

 なんということだろう。

 昨日と全く同じ場所で足を滑らせた私は、偶然窓外で見張っていた小早川君を華麗に巻き込み、昨日と全く同じ展開で、裏庭の地面へと、人一倍大きなおのが身を躍らせてゆくのであった。




                    りょう


            次回、《蝌蚪奇譚》へ

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飛梅と小説家 三日月月洞 @getudou

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