飛梅と小説家《薄氷奇譚》9



 私は、目を皿にして、蟻の観察よろしく金平糖の中の人影をまじまじと凝視する。

「――これは」

と、その大きさのせいで分かり辛いが、おかしな状況の中でも更に違和感のある事柄を1つ確認することができた。

「どうかしましたか? 先生?」

このあやかしときたら、鉄面皮なのか、それともおのが罠にすこぶる自信があるのか。

 ──コイツ、ずっと、真横から見られることを避けていたな。

 姫蟻ひめありを思わせる儚さの彼奴きゃつは、私の視線に対して常に体の正面だけを見せるように動いている。

 チョコチョコと細かく位置をずらしては健気に誤魔化しているのだ。

 ――横から見ると紙みたいな薄さじゃないか。

 試しに、手の平の上でコロコロと金平糖を転がしてみると、彼奴は、転げそうになる体を踏み留まらせ小さな金平糖の粒の中で器用に体勢を変え是が非でも私へ体の正面を向け続ける。

「くっくっくっ……何と言うか、おめぇさん、起き上がり小法師こぼしみてェだな」

 堪らず笑みが溢れた。

 彼奴がどのような妖か幾つか正体を絞れたが、そのどの妖だったとて、人の子を薄氷や金平糖の中に吸い込むことはできない。

 奴らが子を攫う時は、空にゆく。

 つまり昨日の童男の時点で騙されていたのだ。

 童男おぐなも薄氷も金平糖も、全ては同じ妖の幻術。

 居場所を確かめねばならぬ妖の神隠しに遭った気の毒な童男など、端から存在しなかったのだ。

 実に腹立たしい心持ちで私は金平糖を顔前より引き離した。

「笑わないで、先生。早く『助ける』と言って」

 私が見破ったということには一切気付かずに、素知らぬ顔をして白々しき懇願を続ける妖。

 私は、妙に笑いが込み上げてきてしまい可笑おかしくて堪らず、遂には、笑いが止まらなくなってしまった。

「ハハハ、アハハ、修業が足らんなァお前さん。それで今回私の所にやって来たのは、どっちの子なんだい?」

「え? せ――」

 私は答えを待たずに、ケラケラと笑いながら、前触れもなく、彼奴が答える間もなく、手の平の中の金平糖を熱い茶の中にポチャリと放り込む。

 刹那に、周囲を引き裂くような絶叫が部屋中に響き渡った。

「あちィ! 嗚呼、嗚呼アァ、熱い! 熱い! ちきしょうめ、この狸作家! 手を出しやがれ! もはや言霊などいらぬ、惨たらしく喰ろうてやるわ! 喰わせろォ、おお、オ」

と同時に、湯呑みの中の茶が見る見る逆波さかなみを立て始め、天に昇る滝の如くあれよあれよという間に轟々と音を響かせ伸び上がり、白い大凧のように巍々蕩々ぎぎとうとうたる一反木綿いったんもめんが、バサバサと翻りながら書斎の天井を覆ってゆく。

「ほう。機尋はたひろの方と迷ったが、妖の正体は、お前さんだったか」

 ――違う妖や童男を装ってまで襲いに来るとは最早天晴な。

 彼奴の姿をよくよく見ると、無理をして変化をしているせいか口の両端が裂けてしまっている。

 布妖怪の行う変化であるいうことを考えるに、化け姿や巨大化の限界を超えるには一定の痛みを伴うのだろう。

「さァさァ、諦めて山に還れ。はっきり言うが、私が妖怪なぞの為に大切な友人との約束を違えることがあるなどとは金輪際思ってくれるなよ」

「口惜しや……口惜しや……」

 一反木綿はしばらく酷くごねていたが、私が追加の茶を頼もうと立ち上がると、ようやく観念したのか、山の彼方の一本杉の方へと渋々逃げていった。


 私の命は、今回も辛うじて残ったようだった。

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